205話
魔工具の柔らかい光が、優しく執務室を照らす。
時折明滅するその光を眺めながら、手に持った万年筆を机の上に置き腕を上に挙げ背中を伸ばす。
「ん、ん〜〜っ」
魔族の襲撃から半年が経過し、フォレスターレ王国の王都、ビギエルヒルには平穏が戻ってきていた。
しかし世界情勢は一変し、魔物を率いる魔族の王国、新マノス王国による他国への侵攻が起こり、各国がその対応に追われていた。
それは唯一、魔族の侵攻を阻止したフォレスターレ王国も例外ではなかった。
──コンコン
執務室の扉がノックされる。
「女王陛下、エゾットです」
父の代から、秘書官を務めているエゾットが、手に持った書簡を手渡してくる。
エゾットは目に見えて疲労が蓄積しているのがわかる。
「女王陛下、これを……」
「ありがとう、エゾット」
目の下に隈のある彼から受け取った書簡に目を通す。
「……今度はレビオ王国が……」
エゾットから受け取った書簡には、レビオ王国の隣国であるマイヘン王国から、レビオ王国滅亡の報と自国への支援の要請が記されていた。
書簡に目を通し、秘書官であるエゾットに手渡し、保管するように指示をした。
何通目の報せだろうか。
毎日のように寄せられる報に、この世界の現状が良くない方向へ向かっている事を感じさせる。
他国からの書簡だけではない。
自国の街や村からも日々届く魔物被害や魔族の目撃情報。
中にはでまかせも含まれている。
魔族の襲撃を公表してからというもの、ひっきりなしに寄せられるそれらの情報に対応しなくてはいけない毎日だ。
「この半年で一体何カ国目の報かしら」
「四カ国目で御座います。どの国も一夜にして滅んでおり、周辺の国々には国を失った難民が雪崩れ込んでいます。各国、防衛と難民の受け入れに苦心している様ですね」
「そう……。被害は拡大する一方ね。……貴方、顔色が悪いわ。しっかりと眠れているの?」
秘書官のエゾットは一瞬、はっとした顔をするも大丈夫ですと言いその場を離れた。
事務処理をする秘書官はエゾットだけではない。
だが、筆頭秘書官という彼の立場が無理をさせてしまっているのかもしれない。
何処か掴み所がなく、利発的な印象だった彼の面影はその背中には見えず、とても小さく見えた。
「皆疲れているのね……」
執務室を出ようとするエゾットに待つように声をかけ、小さな小瓶を手渡す。
「これは……?」
「ベック様から頂いた、“エイヨウドリンコ”と呼ばれているポーションです。飲むと元気が出ますよ」
「あの救国の英雄のポーションですか。精が出そうですね」
「それを飲んで、しっかり休んでください。貴方は私の右腕なんですから、倒れられては困ります」
「ありがとうございます。それにしてもベックさんは今頃着いた頃でしょうか」
「無事だと良いのですが」
フォレスターレ王国女王ペルシア=フォレスターレはあの飄々とした冒険者の顔を思い出した。
「どうでしょう。まぁあのお方なら何があっても平気だと思いますよ」
「そうですね」
執務室に笑い声が響く。
気持ちを切り替えた女王は再び机に向かい、書類にサインしていくのであった。
⌘
フォレスターレ王国よりも遥か東。
海を越えた先にある、長閑な田園風景の続く緑豊かな土地。
その国は、周囲を海に囲まれた孤島の山間部に位置し、傾斜が多い土地の斜面には、山頂から湧き出る湧水を器用に引き込んだ棚田が多く存在する。
棚田ではその国の名産品として良く知られる、ライセと呼ばれる穀物が広く栽培されていた。
日が沈み周囲が暗くなると、水田より蛙の合唱が聴こえ始める。
『へいらっしゃい! お嬢ちゃん焼きトードどうだい!? 美味しいよ!』
『ねぇママ! 美味しそうだよ! 食べたいなぁ!』
『あら、もうすぐで夕飯よ?』
『ちゃんとご飯も食べるから!』
『奥さん、今ならサービスでもう一本だ!』
『あら、じゃあ頂こうかしら』
『わーい!』
『ふふっ、お父さんには内緒よ?』
『うん!』
『まいどあり!!』
普段ならばその国の王都からは、そんな夕飯時の賑やかな声が聞こえてくる筈だった。
しかし今、すでにその国はない。
新マノス王国の侵攻の際、二番目に標的となり滅びたはずのその国のから届いた一通の手紙。
阿波国から届いた手紙の差出人を探しに、四人の冒険者たちがこの地へとやってきた。
「こいつはひでぇな」
「あぁ、見る影もない」
「クソッ。何だってんだ」
「兄さん、生存者を探しましょう」
伽藍堂になった国の跡地。
建ち並ぶ木造建築の建物の屋根には、瓦と呼ばれる陶器製の雨除け。
懐かしい光景と、悲しい光景が一緒くたになったその場所で、行動を開始する。
「気をつけろよ。魔物が潜んでいるかもしれねぇ」
──チチチチ
探索の為、《探知》魔法を発動する。
阿波国の探索が始まった。
次回更新は一回お休みさせて頂きます。
再開は6月12日になります。宜しくお願いします。




