22話 静電気と褒賞と陽の光
豪華な装飾がされた重厚な扉の奥には、二十畳ほどの広さの部屋があった。
左右の壁には木製の高級そうな棚が立ち並び、その棚には丸められ、紐で結われた羊皮紙のような書類の山や、なにかしらの書物が所せましと並べられていた。
正面には、冒険者ギルドに置いてあるものより数段質のいいソファと机、その奥にある執務机の上に高く積まれている書類は、まさに崩れかかった山のように見える。
その崩れそうな書類の山の隙間から見えるのは、椅子に深く腰を掛け、目が虚ろで今にも倒れそうな顔をした男。
この城の城主であり、ここボラルスの街や周辺の村の領主であるアーウィンだ。
アーウィンの背後にある窓からは光が差し込み、それが彼の背後にあたることで影となり、より一層その疲れ切った顔を際立たせている。
「アーウィンさん……。大丈夫ですか? なんかすごく疲れていますけど……」
疲労困憊といった様子のこの男は、ふらふらと足元が覚束ない様子で立ち上がると「どうぞ……」と力なくソファーに腰掛けるよう勧められる。
なぜ彼がこんなにも疲れ切った様子なのか。それは俺に原因があると言える。
俺は一週間前、依頼を受けて調査に行った岩山の迷宮にて、四階層目を発見した。
今までの岩山の迷宮は、名前こそ迷宮だが、実際のところ何の旨味もない、全三階層からなる只の岩小鬼の巣で、本当の意味での迷宮ではなかった。
しかし俺が三階層目の最奥の部屋で、本物の迷宮の入り口を発見することで事態は急変した。
フィオルターレ王国への報告と新迷宮発見に伴って、迷宮の入り口に常駐させる衛兵の派遣要請や周囲の街道などの公共施設の整備、さらにはどこからか新迷宮発見の噂を聞き付けた商人や、冒険者がこの町や周辺の村に雪崩込み、それに伴う様々な内容の嘆願書がこの執務室に届いているのだ。話を聞くとそのお陰で、アーウィンはもう三日も寝ていないようだった。
迷宮には人が集まり、その近隣にある街や村は飛躍的に発展していく。
近い将来このボラルスを田舎街などと揶揄する人間はいなくなるだろう。
「それで、今日はどういったことで俺は呼ばれたんでしょう? この間の迷宮の利権の話に何か変更点でもありましたか?」
まさか取り分が少なくなるとかそういう話じゃないだろうな。
やだぞ! 夢のニート生活が俺を待っているんだ!
「いえ、その辺のことに変更はありませんよ。そうではなくて、私から個人的に何か褒賞をお渡ししたいと思いまして、今日は来ていただいたんです。何か欲しいものなどはありませんか?」
なんだそういうことか。
褒賞ねぇ。うーん。いまこれと言って生活に不自由してないからなあ。
ここに来たばっかりの時だったら「金くれ」って言ってたと思うけど、迷宮発見者になったおかげで、今後は金にも苦労しなさそうだしなあ。
褒賞、褒賞……。
あ、そうだ。免罪符が欲しい。
免罪符というか、花ちゃんを連れて歩ける権利が欲しい。
街に入るたびに、こそこそと外套の下に入ってもらって、肩身の狭い思いをさせてしまっている。
屋台に行っても、買った後に宿泊先の《猫の尻尾亭》に持ち帰って食べるんだけど、冷めちゃってるんだよな。
温かい状態のおいしいものをその場で食べさせてあげたい。
こそこそと隠れる生活から解放させてあげたい。
花ちゃんに陽の光を浴びさせてあげたい。
「アーウィンさん。ちょっと驚くかもしれませんが、安全なので大きな声とか出さないでもらっていいですか?」
念話にて『花ちゃん、出ておいで』というと『パパ? お外に出ていーの?』と花ちゃんは心配そうに返事をしてくる。俺は『大丈夫だよ』と優しく声をかけた。
「……? それはどういう――」
外套の下からニョキっと水玉模様の深紅の蕾がゆっくりと出てくる。
次いで多肉植物の《ビアホップ》のような肉厚のラグビーボールのような形の葉っぱが重なってできた胴体部分が現れ、器用に右腕を昇りながら普段の定位置である右肩に乗っかる。
アーウィンは頭蓋骨から目玉が飛び出してしまうのではないかと思うくらいに驚いた表情をしている。
「あー、えーと……。この子は俺の『娘』です。花ちゃんって言います。花ちゃん、アーウィンさんだよ。俺以外とも会話ってできるのかな?」
花ちゃんはしゅるりと蔓をアーウィンの頬に向けてに伸ばす。
アーウィンは緊張した面持ちでその蔓の行方を目で追っているが、払いのけたり避けようとはしない。
『初めまして、魔界草の花ちゃんです』
「え、えぇと、は、花ちゃん? ですか? 初めまして」
どうやら会話はできるようだ。
しかしその緊張した面持ちは変わらずのようで、警戒しているのは間違いないようだ。
「驚かせてすいません。花ちゃんは先日の岩小鬼殲滅戦で、岩小鬼魔導王の血液と俺の魔力を吸って成長した、魔界草の変異体なんです。俺のことを慕ってくれていて、人間に危害を加えることはありません」
花ちゃんのつぼみを優しくなでながら説明する。
蕾をなでられた花ちゃんは蔓を優雅に動かし、とても気持ちよさそうだ。
頭ポンポンされている感覚なのだろうか。
花ちゃんは嬉しそうだが、昔後輩の女子社員である、明美ちゃんの頭をポンポンしたときは生ごみを見るかのような冷たい視線を浴びせられた。女心は難しいものだ。
「知性がある魔物ですか……。初めて聞きましたし、正直に言わせていただくと、今、私は恐怖を感じています」
だよねえ、そういう反応が当たり前だと思う。
「今回の岩山の迷宮の調査が成功したのは、花ちゃんがいてくれたからと言っても過言ではありません。俺は花ちゃんに何度も命を救われました。今すぐにとは言いません。花ちゃんのことを認めてほしいのです。できるならば太陽のもとでの同行許可を戴きたいのです」
「それがベックさんの欲しいものですか……。許可を出すこと自体は簡単です」
「そうですか!では――」
「――ですが、許可を出したところで、この街や周辺の村々の人々が受け入れてくれるとは思えないのです」
それは俺もわかっていた。
魔物は人を襲う生き物だ。それはこの世界の常識で、真理だ。
だけど、俺はどうにかして花ちゃんの存在を認めさせたいと思った。
「許可はお出しします。入るときに、衛兵に止められたりすることはないでしょう。ですが、私にできるのはそこまでです」
花ちゃんがアーウィンに再度蔓を伸ばし『ありがとう』と伝える。
アーウィンには伝わったかどうかわからないけど、確かに俺の心には届いた。
花ちゃんの人格とでもいうべき、形ある何かがしっかりと俺の心には届いたのだ。
いつかその気持ちが、いろんな人に届くといいな、と心からそう思った。
翌日には証明書が発行され、街の出入りは容易になった。
大体の人が俺の右肩に乗っている花ちゃんを見るとびっくりして離れていくが、中には近寄ってきて「可愛い!」と言ってくれる人たちもいた。
そして蔓に触れて会話できることを知るとさらに興奮して花ちゃんと遊んでくれた。
花ちゃんは陽の光を浴びられるようになった。
この世界も捨てたもんじゃないなって思った。




