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198話 静電気と魔物使いの少女④

 

 圧倒的優位の立場にあった俺の状況は一変した。


 身体に纏わりつく、水の様な何かを取り払うことに意識を削がれていた為、目の前にいる敵のことを完全に忘れていたのだ。


「グハッ!」


 ニヤリと笑う少女が拳を振り抜いた。


 岩のように変質した少女の腕が腹部に突き刺さる。

 その勢いで身体はくの字に曲がり、酸素は肺から押し出された。


 吹き飛ばされ、地面を数度転がり、何度か地面に全身を打ち付けようやく止まった。


 息苦しさと、腹部の痛み、そして全身に感じる打撲痛。

 意識が飛びそうになるのを、頬の内側の肉を噛み何とか堪える。


 腹の底が熱く感じ、その衝撃からか、途端に吐き気が襲ってきた。


「ゴホッ、くっそ……。いてぇ」


 口の中にせり上がってくる鉄の味が、内臓にダメージを受けていることを知らせてくれた。


「ざまぁないわね! 散々調子にのるからそうなるのよ」


 少女はアッハッハと高笑いした。


 状況は最悪だ。

 身体の周りを薄く覆う粘着性のある水分のせいで、全身はおろか指先すら雷化ができない。


 何とか一瞬だけ手で水を払い雷化しても、まるで意思があるかのような水の動きの前に、払った側から覆われてしまう。


 為すすべがなかった。


 そしてそれは、雷化してもこの窮地を突破する事ができないという、絶望的な状況を指し示していた。


「クソが……」


 俺は思わず奥歯を噛み締めた。

 そうこうしている間にも、身体を覆う水の面積が増えてきた。


 薄っすらと覆うだけだった水が厚みを増し、次第に指先を動かすのもキツイ状態になってしまった。

 絡みついてくる水のせいで地面から脚が離れ、全身に思うように力が入らない。


(花汁も飲めねぇ……)


 雷化できない以上、肉体を治癒させるには花汁を飲むしかない。しかしそれも、この纏わりつく粘液のせいで飲むことができないでいた。


「何とかしないと、口まで塞がっちゃうわよぉ?」


 心底楽しそうな口調で少女が言う。


(まじで何とかしないとやばい……。電撃は効かないみたいだし、脚が浮いて踏ん張れないから力も出ないぞ……)


 チラリとライア、そしてノーチェの方を見てみるものの、それぞれ激しく戦闘をしている最中で救援を求められそうにない。


 二人とも必死な形相で、敵と戦闘を繰り広げている。


 ライアの相手は黒衣の男。

 いくらライアが原初の魔法使いと言われた凄腕でも、あの黒渦(ブラックホール)を体現したような、雷撃すら飲み込む強力な闇魔法の前には、一瞬の油断も命取りになるだろう。


 ノーチェも同じく、数が減っているといってもまだ多数の魔物が残った現状で、こちらに邪魔が入らないよう、足に装備した脚刃に火を纏いながら襲い来る魔物の相手をしている。


(ちくしょう! 調子こいた結果がこれかよ!)


 遂に粘着性のある水が、全身を包み込んだ。

 レベルが上がった肉体のお陰か、口まで塞がれてしまったのにも関わらず大して苦しくはない。


 しかし、このままでは待っている結果は同じ。

 窒息か、それとも少女に嬲り殺されるか。

 はたまた、静かに横で待機している巨狼に殺られるかだ。

 遠くない未来に、俺の死という結果が待ち受けていた。


 何とか脱出しようと、球体状になった水の牢獄内でもがいてみる。

 しかし振られた拳は力無く水中を漂い、浮いた脚は思うように動かない。


「さっきまでの威勢はどうしたの? 声すら聞こえなくなっちゃったじゃない。あ、口が塞がってるから話せないのか!」


 ケタケタと笑い、ぽんっと納得したように手を叩く。

 勝利を確信したのか、少女は自身の魔法について話し始めた。


「うちの魔法はね、魔物接収(オーバーソウル)っていうの。この魔法はね、魔物の能力を自分の身体に取り込む魔法なんだよ?」


 こんな風にね、と。


 少女が両手を大きく広げる。

 その広げた両手が、鋭い棘の生えた翼に変化した。


「さっきあんたを殴った腕は岩人形(ロックゴーレム)の腕。そしてこれは棘隼(ニードルファルコン)の翼だよ。知ってる? 棘隼はこうやって獲物を仕留めるんだよ?」


 ──ヒュンッ。


 少女がその翼で羽ばたくと、翼に生えた太い棘が突風と共に飛来し、俺が閉じ込められている丸い水牢を貫いて、深々と右肩と左足に突き刺さった。


(〜〜〜〜ッ!!!)


 言葉にならない悲鳴が上がる。

 水中にいる為、悲鳴すら上げることが許されなかい。

 段々と息苦しさが増していく。

 このままでは本当に窒息死してしまう。


(何か、何かないか……!?)


 ライア──、駄目だ、何も思いつかねぇ!

 ノーチェ──、あいつの周りだけ濡れてないことが、こんなにも羨ましく感じるなんてな……。


 じわり、じわりと水が赤く染まっていく。

 窒息が先か、出血死が先か……。

 徐々に意識が朦朧としてきた。

 俺、こんなところで死ぬのか……。


「しぶといわねぇ、でもその様子じゃ、そろそろ限界かしら?」


 俺が動けないのを良い事に、まるで警戒もしない様子で近寄ってくる少女。


「属性魔法って、ほんと不便ねぇ。相性が悪いだけで、本当に無力になっちゃうんだもの」


 手を後ろに組んで、俺の周りをくるくると回りながら話し始めた。


「冥土の土産に教えてあげるわ? あんたの動きを封じているのは、きれぇ〜〜〜いな水の周囲にしか生息しない、人畜無害な最弱の魔物、アクアスライムよ。その身体は透明で、川の苔や、生き物の死骸を取り込んで生きているの。(コア)も丸見えで動きも遅いから、小さな子供でも狩れちゃう魔物だわ。まぁ今は私の魔法で特性だけ発現してるだけだから、核は無いけどね」


 つんつんと水の牢獄をつつく。

 残念だったわねと、悪戯っぽく笑った。


「その最弱の魔物が、あの強力な雷属性の魔法を、こうも見事に封じるなんてねぇ。あの方は()()()()()って言ってたけど、めんどくさいし、ガウガウにしてくれた事を考えると、もう少し痛めつけても良いわよねぇ?」


 あの方……、こいつらが言う新しい魔王の事か……?

 だとしたら新しい魔王って奴は、相当厄介な奴だ。

 こうも完全に、俺の魔法を封じているんだからな。


(──だが、そのお陰で光明が見えてきた!)


 少女は腕に生えた棘を一本引き抜くと、グサリと左足に突き刺した。


「〜〜〜ッ!!!」


 ゴボゴボッっと肺から空気が漏れる。

 必死に手足を動かし抵抗を試みる。


「あはははははは!!!! そうそう、それよ! 踠き、苦しみなさい!!」


 少女は次に左腕へと棘を突き刺した。

 出血は酷くなり、薄っすらと水に赤い色がつき始める。

 そして俺は()()()()()()()()()()


(お前が馬鹿で助かったぜ)


「これで最後ね。じゃあね、2代目雷の精霊神」


 少女が棘で突き殺すべく、赤く染まった水牢に腕を突っ込んだ。


 ──こうして少女は、息絶えた。




次回更新は2019/05/18になります。

よろしくお願いいたします。

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