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200話 おっふ

 


 身体を覆っていた水が形を失う。

 纏わりついていた粘着質な水分がさらさらと崩れ落ちた。

 ぶはぁ、と大きく息を吐き、俺はようやく自由を取り戻した。


「いてぇ……」


 型や足に突き刺さっていた硬質な羽根は、少女が倒れると同時に消えていった。


 ──バチッバチチチチッ


 全身が解ける様に蒼白い雷となっていく。

 一度完全に雷化し、傷を塞ぐ。

 しかし流れた血が多い。

 雷化し傷が塞がっても、足元がふらつく。

 まるで貧血だ。立ち眩みがする。

 そりゃそうか、と一人納得した。


 全身が怠い。

 あまりの倦怠感に、腰にぶら下がっているマジックバッグから花汁を取り出し一気に煽る。


「ふぅ……、死ぬかと思った……。こいつが馬鹿で助かったぜ」


 恐らくあの水は〈純水〉だろう。

 不純物を一切含まない完全な水。

 電力は不純物を介して水を伝うんだっけな。

 あのガキンチョが、ドSな性格で助かったぜ。

 俺の血液が純水と混ざり合う事で、上手く放電できる様になったんだからな。


(あのまま窒息を選ばれてたら、今頃死んでたな)


 拳を数回開閉し、身体の状態を確認する。

 花汁を飲む事で、何とか体力を回復させることが出来た様だ。

 いつの間にか、残り数本しかない花汁は貴重だが、この際仕方ないだろう。

 早く家出娘を探さなければ。


 チラリと視線を地面に落とす。

 雷撃で倒れた少女の身体からは煙が上がっていた。

 その傍には主人を守るように、巨狼が牙を剥いてこちらを威嚇していた。


 全くの加減をせずに放電した為、恐らくはもう手遅れだろう。

 後味は悪いがこればかりは仕方がない。

 やらなければこちらがやられていたのだ。


「おい、わんころ。まだやんのか」

「グルルルルルウッ!!」


 威嚇し返す様に、ばちりと放電すると、巨狼は少女を加え、暗い夜の森へと走り去っていった。


 ノーチェや他の冒険者たちが戦いを繰り広げていた草原に静けさが戻り始めていた。


 血気盛んに襲い掛かってきた魔物たちは、糸が切れた操り人形の様にバタバタと倒れ始めた。


 恐らくあの少女がいなくなったからだろう。


 冒険者たちから勝鬨を上げる声が聞こえる。


「おい! ベック無事か!?」


 ノーチェが駆け寄ってきた。


「全くひやひやさせんなよ! あのままやられちまったらどうしようかと思ったぜ……」

「俺だって死ぬかと思ったぜ。そっちは大丈夫か?」

「あぁ、魔物たちが急に大人しくなったからな。全く動かないから、今は静かなもんだ。ライアさんだけ少し離れたところでまだ戦ってる」

「何処だ!? あいつは無事か!?」

「あっちだ」


 毛むくじゃらの指が指す方向には、一方からは火柱が上がり、その反対側からは闇の壁がそれを包む様に防いでいた。


 恐らく火魔法はライアの魔法だろう。

 土砂が混じった竜巻や、地面を抉り取る様な水流が黒衣の男を襲っているが、全て闇の壁に吸い込まれている様だった。


「ライアさんより、お前の方がやばかったと思うぜ? それにさっきからあの二人の戦いに聞き耳立ててるが、会話がメインみたいだぞ。お互い様子見しながら魔法でやりあってるみたいだ」


「なんかイヤラシイ話も聞こえて来たけどな」と苦笑いしながらノーチェが言う。


「イヤラシイ話!?」

「なんだか孕み袋とかなんとか……」

「!?!?」


 おっふ……。

 え? なにそれ、どう言うことなの……。

 童貞の俺には刺激が強すぎる会話なんだが。

 あの二人って、そう言う関係だったの……?


「……もうこの戦場には首謀者のアイツだけだ。さっさとこの戦うを終わらせて花ちゃん探しに行くぞ」

「お、おう」


 俺は考えるのをやめた。




 ⌘




「ふざけるな!!」


 ライアは全身に鳥肌が立つのを感じた。


(孕み袋だって!? 冗談じゃない!)


 いくら魔族の再興の為とは言え、そんな事になるのはお断りだった。


 元々寿命が長い魔族という種族は、生来の子供ができにくい体質も相まって、その辺の意識が非常に希薄であった。


 更には光属性の魔法を使えない魔族にとって出産は非常にリスクのある事柄であり、人魔戦争後、オレガルド大陸へと難を逃れた極少数の魔族たちは、人里離れた山奥などでひっそりと生活し、子孫を増やすと言う事は避けて来た事でもあった。


『そのうち』『いつか』『状況が好転したら』


 穏健派の魔族たちは口癖の様にそう言っていたのを覚えている。


 それにライアが知る限り、新たに誕生した魔族がいるという話は一例を除いて聞いたことがなかったし、妊娠、出産の出来る年齢の魔族はもう殆ど居ないと言うのが、数少ない魔族たちの中での共通認識であった。


「貴様、まさか……」


 嫌な予感が頭をよぎる。


「御察しの通り、もう既に貴女以外のそれが可能な数名の同胞には()()()()頂いております。それはもう、非常に協力的な同胞で助かっていますよ」

「下衆が!」


 ギリっと奥歯を噛み締める。

 ライアの脳裏には友人夫婦の姿が映し出されていた。

 お互い同意の上でなら何ら問題はない。

 しかし、この男が言い放った小鬼にも劣る様な発言は、そうではない事実を濃厚に表していた。


 言い様のない怒りが全身を駆け巡る。

 力任せに魔力を解放しようとしたその時──、


「どうやらあちらも終わりそうですよ? こちらも幕引きとさせて頂きますか」


 ライアの目には、丸い球体の水の中で踠いている、仲間の姿が見えた。


「ふふ、だから言ったでしょう? 決着はすぐ着くと」

「あの馬鹿!!」


 目眩しに炎の壁を出し、視線を遮る。

 ベックを助けに行こうとするが、その炎は闇に飲み込まれ、スウマーによって行く手が阻まれる。


「退け!!」

「退けと言われて、はいそうですかといって退く訳がないでしょう。あの男は我々の一番の障害だ。ここで始末させて頂きますよ」


 ミニーの魔法、魔物接収(オーバーソウル)は厄介な魔法だ。

 自身のその身体に魔物の特性を宿らせる事で、その特性を様々な事に使うことができる。


 岩の様に肌を硬質化させたり、口から火を吹いたりできる様になるその魔法は、私の友人が得意としていた魔法だった。


(随分とまぁやんちゃに育ったみたいだな……)


 友人の面影のある少女の顔を見ながら、この難しい状況を打破するにはどうするべきか考えを巡らせる。


 ベックを包み込んでいるあの水は【アクアスライム】の粘液だろう。だとしたら属性的な相性は良くなかった。


(気がつけ、ベック! 状況を打破できる魔法をお前は持っている筈だ!!)


 魔法の属性には相性が存在する。

 土や水属性などは、雷属性に強いし逆に火や風属性には弱い。

 あのアクアスライムも火属性には滅法弱かった。


 少女の身体が鳥の様に変化して行く。

 その姿を見たスウマーの顔に、一瞬焦りの表情が見えた。

 そしてそれは、こちらにとってはまたとない好機だった。


「チッ。あの小娘。余計なことを!!」


 この短時間で状況が二転三転する。


「はっ! お前も随分と苦労している様だな! スウマー!」


 先程とは逆に、ニミーの元にスウマーを行かせないよう、土魔法や火魔法で邪魔をする。


「くっ、邪魔をするな!!」

「さっきの台詞をそっくりそのままお返ししてやる」


 少女の攻撃がベックを貫く。

 友人の子供か、仲間の命か。

 ライアは心優しいベックなら、きっと手加減をするだろうとそう確信していた。


 ──バリバリ!!


 雷光が周囲に広がった。

次回更新は2019/05/24となります。

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