20話 静電気と人造牛頭人王
「ブモオオォオォォォ!!!!!!」
その咆哮は部屋全体を軋ませる程の衝撃となって襲い掛かってくる。
天井からぶら下がる悪趣味な骸骨の室内灯や、そこかしこに散らばる薬品、書類がその呷りを受けて次々と落下し、床を汚していく。
「なんつー咆哮だよ……。叫ぶだけでこの威力とかやばすぎだろ……」
ビリビリと皮膚に感じる咆哮の衝撃。
目の前にいるのは巨大な角を4本頭部に拵えた、筋骨隆々の牛頭の怪物。
その体長は約六メートル程で、全身を包むその黒い毛は一本一本がまるで炭素繊維のような強度と光沢を携えている。
手に持った斧槍を振り回し攻撃してくるその様はまさに竜巻。
その威力たるもの、一振りすれば衝撃波が襲い、二振りすれば突風が巻き起こる。
当たればその一撃は確実に致命傷になるだろう。
先ほどから《雷銃》を連射するも、牛頭人王の強靭な黒い毛を若干焦がすだけで致命傷を与えることができない。
もしかしたら、岩小鬼殲滅戦の時のような、チャージした《雷銃》ならは手傷を負わせられるかもしれないが、この地下の空間では魔力と電力を溜めた強力な《雷銃》を撃つには迷宮ごと崩壊する危険があるためリスクが大きすぎる、いや、迷宮の強度はそんな軟なものじゃないかもしれないが、そんな一か八かみたいなギャンブルはできないし、恐らくあの素早い動きで突撃してくる牛頭人王がそうはさせてくれないだろう。
『くっ! 花ちゃん! 近接戦闘に切り替える! 援護を頼む!』
『わかったよ!パパ!』
今の手札での最大火力は《雷槍》による近接攻撃だ。
二段階攻撃の《電弧放電》を絡めながら隙をついていくしかない。
漆黒の外套の男に何やら薬を盛られた牛頭人。
あの男はこの魔物の事を人造王種と呼んでいた。
王種を人工的に作るなんてできるのか?
それにこの四階層目だ。
迷宮は成長するとは聞いていたが、こんなタイミングよく成長するのか?
あの男は自分を魔族って言ってた。
それと関係あるのかも知れない。
帰ってみたらアンブリックに聞いてみるか。
『パパ! 危ない!』
「うおッ!」
馬鹿か俺は! 戦闘中だ! 目の前に集中しろ!
気が付くと眼前には、怒り狂うように突き進んでくる人造牛頭人王の巨大で黒い角。
その狂角を、花ちゃんの幾重にも重ねられ強度を上げた蔓が抑えようとするが、勢いのつけた巨体が誇るその筋肉の弾丸は、その速度と相まって凄まじい威力となっており、十五メートル級の大蛇をも吹き飛ばす花ちゃんの碧の鉄拳をもってしても若干の軌道をずらすだけで精一杯だった。
しかし、その少しのズレのおかげで、狂角の軌道とは逆方向に飛び何とか回避することに成功した。
その勢いまま走り抜けた人造牛頭人王は、壁に激突し大きく崩したのち停止する。
壁からその牛頭を引き抜き、その意識を取り戻すかのように首をぶるりと左右に振る。
『ありがとう!花ちゃん』
『パパー!ぼーっとしちゃだめだよ!』
花ちゃんのほうがしっかりしてるじゃないか……。
助けてもらってばっかりじゃだめだな。
少しは『パパ』としてかっこいいところ見せてやらないと!
右肩に乗っている花ちゃんは、碧の鉄拳を俺の体の左右に展開し、目の前で鼻息荒く息巻いている人造牛頭人王の攻撃に備えている。その姿雄々しい姿はまるで碧の巨人。
『ごめん、花ちゃん! 二人でこいつを倒すよ!』
『花ちゃん頑張る!』
花ちゃんが仕掛ける。
唸るような勢いで碧の鉄拳を繰り出し、人造牛頭人王の腹部を連続で殴打する。
その嵐のような凄まじい打撃は、両腕で防御する人造牛頭人王をじりじりと後退させていく。
このレベルの強敵になってくると《接触放電》により麻痺は期待できない。
俺の直接の放電による攻撃でないとダメージを与えることができないだろう。
「雷装鎧! 雷槍!」
上半身を狙う凄まじい花ちゃんの打撃の間を縫うように下半身を雷槍で突いていく。
俺の狙いは機動力を削ぐことだ。あの質量による突進は、圧倒的な物理攻撃に弱い俺には致命的だ。
今まで絶対の信頼を置いてきた《雷銃》の貫通力でさえ、あの黒い炭素繊維のような毛皮を貫くことはできなかった。
(糞! 硬すぎる! 雷槍でもダメか!)
《雷銃》より火力で勝る《雷槍》での接近戦だったが、比較的に毛の薄い下半身でさえも薄く傷をつける事しかできない。
(花ちゃんもそろそろ限界か……!)
徐々に花ちゃんの打撃の回転力が弱まっていく。
『花ちゃん一旦距離をとるぞ!』
『わかったよ! パパ!』
三回ほどバックステップをし、人造牛頭人王と一旦距離をとる事に成功する。
どうする? 完全に火力不足だ。
《雷銃》も《雷槍》もダメ。攻撃手段がない。
焦りだけが募っていく。
せめて直接相手に放電できれば……。
「ブモオオォオォォォオオォオォォォオオオォオオ!!!!!」
本日二度目の大咆哮だ。
この咆哮の後には必ず突進が来る――。
「そうか、貫通力が足りないならあいつの突進を利用すればいいんだ」
『花ちゃん頼みたいことがある! 俺が合図したら――』
『わかったよ! パパ!』
集中する。全身の神経を研ぎ澄ます。
だんだんと周りの音が聞こえなくなる。
今俺の耳に届くのは自身の心臓の音と、人造牛頭人王の呼吸音だけ――。
人造牛頭人王の下半身に力が入るのが分かる。
勝負は一瞬だ。
稲妻と牛頭人王は疾駆する。
俺は《雷槍》を突き出し、牛頭人王は《斧槍》を突き出す。
『いまだ!!!!』
花ちゃんの碧の鉄拳が地面を殴る。
お互い直線だった軌道が俺が横移動する事でずれる。
横行動のために地面を殴った花ちゃんの蔓は斧槍の切っ先を掠めてしまう。
しかし、今、牛頭人王はその無防備な首筋を晒している。
俺は花ちゃんが身を呈して作り出したこのチャンスを無駄にしない為、体をひねりながら勢いそのままに《雷槍》を牛頭の首元に突き刺す事に成功する。
突進の勢いそのままに、壁に激突する牛頭人王。
牛頭を引き抜きこちらを向いた牛頭人王の左肩には《雷槍》が突き刺さ去ったままだ。
『花ちゃん! 大丈夫か!』
『ちょっと痛いけど、大丈夫だよー』
地面を殴った瞬間、牛頭人王の斧槍が当たった花ちゃんの蔓の一部はちぎれている。
その蔓の断面からは紫色の液体が噴出しており、とても痛ましい。
この野郎。絶対に許さないぞ。
「ブフォオオォォ……。ブフォオオォォォオオ……」
苦しそうに肩で息をする牛頭人王はまだやる気のようだが、もう終わりだ。
《雷槍》の二段階攻撃を発動する。
「電弧放電!」
左肩に刺さっている《雷槍》が放電する。
青白い光と轟音。
次いで衝撃。
しかし口から煙を吐く牛頭人王はまだ倒れない。
「まじかよ……! なんてタフな奴だ……。だけどこれで終わりだ」
全身の電力を……そして魔力を練り上げる。
俺が放つのは《雷銃》などではなく、まさに雷神の怒り。
俺の大事な『娘』を傷つけたんだ。
生かしてはおかねえ!
強敵だったぜ。牛頭人王。
じゃあな。
花ちゃんの痛み、百倍にして返すぜ。
「神の裁き」




