202話 裏筋もしっかり
魔族の襲撃から数日後、前王オージ=フォレスターレの葬儀がしめやかに執り行われた。
魔族、そして千を超える魔物の襲撃があったにも関わらず、一般人への被害がなかったのは奇跡としか言いようがなく、国民はその事を大いに讃え、前王の死に涙を流した。
王女ペルシアを守る為、魔族の前に立ちはだかった前王の勇姿は、その話を聞きつけた吟遊詩人たちの手によって歌となり、長い間人々を勇気付ける事となったのはまた別の話だ。
魔族の襲撃、新たな魔王の誕生など、あの夜起こった出来事は瞬く間に大陸中を駆け巡り、情報を得ようと各国から押し寄せる使節団による行脚は新女王であるペルシアを苦しめた。
あの戦場で武功を挙げた冒険者たちには褒賞が与えられ、その例に漏れず、ノーチェ率いるA等級パーティである我々もしっかりとその恩恵に預かり、数日間を王宮で過ごした俺は、ひとりゆっくりと温泉に入る為自宅へと戻ってきた。
──戻ってきたのは良いのだが……。
国中が騒めく中、ある筈のものはそこに無く、俺は一人、家があったはずの場所で立ち竦んでいた。
いや、正確に言うと一人ではない。
隣にもう一人いる。
一人? 一人ではないな、一精霊か。
俺はララと二人で、更地になり草が生えているただの土地の前に立っていたのだ。
「なぁララさんや、ここにあった筈の我が家はどこに行ったんかいのぅ」
「何ですか、そのお爺ちゃんみたいな言い方。大丈夫ですよ。しっかりとここにあります」
ララが何やら呪文を唱えると、地面が隆起し家が現れた。
「あぁ良かった……。てっきり魔物にでもやられたのかと思った」
「もしもの時に備えて、隠しておきました。住まいを守るのが私の仕事ですからね」
屋敷妖精のララは腰に手を当て、申し訳程度にある胸をえっへんと張りながら言った。
「ご主人様がわざわざ戻ってきたという事は、お風呂に入るんですよね? 直ぐに用意しますね。ご主人様のお久しぶりの入浴ですから、気合いを入れて支度します」
「久しぶりの入浴って……。なんかずっと風呂に入ってないやつみたいに言うなよな」
「……失礼いたしました。半年ぶりのご帰宅ですので」
あれ? でも半年間、俺の身体ってどうなってたんだ……?
クンクン。
思わず自身の体臭を嗅いでみるが、別に臭くはない。
昨日もしっかりと王宮の風呂に入ったので臭いはずはないのだが。
か、加齢臭って事は無いよな……?
自分ではなかなかわからないって言うし、もしかして俺って臭うのか……?
だとしたらやばいな……。
今日はしっかりと身体を洗おう。
「ま、まぁよろしく頼むよ」
「畏まりました」
そう言うとララは颯爽と家の中に入っていった。
リビングでお茶を飲みながら待機する。
しばらくすると、風呂の用意が出来たようで、額に薄っすらと汗を掻いたララが声をかけてきた。
余程急いで支度してくれたのか、普段履いている黒いハイニーソ姿ではなく、白い生脚が見えている。
「お待たせ致しました、ご主人様」
「眩しい」
「はい? 魔照明の明るさを落としますか?」
「いや、そうじゃ無いんだ。ありがとう」
「よくわかりませんが……、ごゆっくりどうぞ。後でお飲み物もお持ちいたしますね」
「頼むよ」
俺は普段から一日二時間ほど風呂に入る。
湯船に浸かっている間の水分補給の為、飲み物を用意してもらっているのだ。
……。
…………。
………………。
加齢臭対策の為普段よりしっかりと身体を洗った。
あんなとこやこんなとこ。
裏っかわから、筋のとこまで。
そりゃあもうゴシゴシゴシゴシとね。
人生何があるかわからないから、しっかりと身嗜みは整えなければ。
ほら、某雑誌の《付き合う人に求める最低限度のエチケットランキング》にだって、清潔感がない人は無理って書いてあったもん。
風呂に上がったら爪も切ろう。
半年間俺が不在だったせいか、風呂場に置いてあったのは俺が作ったいい香りのする石鹸ではなく、王都で作られている粗悪品の石鹸であった。
粗悪品の石鹸と、その隣に置いてある俺が作ったバラの香りのする石鹸とを交互に見比べながら、この国の王様の顔を思い出した。
(守れなかったな……)
人の死に顔を見たのは、母親の葬式の時以来か。
国王の死に顔を思い出す。
ファーストコンタクトは最悪だったが、娘思いの良い王様だったと思う。
アレは俺が悪かったしな。
この石鹸をディスりまくっちゃったし。
この世界に来て、知り合いが亡くなったのは初めてだった。
何とも言えない喪失感が俺の心を覆っていく。
ペルシア王女、いや今はもう女王か。
ペルシアには、間に合わなくて申し訳ないと謝ったが、「謝る必要はありません。助けて頂き、そして国を守って頂きありがとうございます」と、逆に感謝されてしまったくらいだ。
全てを助けたいと思うのは傲慢だろうか……。
「はぁ……」
「どうした? ため息なんか吐いて」
「王様、守れなかった」
「お前のせいじゃない。むしろ私のせいだ。魔族である私こそが守らなくてはいけなかったんだ」
いつのまにか目の前で湯船に浸かっているライアが言った。
ん? 何でライアが風呂に入ってるんだ?
「………………」
「どうした? 鳩が豆鉄砲食らったような顔して」
「キャァァァァーー!」
思わず両手で胸を隠し、両脚をクロスさせ息子を隠す。
「何女みたいに叫んでるんだお前は」
「お、お前こそ何でここにいるんだよ!!」
「何でって、風呂に入ってるからいるんだが……」
「そう言う事じゃねぇ! 俺が入ってんじゃねぇか!」
「別に良いだろ。見られて減るもんじゃないんだから」
「それはお前のセリフじゃねぇぞ!」
対角線になるようにライアから離れる。
それに対して何も反応を示さない神妙な面持ちのライアが、「すまなかった」と急に頭を下げ始めた。
次回更新は2019/05/30になります。




