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201話

 


 電撃に当てられた魔族の少女は、びくりと身体を痙攣させながら倒れた。

 その小さな身体からは、煙が立ち昇り、周囲には肉の焦げた臭いが広がっている。


「くっ、馬鹿がッ」


 苛立ちが募る。

 やはりあの男は、イレギュラーだ。

 こうも思い通りに事が運ばないのは、あの男が現れてからだ。


 今思えば、あの時からずっと、あの小僧には邪魔をされてばかりだった。


 完成間近だった造王薬の投与実験をした時もそうだ。


 見窄らしい装備、明らかに駆け出しの冒険者が牛頭人(ミノタウロス)、それも薬の影響で通常種よりも遥かに優れた個体と戦って生き残るとは思っても見なかった。


 何故あの弱々しかった時に殺しておかなかった。

 あの時の自分を殴りたい気持ちだ。


(忌々しい人族の小僧め……)


 障害になりうる可能性のある奴らは、今までだって何度も消し去って来た。


 先代の賢者や勇者、オレガルド大陸の文化に革命を起こそうとした異世界からの転生者だってそうだ。


 協力しない者は容赦なく殺して来た。

 だからこそこの国の王は死に、新たに魔族の王国となるまであと一歩と言うところまで来ている。


(……よもやここでニミーが失敗るとはな)


 今更後悔しても仕方がない。

 地面に伏しているニミーに眼を向ける。

 僅かにだが、まだ反応がある。

 今何とか助ける事が出来れば、自身の魔法で再生も可能だろう。


 幼い容姿とは言え、あれも女だ。

 別の(女としての)使い方もある。

 それにあの魔法(オーバーソウル)は稀少性が高く、まだ喪うには惜しい。


紫尖晶狼(スピネルファング)、ニミーを連れて退却しろ』


 ニミーと憎き小僧の間に割って入っていた魔物に命令する。

 既にこの戦場でまともに動ける魔物は、この紫尖晶狼以外に残されていなかった。


 千匹は用意し造王薬で強化した魔物は、どれも一匹で大きめの村を壊滅させられるほどの魔物だ。


 それをたった一人の冒険者に壊滅させられようとは。


(……あの小僧はあれだけの魔法を使っておきながら、何故平気な顔をしていられるのだ。そろそろ魔力切れを起こしてもおかしくはないはず。それなのに……)


「考え事かスウマー! この状況で随分と余裕があるじゃないか!」


 焔の矢(ファイアアロー)が飛んでくる。

 迫り来る焔の矢を、射線上に展開した渦闇(ダークホール)で飲み込む。

 範囲は最低限。

 この状況では、魔力の消費を抑えなければ。


「相変わらず馬鹿げた魔力量ですな。あれだけ痛め付けたのにもうそんなに魔法が撃てるとは」


 塔の上では相当に魔力を消費していたはず。

 先ほどの小僧もそうだが、何か薬品のようなものを口にしていた。

 魔力を回復させる効果のある、迷宮産の秘薬か何かだろうか。

 だとしたらこちらが完全に不利だ。


「自分の心配をしたらどうだ?」


 絶え間なく魔法が降り注ぐ。

 防御に優れた闇魔法とはいえ、相手の手数が増えれば増えるほど、こちらの攻撃の機会は減ってしまう。


 あの小僧も大概だが、やはりこの女も厄介。

 手足が無くても反撃してきそうだ。

 何とかして操血魔法で支配下に置かなければ。


「もうこの戦場にはお前しか残ってないぞ! さっさと尻尾を巻いて帰る事だな!!」


 間髪入れずに石の飛礫が四方から迫る。

 身体を闇に潜らせ、それを避けつつも戦場を見回す。

 何処を見回しても、魔物の死体の山が続く。

 その死体の山を、ニミーを咥えた紫尖晶狼が一飛びに乗り越え、暗い森の中に消えていくところだった。


(ここまでか……、悔しいが最低限の事は成せた)


 その時──、


 ──バリッ


 明け始めた空が一瞬光り、件の冒険者が姿を現した。


「ライア無事か!?」

「お前こそ平気か! ベック!」

「あぁ、少し危なかったが何とかなったぜ」

「何とかなったぜじゃないわ! 何で火属性魔法を使わなかった!? あれを使えば一瞬で抜けられてただろ!」

「え!? そうなのか!?」


 緊張感のない会話が続く。

 どうやら奴らはもう勝利を確信したような素振りだ。


(……雷魔法以外も使えるとは誤算だったな。結局はニミーには止められず、こう言う結果になっていたと言うことか)


 今はもう、こやつらを止める手立てはない。

 一旦幕引きとさせて頂こう。


「悔しいが、ここまでだな」

「逃げ切れると思ってるのか?」

「あぁ、問題なく逃げ果せる」


 一瞬の動作もなく、頭上に雷が降り注ぐ。

 身体全体を覆うように渦闇を展開し、その降り注いだ落雷を飲み込む。


(やはり、雷魔法の出の速さは厄介だな)


「ベック、無駄だ。闇魔法はどんな攻撃も飲み込む。奴を倒すには魔力切れまで攻撃するか、不意を突くしかない」

「ご名答。だが我輩はそこまで付き合うつもりはない。これにて失礼させて頂く」

「ま、待て!!」


 またしても電撃が走る。

 全く、無駄だと言うのに。


「我らの襲撃を乗り切った褒美に教えてやろう。貴様たちの仲間であった魔物の少女は今我々と行動を共にしている」

「魔物の少女……。まさか、花ちゃんの事か!?」

「そう、そのまさか、だ。我輩の血を分けただけあって、素直に言うことを聞いてくれるわ」


 二人の顔には衝撃が走っていた。


「礼を言うぞ、小僧。貴様のお陰で我々魔族にも光が見えているのだ。新たな魔王を迎え入れ、この世界を支配すると言う光がな」

「スウマー! 貴様が言っていた新たな魔王とはもしや──」


「──花子の事か!」


 黒衣の男は不穏な笑顔を見せながら闇に潜っていった。






 朝日が昇る。


 その日、新たに即位したフォレスターレ王国女王、ペルシア=フォレスターレによって届けられた書簡によって、オレガルド大陸に存在する国々に激震が走った。


 数十名の犠牲者を出した、魔族によるフォレスターレ王国襲撃事件は、結果的に見れば魔族のを追い返した王国側の勝利に見えた。


 しかし魔王の誕生と魔族の復活という報は、人々をこの勝利に酔わせる事はなく、これから始まる戦争への不安を大いに掻き立てたのであった。



次回更新は2019/05/27になります。

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