210話
フォレスターレ王国の王都ビギエルヒルに佇む王城の会議室には錚々たるメンバーが集結していた。
東西南北の主要な領地を守る四大辺境伯たちや、周辺国家の国王並びに将軍とお付きの武官たち、冒険者ギルドで活躍するA等級以上の実力派冒険者が数名。
ある者は腕を組みテーブルの一点を見つめ、ある者は衣服の裾を忙しなく気にし、一部の冒険者は苛立ちからかガタガタと膝を揺する。
互いが互いを警戒し牽制し合っているせいか空気が重い。
一触即発な雰囲気の中、一番最初に口を開いたのは四大辺境伯の一人だった。
「私が耳にした情報では滅亡した国々の被害は甚大だ。魔王の存在や魔物の王種など敵戦力は通常の国家間の戦争などとは比較にならないだろう。人魔大戦並、若しくはそれ以上の激戦が予想される。ここはしっかりと準備してから向かうべきかと思うのだが」
燃えるような赤い髪、火属性の魔術を得意とする北の地を守る《終わりの守護者》ウロヤミゴ=ナウソラエが口を開いた。
しかし、
──ドォン!
テーブルの上に用意された紅茶が一瞬宙に浮き、陶器がカチャリと音を立てて着地する。
ナウソラエの意見を否定するように勢い良くテーブルを叩いたのは筋骨隆々の人面獣心の男。
《冒険王》サイラス=カロボトム。
「ナウソラエてめぇ、何ぬりぃこと抜かしてんだよ。相手が魔族だからってビビってんのか? これ以上相手が力をつける前にさっさとぶっ潰しに行った方がはえぇじゃねーか。準備に時間をかけてる時間の方がもったいねぇぜ」
領主であり冒険者でもある、まるで獣のような男が次いで「魔族なんてさっさとぶっ殺せばいい」と息巻いた。
その言葉にテーブルの一角から失笑が起きる。
冒険者たちが座っている一角だ。
実際に戦いを経験した冒険者たちは、魔族や魔族が率いている魔物の軍勢の強さを身をもって体験している。
口で言うのは簡単だと誰もがそう思っているのだ。
「サイラス、貴様は国王が魔族に襲われた時何処にいた? サイラスだけじゃない。国を守る為にいるはずである辺境伯が揃いも揃って全員、あの時、あの場所にいなかった。職務怠慢も甚だしい貴様らにこの場で意見する権利など無い。少し黙っていろ」
あの日前線に赴いて戦った冒険者の長。
文字通りその身を砕きながら戦ったピッタ=アラックスがその場にいなかった四人を叱責した。
同様にあの日魔物たちと戦った冒険者たちも「そうだそうだ」と囃し立てる。
「何だと!? 裏切り者の勇者に良いようにやられたお前が言えた事かよ」
槍玉に挙げられたサイラスの、テーブルに置かれた腕が痙攣するように小刻みに震えている。
「よせ、サイラス。ピッタの言う通りじゃ。その場に居なかった儂らは返す言葉がないわい。儂らは陛下をお守りできなかった。それが全てじゃ」
「……私たちは何も出来なかった。ただ吠えるのは馬鹿がやることよ」
「……チッ」
しかし恥の上塗りをするな、と言わんばかりに残りの四大辺境伯ザーラ=ザラ=ズールとフレデリカ=ナーナイルが口を挟みサイラスを黙らせた。
「じゃあどうするってんだ? お前が決めてくれるのかよ。ピッタ」
未だ納得のいかないサイラスのその様子を見てピッタがフンと満足そうに鼻を鳴らす。
ピッタが立ち上がりなにか言いかけたその時、今まで上座で静観していた女王が口を開いた。
「静かにしなさい。この会議室には我々だけが居るわけではないのですよ。それにどうするかを決めるために皆に集まってもらったのです」
透き通る様な声が会議室に響く。
あの襲撃を経て、幼さが残っていた王女は消え、人の上に立つ風格を身につけた女王がそこにはいた。
その姿に、幼かった彼女を知る者全員が両眉を上げて見守っている。
「私はナウソラエ辺境伯の言う通り、しっかりと準備してから攻めるのが得策だと考えています」
静まり返る会議室。
うら若き即位したばかりの女王は、「なので……」と一拍おいて対角線上にいる他国の武官たちを見やりながら言った。
「交通の要である砂漠国家ティラガードの皆様方、そしてその他周辺の国々の国王陛下の皆様方、更に軍事を司る重役の方々に来て頂いているのです」
女王の視線の先に居た一人の男が立ち上がりぐるりと会議室を見回す。すると一瞬だけ視線がある人物に止まったが、何事もなかったかのように女王に向き直り静かにそっと頭を下げた。
立ち上がった男は大柄なサイラスを遥かに凌ぐ体高をしていた。身長二メートルと少しはする筈のサイラスがまるで子供のように見える。その身長は三メートルは超えているだろう。
まるで巨人。
羽織っている砂色の襤褸外套の下には赤い鎧が覗いており、蛇の如く畝る抜身の大剣を背負っている。
「おう、久しいなドリュウズ」
四大辺境伯の中で最長老のザーラ=ザラ=ズールが声をかけると、ピクリと右の眉を動かし一瞬だけ苦々しい顔をした。
「《竜殺し》ぃ……。貴様に昔やられた顔の傷がさっきからズキズキと痛むんじゃあ」
その男の顔には額から顎にかけて巨大な傷があり、常人の二倍はありそうな手のひらでその傷を摩っている。
今は他国間の戦争は無く、落ち着いているオレガルド大陸のお国情勢だが、数十年前は小さな小競り合いは引っ切り無しに起こっていた。
そんな時代だったのだ。
砂漠国家ティラガードに近い領地を堅守するザーラ=ザラ=ズールとて、その国の武将と過去に因縁があったとしてもおかしくはない。
戦斧と大剣、互いに背負っている巨大な武器を火花を散らしながら打ち鳴らしあっていたのだろう。
四大辺境伯一の高齢ザーラ=ザラ=ズールはかっかと身体を上下に揺すりながら笑うと、「昔の事は水に流そうや」と言いドリュウズ将軍を諌めた。
それに毒気を抜かれたのか、傷に触れていた片腕をだらんと下げる。木製の椅子が膝が折れたドリュウズを受け止めると悲鳴をあげた。
「儂はティラガードの国王、そして砂塵騎士団を率いるドリュウズだ。この地よりあの死の沼地に向かうには我が国の領土を通らなければならない。何故なら砂漠を越えた先にあるのだからな。幸いな事にまだティラガードにおいて魔族による被害はないが、これから先ないとも限らん。それを心配しておる故、戦力を集め集中して叩くのには賛成と言える。被害が出る前に早い事決着をつけたいと言うのが本心だ」
その為には協力は惜しまないと言うのが我が国の意思──、それを伝えに今回の招集に応じたのだと。
他の国々の王たちも同じ様に頷き自国の意思を示した。
その思惑は彼らの腹の中にしまってあるためわからないが、おおよその目的は一緒であると言えた。
自国に被害が出る前になんとかしたい、そう考えている時に唯一魔族を撃退したフォレスターレ王国から話が舞い込んだ。
小国や戦力をあまり持たない国にしてみれば渡りに船だろう。
やられる前にやる。
打倒新マノス王国、魔族共を根絶やしにするのだと。
「私たちフォレスターレ王国だけでは武力や兵糧の準備にも限界があります。なので複数の国々で役割分担をし、準備にかかる時間を早めたいと考えます」
兵力、武具、兵糧、移動方法、必要なものは幾らでもある。
一国が全てそれらを準備するには時間も金もかかる。
──悪くない話だ。
各国の王はそれでこの面子か、と納得したようだった。
砂漠を越えるにはティラガードの砂虫船が必要だし、兵力や武具は一度魔族を退けたフォレスターレ王国に頼ればいい。
他の国にも特産品や薬品、各国に秀でた分野がある。
それを見越して、この若き女王は我々を呼んだのか、と舌を巻いた。
会議はそのままスムーズに進んだ。
自国や自身の領地に戻った彼等は、各々充てがわれた役目を果たすべく準備に勤しむのであった。
次回更新は2019/07/02になります。
宜しくお願いします。
追記2019/07/02 深夜1時2分
頭痛が酷く、体調不良で書けていません。
更新を2019/07/04に変更させていただきます。
申し訳ございません。