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228話

 


 右手に蜂蜜酒を持ったライアが、暗い夜道をふらりと歩く。

 彼女の進む先、目的地までの道筋を案内するのは、木造の家の隙間から疎らに漏れる光と、夜空に煌々と大きく輝く月光。


 ライアは夜風に当てられ、酔いが醒めつつあるのを感じながら、一歩一歩確実に前へと進んでいった。


 そう長くない時間、歩を進め、幾つかの家灯りを超えると目的の場所が近づいてきた。


 その木造の建物は、周囲に立ち並ぶ家々より大きく、若干豪華な造りで、村を流れる川のそばにあり、周囲の家々と同じように光が漏れ出していた。


(──あそこの家か……)


 道すがら聞こえていたのは、風が吹くと揺れる木々の音、通り過ぎる家の中から聞こえる楽しそうな会話、未だ聞こえる作業場からの男どもの怒号。


 宴の後と言う事もあり、村には依然活気が灯っていた。


 しかし、視界にその場所を捉えた途端、先程までライアの耳に届いていた様々な音や声は掻き消え、自然と聞こえてくるのは高鳴る胸の鼓動だけになった。


 ──ドクン、ドクン。


(静まれ、静まれ……私の心臓……)


 身体の内側から胸を叩く心臓を宥めるように、ライアは両手を胸に当てぐっと力を込めた。


 この胸の高鳴りは酒のせいだろうか──いや、違う。

 ライアには酒のせいだけではない事はわかりきっていた。


 脈拍が上がり、息も上がる。

 締め付けられる心臓がそれを乗り越えようとする様に。


 (……これはあの女に対する嫉妬だ)


 私に見せたあの女の目。

 あれはどう言う意味だったんだ?


 ──ベックは私の男よ?


 あの時、あの女は、今にもそう言いたげな目をあの女はしていた。


 齢600を過ぎた乙女の思考は加速する。


(ベックなら……、あんな小娘より私を選んでくれる……はず、だよね? あの女に抱きつかれてる時のあのだらしない顔は、間違いなく下心がある時の、私の胸を横目で見る時の顔だった。でも、もし、万が一、ベックが若い女の方が好きで、私じゃなくてあの小娘を選んだとしたら……? 私はそれなりに歳は重ねてるけれど、魔族としてはまだまだ結婚も妊娠も適齢期の女だし、肌の艶だって、ハリだってまだまだ負けないと思ってるんだから。それに一緒にいる時間だって、あの小娘なんかよりずっと長い。鈍感なのか、自制してるのか……、とにかく鈍いあの男を振り向かせるのにどれだけ苦労していると思ってるのよ。今更横槍なんて入れさせないんだから)


 そう考えると不安でどうにかなりそうだった。

 確かめずにはいられなかった。

 だから、こんな夜中に、酒の勢いでここまで足を運んでしまった。


 ──急に降って湧いたかのように現れた、あの女の真意を聞き出す為に。


 私はベックが好きだ。

 復讐の呪縛から救い出してくれたあの男を好いている。

 出来る限りベックの力になってやりたいし、ずっとずっと彼のそばに、すぐ隣に寄り添っていたい。

 出来れば子供だって欲しいし、一緒に年老いて──とは言っても魔族の方が長寿だから先に旅立つのは恐らくベックだけども──彼の死を見送りたい。



 だから私は行動するんだ。



「すぅ〜……、はぁ〜〜〜」


 ライアは大きく深呼吸し、勢い良く扉を開いた。


 バァン!


 勢い良く扉を開けたせいで、木造の扉は家の中に吹き飛んでいった。


「わッ! い、いきなり何だ!?」


 目の前を無造作に通り過ぎる扉に驚いたライラは、大きくのけ反りかろうじで事なきを得た。

 壁に当たった扉が音を立てて床に転がった。


「単刀直入に聞かせてもらう。ライラとやら、お前はベックに惚れているのか?」

「あんたは……。ベックと一緒にいた仲間の人だな。こんな夜中に、いきなり何を言ってるんだい」

「良いから答えろ。お前はベックに惚れているのかと言ってるんだ」


 ライアは腰にぶら下げた、普段は使わない杖を引き抜き、その先をライラに向けた。


「ちょちょちょ、まってくれよ。一体なんであんたは怒ってるんだ! その物騒なものをあたしに向けないでくれよ」

「なんで怒っているかだって? 貴様が()()ベックに色目を使っているからだろう!」

「色目? 色目って一体何のことだよ」

「だ、抱きついていたじゃないか! それにお前の父親だって、ベックの事を息子だって!」

「そんな話誰から聞いた……んだ……? あっ!」


 ライラは今目の前にいる、酔って顔を朱に染め怒り狂った魔女の隣に、昼間誰がいたかを思い出した。


「やっぱりあの時か! アリア! あんた何をこの人に言ったんだい!!」


 ライラは、奥の姉妹の寝室で寝てたはずの妹がドアの隙間からこちらを覗いているのを見つけ、怒鳴りつけた。


 すると扉の奥から、少女がいそいそと顔を出した。


「別に……、お父さんが息子にしたいって言ってたし、おねぇちゃんがベックお兄ちゃんにホの字だって……」

「はぁ……」


 ライラが大きくため息をついた。


「申し訳ない、妹が余計な事を言ったみたいだ」

「いや、私も興奮して申し訳なかった……」


 ライアも我に返ったのか、杖を振り吹き飛ばした扉を魔法で修繕した。


「妹が言ってるのは間違いだ。別にあんたとベックの仲を邪魔しようとしたわけじゃないんだよ」

「じゃあなんであの時、私を見て笑ったんだ」

「あの時……?」

「ベックに抱きついている時だ!」

「あぁ、あれは抱きついていたんじゃなくて、採寸をしていただけだ。それに笑ったのは、珍しくお客さんの横で妹が大人しくしているのを見て安心したからだよ。何もあんたを馬鹿にした訳じゃないんだ。勘違いさせて悪かった。まさかベックに付き合っている人がいるならあんな採寸方法は取らなかったんだが……」

「べ、別に付き合ってるわけじゃ……ごにょごにょ」

「あれ? そうなのか。てっきり付き合ってるものかと……。あんたも苦労してるんだな……」

「あんたもってことは、やっぱりベックの事!」

「違う違う! 確かに助けられた時はちょっとときめいたけど、今はなんとも思ってないよ。それよりもベックに作った飛竜のサイドポーチの手入れが出来なくて()()()()()()。私が作ったものは全部子供みたいな物だからね」


 ライアはそれを聞いて大きく胸を撫で下ろした。


「すまなかった。乱暴なことをして……」

「いや、良いんだ。扉も直ったことだし。お互いパートナーには苦労しているみたいだな」

「好きな人がいるのか?」

「あぁ、幼馴染みなんだけどね。歯切れが悪くて困ってるんだ」


 そういうとライラははにかんだ。


 そこから先はお互い好いた男の惚気話が繰り広げられたそうだが、乙女の秘密に聞き耳を立てるような下賤な人はいなかったそうだ。

 500歳以上歳の離れた恋する乙女たちの会話は朝まで続いたそうだ。

次回更新は2019/11/09になります。

宜しくお願いします。

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