196話 静電気と魔物使いの少女②
『あんた、馬鹿ぁ?? 属性そのものであるはずの雷の精霊神が死んでるのよ?』
──だからお前を殺す事だって出来るんだぞ。
少女の言葉が胸に刺さる。
(まずいな……)
雷の精霊神はどうやって死んだんだ?
精霊は実態を持たない生物だとライアから聞いた事がある。
精霊神はその精霊の最たる存在。
数千年の時を生き、物理攻撃は一切効かず、魔法攻撃でも大した手傷を与えることが出来ない。
その無敵とも言える精霊を殺せる……、それはつまり精霊でもない俺を捻るのは簡単だと言う事なのだろうか。
どっと背中に、冷たい嫌な汗を掻くのを感じる。
焦りからか考えが纏まらない。
『精霊は決して、闘争の対象にはならない。魔族も、人族も、我々人類は精霊と共存して生きていくのが最も平和で、最も正しい道なんだよ』
何時ぞやか、ライアが言っていた言葉を思い出した。
出の速さやその特性から、この世界での電気、もとい雷魔法の強力さを、俺自身過信しすぎていた節があった。
だが一応、雷が効かない敵がもしかしたらいるかもしれないと、頭の片隅では考えていたことはあった。
けれども、木製の車輪の馬車が主流のこの世界で、ゴムみたいな絶縁体も見た事が無く、雷が効かない敵がいなかった。
更に言うと俺が受けた小さい傷は、再雷化する事でまるで傷なんか始めから無かったかのように元通りになっていた。
だから、全身、若しくは一部を雷化する事に成功した時点で、攻撃を受けても再雷化すれば傷は塞がる、実質無敵だと俺はそう思っていた。
だがそれは、あの少女に言わせてみれば仮初めの無敵。
対抗手段があると言う、言葉に込められた圧力が否応無しに心拍数を上昇させた。
──雷化すれば傷は塞がる。
じゃあ雷化できない状況が訪れたら……?
この少女が俺にとってゴムのような存在だとしたら……?
考えれば考えるほど、マイナスな思考は加速してゆく。
物理攻撃はすり抜け、効かないと言う事実が、自身の慢心をこうも見事に増長させる原因となってしまうとは。
異世界を少々甘く見過ぎだったようだと、今更ながらに後悔している。
「さっきまでの威勢はどうしたのよ。顔が強張ってるわよ?」
「あ? お前の尻をどうやって叩いて謝らせようか考えてただけだ。クソガキ」
「キーーー! 口の減らない奴ね! あんた人族でしょ!? だとしたら三百才のうちのほうが年上じゃない!! むしろうちがあんたの尻を叩いてやるわ!」
それは……嫌だな……。
小学生くらいにしか見えない少女に尻を叩かれるアラサーの男。
最悪な絵面じゃないか……。考えるだけでゾッとする。
トクン……トクン……。
(ふぅ……。心臓の鼓動も少し落ち着いてきたな)
「変幻万雷」
全身から雷が迸る。
不規則に畝る雷は地面を焼き、空気を焼き、死体に鞭を打つように、地面に転がる魔物を焼き焦がす。
身に纏っていた装備が腕輪に変質し、右腕にすっぽりと収まった。
流石、神様がくれた装備だな。
実質的な防御力は変わらないが、俺が雷化しても装備は壊れる事はない。
一番の心配事であった、何時ぞやのボラルスでの出来事のように、雷で装備が壊れ、衛兵に連れて行かれる事はない。
これであの幼気な少女みたいに、俺のアナコンダ(自称)の悪夢を植え付けてしまった時のような悲しい出来事が起きる事はないだろう。
少し離れた所では、既にライアと黒衣の男の戦闘が始まっている。様々な属性で攻撃するライアに対し、漆黒の闇魔法で対抗する黒衣の男。若干だがライアが押しているようにも見えた。
(ライア……。直ぐに駆けつけてやるからな)
「だから、それは無駄だってば〜。さっきうちが言ってた事、忘れたの?」
「お前こそ忘れてるのかよ。雷の精霊神を倒すのに、他の精霊神が数人がかりでやっと倒したんだろ?」
そうだ、雷の属性は強い。
速さ、破壊力、そして応用性。
思考を加速させ、肉体を加速させる。
「ガウガウ! いきな!」
「がう!!」
⌘
見上げるほどの巨大な狼と、蒼白く光る仲間の戦闘を目の当たりにしていたノーチェは自身の目を疑った。
ベックに襲いかかる魔物は、姿形こそA等級の魔物である戦狼だが、その毛並みや体格、そして紫色に輝く毛皮は本来のウォーウルフのものではなく、書物ですら見たことのない魔物だ。
恐らく他の魔物たちと同じように、薬で強化されているだろうそのポテンシャルはS等級の魔物だろう。
国を挙げて討伐する様なその強力な魔物とベックの、目で追えない速度の戦闘が目の前で繰り広げられている。
「おらっ! どうしたワンコロ! こっちだぞ!」
「グルルルウ!!! ガウガウ!!!」
状況は完全にベックに優勢だった。
S等級の魔物を、一人の冒険者が完全に手玉にとっているのだ。
消えては現れる雷光と共に、音と風のみが戦場に響く。
次第に動きが鈍くなる魔物と「当たらなければどうという事はない!!」と叫びながら戦う友人の間に、バシャリと水が掛けられた。
まさに文字通りその先頭に水を差したのは、先程までベックと会話を交わしていた少女だった。
「調子に乗るのもそこまでよ?」
ニヤリと笑う少女と、顔色が変わる友人。
その友人を巨狼の牙が捉えた。
次回の更新は2019/05/12になります。
よろしくお願いいたします。
11日23時追記:明日の更新は夕方になります。




