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220話

 


「ほら、こっちこっち!」


 手招きするライラに呼び込まれ粗雑な扉を開けると、皮の据えたような独特の匂いと、粘っこい異様な熱気が顔を覆った。


 真っ先に目に飛び込んできたのは、若い男の鍛え抜かれた肉体が、使い込まれ艶のある木槌を何度も振り下ろす後ろ姿だった。


 木槌で打擲(ちょうちゃく)されている鱗のついた皮は、叩かれた衝撃で弛みじゃらりじゃらりと音を立て、それと同時に男から散った流汗が木製の床を打った。


 その汗は室内の熱気に当てられたちどころに消えていく。


 作業場の窓は空いているにも関わらず、室内の空気は蒸発した汗で淀んでいるように見え、その淀んだ空気の動きは人が歩く度、目に見えてがわかるほどだった。


 幾度となく打ち鳴らされる木槌の音。

 獣の肉から剥がされるべりべりといった皮の音や、刃物が皮を裁断する鋭い音がそこかしこから聞こえてくる。


 作業場にいる女性はライラただ一人。

 ライラに呼び込まれたそこは、まさに男たちの戦場だった。

 そんな中、数人いる男の中でも、一際身体の大きい蓬髪の男が吼えた。


「おい! そうじゃねぇだろ!」

「すいません! 親方!」

「ちゃんと教えた通りやれって言っただろうが!」

「す、すいません!」


 素人目にはわからない、ただ皮を叩く若い男のその姿──実際は姿では無く、木槌の叩く角度や強さなのだろう──が気に入らない様子だ。


「いいか? お前は撲る角度も、リズムも、力も、てんでバラバラなんだ」


 ──ほれ、見てみろ。


 そう言った蓬髪の男が、麻で出来た上着の袖を捲ると、若い男が手に持った木槌を引っ手繰るように奪った。

 そして徐に、先程若い男が打っていた場所とは違う皮面を叩き始める。


 ドン、とも、ズシン、とも言えない重厚な音が作業場に響く。

 同じ木槌を使っているとは思えないその音に、若い男は目を白黒させ自分に手のひらと、親方と呼ばれている男の持った木槌を、不思議そうに見ている。


 一振りする度に、服の上からでもわかる男の背中の筋肉は隆起し、捲られた麻の上着の袖口が悲鳴をあげるほど、腕の太さは目に見えて変化した。


 叩かれた皮はその衝撃を気持ちよく受け入れているかのように微動だにせず、若い男が叩いていた時のようにじゃらじゃらと軽い音を鱗が鳴らす事もない。


 若い男の叩いた部分と、蓬髪の男が叩いた部分は明らかに違っていた。


 周囲で作業をしていた他の男たちもいつのまにか周囲に集まり、ただひたすら食い入るようにその木槌を振るう親方姿を見ていた。

 恐らく、この男から何か一つでも盗めるものはないかと、一挙手一投足見逃さないつもりなのだろう。


 親方が皮を叩くのをやめ、若い男に「どうだ、わかったか」と言うと周囲で見ていた他の作業員たちから歓声が上がった。


「さすが、親方!」

「すげぇ……すげぇぜ……」

「みろよ、これ! こんなの誰もが出来る仕事じゃねぇ」

「どのくらい修練に励めばこの境地に至れるんだ……」

「……神」


 弟子たちが口々に言う賛辞に、満更でもない様子を見せながらも恥ずかしそうにあご髭を摩る。


「お父さん、お客さんだよ」

「おう、ライラ! 今の俺の槌捌き見てたか!?」


 ライラの声を聞いた蓬髪の男は嬉しそうに振り返った。


「はいはい、すごいすごい。お客さんって言ってるだろ」

「あん? 客だって?」

「そ、お客さん」

「お久しぶりです。バルガスさん」

「おぉ! アンタか!」


 一年程前、この身に着けた飛竜の鎧を作ってくれたライラの父、バルガス。

 まさに山男、と言った風貌のこの男は皮革を使わせたら右に出るものはいないと言われるほどの職人だ。

 王都で活躍するような有名な冒険者たちも好んで使う魔物の皮を使った革装備は、デザインの良さだけでなく──まぁデザインはライラの担当だが──下手な鉱石を使った金属製の鎧より頑丈で軽量な為非常に人気がある。

 日夜動き回る必要のある冒険者にとって、最高の相棒と言える装備を作る皮革職人だ。


「随分と痛めつけてくれたもんだな? おい」


 バルガスは装備を一瞥するなり、眼を鋭く細めた。

 その姿はさながら、獲物を狙う猛禽類のようだ。

 その威圧感にベックが言葉を選んでいると、


「……冗談だよ! 無事で何よりだ! アンタの身体がどこも欠けてねぇ所を見ると、俺の鎧がお前をしっかり守ってるみてぇで良かったよ!!」


 ガッハッハと豪快に笑いながら──よく来た! 装備の修理だな!──バシバシと肩を叩いた。





 §





「参ったな、こりゃ」


 バルガスは顔を顰めながら、ガシガシとその手入れの行き届いていないゴワゴワの蓬髪を掻いた。


「直せそうにないですか?」

「いや、元の形に戻すだけなら問題なく出来る。素材も同じものを取っていてあるからな。だがなぁ……」

「機能までは戻せない……」

「……かも、知れないって所だな。最近ライラが鎧や小物に魔力を付与する実験をしているんだが、あいつならあるいは……」


 ──出来るかもしれないが、どっちとも言えないな。


 その眉間に皺を寄せた難しい表情が言外に語る。

 曲がりなりにもこの世界を創造した神が作ってくれた装備だ。

 一介の職人がどうこう出来るかと言ったら怪しいところだろう。


 今目の前に置かれている襤褸になった飛竜の装備は《変幻万雷》で全身を雷化させると黄金の腕輪となって右腕に嵌る。


 ──正直言って雷化出来る今の俺には防具はあまり意味がない。


 それこそ、バルガスが着ているような麻のシャツでも問題ないと言えるほどだ。


 それにこの間のニミー戦の様に、純水に囲まれる様な間抜けな事もしない。


 ベックがチラリと見た視線の先には、このヌヲォルの村に来てからずっと機嫌の悪いライアがいた。

 魔族の王都襲撃事件の際、ライアと行った勉強会という名の拷問が鮮明に思い出される。

 ベックはブルリと身震いした。


「繋ぎ合わせる必要があるね」


 いつの間にか作業場から姿を消していたライラが戻った。


「繋ぎ合わせるっていうと何をどうするんだ?」

「あのね、お父さん。ベックのこの装備は鱗一枚、革紐一本までも全てに魔力が通っているのよ」

「魔法の皮って事だな」

「ちょっと違うけど、似た様なものね。……あぁ、お父さんの言う魔法の皮って言うのはね──」


 魔法の皮についての講義と、装備をどうするかについては、夕食が始まるまで続いた。

 最悪、無くてもいいと言う話をライラにすると、「お父さんも私も職人よ。それはプライドが許さないわ」と怒られてしまった。


 解れた装備の修理には三日程かかる様だ。

 だがそれよりも重要なのは翌日の朝に聞いた、防毒用の覆面に関する情報だった。


 その日の晩、酔っ払ったライアと襲撃されたライラによる攻防戦が村はずれで起きたのだが、その事は誰も知る由がなかった。



次回更新は2019/09/09になります。

宜しくお願いします。


追記:台風の影響で、家の前の電線が断線して停電しております……。執筆してたデータもpcの中にある為現在更新できない状況です。


完全に電線が落ちてきているので本日更新できるかわかりません。

大変申し訳ございませんが、今しばらくお待ちください。


9月10日追記:停電の復旧見込みは11日以降になりそうです。電気が復旧次第更新させていただきます。

大変申し訳ございません。

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