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212話

 


「あーちくしょう。脚が濡れて重いぜ」


 ──このままじゃ脚刃が錆びちまう、と黒兎は息を吐いた。

 彼は草木に滴る朝露の水気を飛ばすように脚を小刻みに払う。


 高木に囲まれたこの場所には光は届かない。

 早朝の時間であるはずにも関わらず夜のように暗い森は気分を暗くさせた。

 気分を暗くさせる原因は何も頭上だけではない。

 足元、いや目の前に立ち塞がる背の丈ほどの、細長い剣のような線形の葉もそうだ。

 一歩踏み出すたびに身体中に絡みつきその行く手を阻んでいる。

 それは心を縛り付ける鎖のようにも見えた。

 今のベックにはただの水滴の筈の朝露でさえ酷く汚いものに見え、気分が沈む理由を挙げようと思えば幾らでも挙げられる気がした。


 そう、黒兎が跳ね飛ばした水滴までも。


「もう、やめてよ兄さんったら。もうすぐだから我慢して?」


 双子の妹である白兎が顔に飛んでくるその水飛沫を鬱陶しそうに手で払った。

 手に持った刃物で道を作りながら進む一行の足取りは重い。

 その原因は陰気臭い顔をしながらここ数日ずっと口数の少ない、牛の頭のような外套を目深に被った黒髪の男にあった。





 ⌘





「我が妹よ。目的地はまだなのかね」

「何よ、その言い方。さっきもうすぐって言ったじゃない」

「俺っちは身体が濡れるのが一番嫌いなんだよ! 本当にこんな森の中にあの毒の霧をなんとか出来る花なんて咲いてるのか!?」

「うーん、花……というよりその根っこね」

「根っこ?」

「そう、根っこよ」

「んでその根っこはどこなんだよ!」

「だから──」


 冒険者ギルドでの会議から翌日。

 四人の冒険者は目的地に向かってただひたすら前へと進む。

 各々使命を受けた冒険者達は、それを全うすべく足早に王都を出発し目的地を目指していた。

 ある者は山へ、ある者は海へ、そしてある者は森へ。

 連合側に残された時間は少なく、やるべき事は多い。


 魔族であるスウマーの魔法【操血魔法】は非常に強力で、自身の血を媒介にして生物や魔物を操るその魔法は、自らの血液を以って作り上げた造王薬を魔物に摂取させることによって効果を発揮する。


 それは魔族側の戦力が時が経てば経つほど増大する事を示していた。恐らく、対処できる相手側の戦力は二週間が限度。それを超えると敵戦力は我々連合側の戦力を凌駕してしまうだろうと結論付けられた。


 更に厄介なのはその触媒となり得る薬、【造王薬】である。

 その種の王を作り出す造王薬は魔物の知力や身体能力を強制的に次の次元へと引き上げる。


 知性を持ち王種となった魔物は同種を束ね、統率し、我々人類を阻む。そしてその王種はスウマーの手の内だと言うのだから厄介極まりないのだ。


 厄介なのはスウマーや魔物だけではない。

 決戦の地である【死の沼地】ライメムトーの自然環境も厄介だ。


 ライメムトーの代名詞とも言える【赫霧】。


 オレガルド大陸でも屈指の難易度を誇る【死の沼地】ライメムトーを攻略する為にはその赫霧をなんとかしなくてはならない。


 死の沼地を覆い隠すように常時立ち込める、血が蒸発したかのような赤い毒の霧の対策をして漸くスタートラインに立つことが出来る。


 通常のパーティ規模で事足りる依頼であるならば、一人優秀な治癒士がいれば解決する赫霧も、戦争規模の人数をなんとかしなくてはならない場合そうはいかないものだ。


 それだけ優秀な治癒士は希少価値が高く替えがきかないものだった。


「──もう少しだって言ってるでしょ!!」


 エスカレートしていく二人の掛け合いを聴き始めてからどれだけの時間が経っただろう。


 双子の兎の背中を見ながら進む魔女と牛頭も、喧しい二人の言い争いに嫌気が差してきていた頃、周囲の景色が変わり始めた事に気がついた。


 ムエスマ大森林特有の鬱蒼とした背の高い樹木が徐々に低くなり始める。辺りは徐々に明るくなり、次第に朝日が差し込みはじめたのだ。


 ほら、見えてきたわ──そう言って白兎がその触り心地の良さそうな羽毛で包まれた指を指す先には──ムエスマ大森林の最奥地、周囲を険しい山々に囲まれたその場所に今回の目的地があった。


 遠目に見えるその場所を目指し草木を掻き分けながら、ガラスのように見える暖かい木漏れ日の樹々の間を抜ける。

 次第に開けていく視界の先に見え始めたのは緩やかな丘の上にひっそりと存在する草花が生い茂る植物の楽園だった。


 朝露で濡れる足元も気にならない程の色に溢れた絶景がそこには広がっていた。


 いつの間にか四人は足を止め、風が揺らす花の舞踊に目を奪われていたが──、一番最初に我に帰ったのは《薬師》と呼ばれる兎人族のA等級冒険者ニエヴェだった。


 ──いつ来ても綺麗な場所です。


 そう言うと彼女は柔らかく笑い、慣れた様子で草花を踏まないように進んでいく。


 その後ろ姿を見た他の三人も──はっと我に帰り──後に続いた。


「ムエスマ大森林にこんなところがあるんだな」

「えぇ、でも気をつけてくださいね──」


 美しい光景を前に注意力が散漫になったベックの耳には、ニエヴェの忠告が()()()()も遅く届いた。


 天地がひっくり返る。

 気がついた時には空に地面が広がっていた。


「──植物に擬態している魔物もいますから」


 戦の命綱とも言える薬剤の素材収集が始まった。

二週間お休みしました。すいませんでした。

まだ体調は良くないですが、ぼちぼち投稿します。


次回の更新は2019/07/22になります。

宜しくお願いします。


追記:更新は20時頃を予定しております。

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