1話 静電気と異世界
「とまあ、こんなところだよ」
椅子に座り、足をパタパタとさせる姿がとても可愛らしい。
もう少し開いてくれると見えるかもしれない。
神秘の逆三角形。
自称神様は、複数の世界を管理している管理者だと言っていた。
どんな世界があるのか興味があったので聞いてみたわけだが、『海賊王のいる世界』や、『キツネに憑りつかれた忍者がいる世界』、『青いタヌキがいる世界』などどこかで聞いたことのあるような、なかなかに個性的な世界を管理しているようだ。
「それじゃあ、その中の一つに俺がいた『地球』っていう世界があったってことですか」
「君のいた世界は、管理者になりたての時に真面目に作った世界だから、魔法や特殊能力がある世界ではなく、自然法則に則って科学的根拠で解明することが出来るように設定された世界だよ」
あの頃は若かったなぁと遠い目をしながら説明している。
いったい何歳だよ、この自称神様は。
どう見ても十五歳くらいにしか見えない。
それに真面目に作った世界ってどういうことだよ……シ〇シティ?
他の世界は『税率100%にしてみた』とか、ブンブンハロー的なノリなの?
……とりあえずその辺のことを考えるのはやめよう。
「あの~、ちょっと確認したいんですけどいいですか?」
「なに? どうしたの?」
自称神様は首を傾げた。
「結局のところ俺はどうしたらいいですか?」
「う~ん。どうしよっか……」
特に用事はないんだよね、そうとでも言いたげな様子だ。
だが顎に手を当てて、すごく悩んでいる神様も可愛い。
うん。
美少女は何をしても可愛い。
眼福眼福。美少女をこんなに見つめられる機会なんて一生巡ってこない。
「君はどうしたい? 正直に言うと興味半分で呼んだだけだから、希望が何もなければ、このまま天界に魂を送還して、また同じ世界のどこかで“何か”に生まれ変わるんだけども」
返答に困ったのか、美少女神が逆に質問してきた。
聞き捨てならないセリフに思わずノリ突っ込みしてしまう。
「なにか!? 何かって黒いアイツとか、そういうのに転生する可能性もかるのか!?」
「……さぁ……? 転生の裁量は、天使たちに任せてあるからわからないけど、あんなに不幸で苦労したなら、人間に生まれ変わるんじゃない? それに、ある程度のことは叶えてあげられると思うよ」
良かった、《ゴキブリ》 虫で再出発なんて俺には耐えられそうにない。
あいつら髪の毛だけで生き延びられるんだぜ。
異世界に転生して、髪の毛食ってまで生活したくはない。
それにしても天使とかいるんだな。やっと自分が死んだという自覚が出てきた。
だがこの様子…。もしかしたらチャンスではないか?
なんか神様申し訳なさそうにしてるし、お願いするなら今では!?
「じゃ、じゃあ、剣とか魔法が使える異世界に転生することとかできますか?」
手をもじもじしながら、照れて伏し目がちに聞いた。
傍から見たら気持ち悪いだろうな。
アラサーのおっさんが異世界に夢を見ているんだから。
でも仕方ない。
俺には異世界への旅という野望があるのだ!
「可能だよ。出生に関する希望があったら聞くよ。身体的特徴とか、年齢とか。赤ちゃんからじゃなくても、ある程度出来上がった器へ転生することもできるよ。器はこっちで用意できるからね」
キター!
これは結構お願い事しても叶えてくれるかも!
やる気持ちを抑えつつ、俺は希望を伝えた。
◇
「ふむふむ。なるほど。これくらいなら叶えることはできるよ。でもいいの? これだけで」
神様は確認する。
「これで十分です! お願いします!」
俺はいい顔をしながらサムズアップした。
重要なことをお願いするのを忘れて。
「今から君が向かう異世界は、剣と魔法の世界“オレガルド”だよ。この世界の住人は生まれた時から皆等しく、モンスターでさえも、胸に“アルマ”を持っている。だから君にもプレゼントしておくね」
アルマ? なにそれ、魂の事?
よくわからないけどファンタジーっぽいね!
神様が祈りを捧げるように両手を組む。
何やら、聞きなれない言葉で呪文を唱え始めると、視界に大きな揺れを感じた。
足元を見ると純白の大理石に紫色に光る幾何学模様の巨大な魔法陣が現れ、徐々に体が沈み込んでいく。
期待に胸を膨らましながら、洋也の全身は暗闇に包まれていった。
「さぁて、彼らはどんな第二の人生を歩むんだろうねえ」
椅子に深く腰掛けながら囁くように呟かれたその言葉は、すでに転送された洋也の耳に届くことはなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
胸に仄かな温かみを感じた。
その温かみは徐々に広がっていき、洋也の意識をゆっくりと覚醒させていく。
ポタリ、ポタリと無数の鍾乳石から滴る真珠のような水滴は、悠久の時を経て地面に受け皿を作り上げ、その真珠の海で洋也の両手を濡らしていた。
「グッ……オエェッ」
長時間、船に揺られた後のような、はたまた、脳内をかき混ぜられたかのような気持ち悪さが襲ってきた。
まわる。まわる。自分が世界の中心になったかのように周囲が回り、胃の内容物がせりあがってくる。
何とか意地で吐瀉物をまき散らすことは阻止するも、次いで息苦しさが襲い掛かってくる。
身体もだるく、しばらく動けそうにない。
倒れ伏していた体を起こし落ち着くまで壁に寄りかかって、いま自分が置かれている状況を確認することにした。
それにしても転移ってこんなに気持ち悪いのか。
吐き気と頭痛がする……。
水溜まりに浸かってふやけた両手を握りしめ、その存在を確かめる。
手は普通に動くみたいだな……。
手のふやけ具合からそれなりの時間、気を失っていたことを理解する。
どこにも不具合がなければいいが。
死んでから生き返ったのだ。
しっかりと現状の肉体を確認しなくてはならない。
体に違和感を感じつつも、全身を調べようと胸に手を当てた時、胸のあたりに温かみを感じた。
そういえば神様が言ってたな。
“オレガルドの住民は胸にアルマを持っている”
この暖かさがアルマなのかな?
意識を胸に集中すると、目の前に半透明なガラスのような板が現れた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
名前 別宮洋也 年齢 27
職業 ―――
身分 ―――
能力値 Lv1
【体力】G
【魔力】G
【筋力】G
【敏捷】G
【頑丈】G
【知性】G
【ユニークスキル】
静電気Lv1 魔法創造
【パッシブスキル】
異世界言語 体質強化 魔力操作Lv1
【アクティブスキル】
-
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
いきなり目の前に現れたガラス板に思わず体を跳ねさせる。
表示されている内容を一つ一つ確認する。
職業や身分は無し。
レベルは1。
ステータス表示がローマ字。
Aが最高だとするとGは低いということか?
引き続き確認をしていくと残念なことに一つ気が付いた。
おいおい神様! 体質改善してくれって頼んだのに、なんで《静電気》!
俺はなくしてほしかったのに……。
もう一つの《魔法創造》はなんか凄そうだからプラマイゼロか……?
《魔力操作》はいいとして《体質強化》って静電気も強化されてしまうのか?
これらは要確認だな。
しっかし、レベルを見るとどうしても上げたくなる。
ゲーマーの性というやつだ。
(おっと。 いかんいかん……)
もっと調べてみたいけどこれは一旦後回し。
まずは身の回りの安全の確保しなくては……。
閉じるように念じてみると、半透明な板は音もなく消えた。
気持ち悪さは大分抜けてきた。
首をくるりと回し周囲を見回す。
どうやらここは洞窟内部のようだ。
地面に生えている緑色に光る苔の影響かわからないが、洞窟内部は薄っすらと明るく見える。
洞窟の奥からは生き物が唸るような、風が吹き抜けるような、不気味な音が聞こえくる。
湿り気の帯びた空気の中に何かが腐ったような異臭も含まれている。
あまり長居したくない場所だ。
(どうする? 移動するか? でも、下手に動いて迷子にになって出られなくなっても困るが……)
その時、頬を撫でる空気の流れを感じた。
その流れを感じる方向に進むことにする。
出口かもしれない、いつまでもここにいるわけにはいかない。
ここは異世界で、怪物だっているはずなんだ。
両足に力を入れ、膝についた砂埃を払いながら立ち上がった。
光る苔と、ポケットに入っていた携帯電話の明かりを頼りに、空気が流れを感じる方向へ進む。
ゴツゴツした岩肌の洞窟内を壁沿いに手を這わせ少し歩いてみると、最近崩れたような身長178センチメートルの俺が体を横にするとぎりぎり入れるだけの隙間があった。
中は空洞になっていたので、ここで休憩をとることにした。
ここなら入り口である隙間のほうだけに注意しておけば何が来てもすぐに対処ができるはずだ。
背後を気にしないでいいのは休憩するにあたって非常に助かる。
壁を背にして腰を下ろした時──。
グゥ。
少し安心したからか、またもや腹の虫が鳴った。
そういえば、何も食ってなかった。
腹が減った状態で死んだからまだ空腹のままだ。
転移した際に神様は、俺が倒れた時に持っていた所持品も一緒に送ってくれたようだ。
着ているスーツ、マフラーにリュック。ちょっと肌寒い洞窟内でも防寒対策はとれそうだ。
リュックの中に何か食べられるものが入ってないか確認する。
開ける際、若干右手にパチッと静電気を感じたが、ちょっと痛いだけだった。
いつものことだ。
リュックの中には500mlのお茶、栄養補助食品1本、静電気対策用手袋、財布、文房具、ノート、そして見慣れない麻袋が入っていた。
(こんな麻袋あったかな)
とりあえずリュックの中に入っていたお茶を一口飲む。
緊張と疲労で乾いた喉に水が染み渡る。
しかし手にある食料はこれだけだ。
どうにかして確保しなくては。
(──っと)
その前に手袋しておくか。
静電気対策だ。
気になっていた麻袋の中身も確認してみる。
麻紐できつく結われた麻袋を、指先に力を入れ何とかこじ開け、中身を確認する。
袋の中身は真っ暗だ。
なぜか底が見えない。
中には何も入っていないみたいだ。
試しに手を入れてみるとムズムズする。
何かに包まれている感じだ。
もしかしてこれはマジックバッグというものだろうか?
試しにそこらへんに転がっていた石を入れてみる。
……。
…………。
………………。
やばい!
いくらでも入るぞこれ!
すげえ!
どんどん入るのがめちゃくちゃ楽しい。
手当たり次第に、その辺に転がる緑色や青色をした綺麗な石もぶち込んでおいた。
錆びた鉄みたいなのもあったな。
しかもいくら入れても大きさは変わらないし、重さも感じない。
マジ神様ありがとう。
(でもこれ、入れたはいいけど、どうやって取り出すんだろ……?)
色々試した結果、麻袋に手を当て、出したいものを思い浮かべることで、スゥっとバッグから出てくることが分かった。勿論手を突っ込んでも取れるよ。
これで安心だな。
しかもバッグの口は伸縮自在で大きいものでもすんなりとはいるみたいだ。
近くにあった大きな岩を飲み込んだときはびっくりした。
これは秘密にしておいたほうがいいよなぁ。
これがゲームの世界なら、こんな都合のいいアイテム、絶対に高級品だ。
無くしたり盗まれないようにしないと。
その辺にあった鉱石もある程度回収した。
何気なく足元を見ると、小指の指先くらいの赤い半透明の綺麗な石を見つけた。
あれ?
さっきから赤い鉱石はよく見たけど、半透明なのはなかったな。
価値があるかもしれないし、これもマジックバッグに入れておくか……。
手を石に近づけた時――
パリッ。
痛ッ!
体を動かして暑かったから、マフラーと手袋外したんだった。
他の鉱石は触っても大丈夫だったから油断してたな。
ヂヂ……ヂ……ヂヂヂヂヂ……――
摘み上げた赤い半透明な石が、まるで線香花火のような火花を散らし発光し始めた。
薄い赤色のビーズのような色味は、だんだんと灼熱のマグマの様な赤味を帯び、持っていられないほどの熱量を感じ始めた。
あ、あれ?
これって爆発フラグじゃね?
身の危険を感じ、サァッと血の気が引いた。
突然の出来事に、自分だけ時が止まったかのように全身の筋肉が硬直する。
直後、心臓が体の異常を察知し、その本来の役目を果たそうとするかのように、全身の筋肉に血液を循環させる。
(っべえ! いそげえええええええ!)
思うように動かない体を、意志の力でねじ伏せ、急いで横穴の入り口に足を向かわせる。狭い隙間を通り、空気が流れてくる方向とは逆方向に、今にも破裂しそうな赤い半透明な小石を力の限り投げた。
カンッ。
金属と金属がぶつかり合ったような、硬質な音が洞窟内を響かせた。
急いで先程の横穴に戻り、身を屈めた。
一瞬の静けさが洋也を覆う。
その直後、大気が揺れるような、耳をつんざく轟音が洞窟内を支配し、全身を焦がすような熱気と爆炎が、横穴の割れ目の前を通過するのが見えた。
数秒もするとその熱量は次第に落ち着いていき、ガラガラと岩が崩れるような音がした後、洞窟内に静けさが戻った。
「グゥゥゥゥ……!」
横穴の中には、苦悶の表情で地面にうずくまる洋也の姿があった。
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