190話
「──ライア様、お力をお貸しください」
フォレスターレ王国の王女であるペルシアが再び頭を下げた。
国王亡き今、実質、この国のトップはペルシア王女となる。
数百年の時を生きている自分にとっては二十分の一にも満たない歳の、産まれたての赤ん坊と変わらない少女が、国を背負って立ち上がろうとしている。
目の前で父親を殺され、身の安全を確保してくれる筈の王宮騎士団も壊滅。
如何に王女といっても冒険者でもない、戦闘だってしたことのない少女なのだ。
怖くない筈がないだろう。
苦しくないはずがないだろう。
その年齢に対して小柄な身体に、どれだけのものを背負っているというのか。つい最近まで病を背負い苦しみ、そして今、国を、民を背負おうと苦心している。
なんて強い少女なのだろうか。
……私は逃げてしまったのに。
隠れるように毎日を過ごし、眠っては惨劇を思い出す。
そんな無駄な日々を過ごしてきた。
憎かった。人間が憎くてしょうがなかった。
夫を殺され、失意のどん底に落ちた私が立ち上がれるようになるまで、数十年以上の月日が必要だった。
そして歪んだ。
歪んでしまった。
だがこの少女はどうだろうか。
もう既に前を向こうとしているではないか。
父親が目の前で殺されたばかりだというのに。
……なんて情けない事か。
自分の情けなさに恥じ入るばかりだった。
ペルシアの燃えるような瞳に見つめられ、目を合わせられずに思わず下を向いてしまった。
「……」
「……ライア? 何下向いて俯いてんだよ?」
ベックが顔を覗き込んでくる。
眼が合うと顔が熱くなるのを感じた。
自分の気持ちが見透かされているような気がして。
「また考え事かよ。立ち止まってる時間はねーぞ」
「……ッ」
「お姫様のお願いだろ。返事しないでどうするんだよ」
「くっ! 当たり前だ! 二度も国を失ってたまるか!!」
私が反論すると、ベックはニィっと口角を上げて笑う。
「ほら、さっさと返事してこいよ」と背中を叩かれた。
「おねぇ様……」
「仇はとってくる。すぐ戻ってくるよ」
「はい! お待ちしております」
「んじゃ、いっちょやっていきますか」
いつも背中を押してくれるのはコイツだったな。
思わず口角が上がってしまう。
「ベック」
(ありがとう……)
「ん? どうした?」
「いや……、スウマーは任せてくれないか?」
「スウマー? あぁ、さっきのやつか」
「そうだ。きっちりケリをつけてくるよ」
「死ぬなよ」
「死ぬかバカ! 行くよ」
「おう」
稲妻が空を駆けた。
⌘
「うおりゃあああああああ!!!!」
サラに向かって振り下ろされたアキラの腕が、ガキィンという音と共にノーチェに蹴り上げられた。
しかし、振り下ろされたその腕の威力は尋常ではなく、ギャリギャリと脚甲を爪が滑り火花が上がる。
完全に蹴り返すことができずに、僅かに軌道を逸らすだけに留まった。
「ゴガアアァァアアぁ!!」
サラの髪先を爪が通り地面に突き刺さると爆発が起きたかのように土煙が上がる。
ノーチェは土埃で視界の悪くなったこの状況下で、耳を頼りに地面に倒れているピッタとサラを抱きかかえ、異形な姿になった勇者アキラ=ハカマダに更なる一撃を加えつつ距離をとった。
「間に合ったあ!!!! サラさん怪我はねーか!?」
「ノーチェくん! 私は平気だけどマスターが!」
「ギルマス!? くっ傷が深い! ニエヴェ!」
ピッタの胸から腰にかけての傷は、獣の爪で引き裂かれたような大きな傷がついており、血液が止めどなく流れていた。
それは明らかに致命的な血液量だった。
「はいッ! サラさん、傷を抑えて!!」
「わかった!!」
治療に関して俺にできることは何もない。
歯痒さを感じながらもギルドマスターの事はニエヴェに任せ、目の前にいる筋肉の化け物に向き直すノーチェ。
(マジでこいつがあの色欲魔人か!?)
最早勇者アキラ=ハカマダの面影はどこにもない。
不自然に盛り上がった筋肉。
百八十cm程だった身長は二mを優に超える体格になり、女にモテるらしい顔は乱杭歯が目立つ醜悪な顔つきへと変貌していた。
その変化には驚かされたが、何よりも信じられない事は、ギルドマスターが敗れたという事実だった。
(ギルマスでも勝てない奴に俺に勝てるのか……?)
しかし迷ってもいられない。
アキラの背後からは魔物の大群が地面を揺らしながら近づき、今まさに王都へと飲み込もうとしていた。
「お前ら、この化け物は俺っちに任せろ! そのかわり後ろの魔物たちは任せたぞ!」
「「「「「おう!」」」」」
冒険者達は得物を握った。
剣、大槌、槍、杖……。様々な武器を握り、自身を鼓舞するように雄叫びを上げる冒険者達が一斉に魔物の大群へ躍り掛かった。
それを見たアキラは、冒険者達を蹂躙するべく右腕を横薙ぎに振るう。
「ひぃッ!?」
凶爪が冒険者に当たる直前──、
ドゴォン!
ノーチェの新調したばかりの、アダマンタイト製の最高級脚甲がギシギシと嫌な音を立てながら受け止めた。
「お前の相手は俺っちだっつーの!」
「じゃま゛を゛ずるなああああ!!!」
アキラが咆哮する。
苛立たしそうに地面を踏みつけ、まるで子供のように地団駄を踏んだ。
飛び交う戦闘音。
国を守る為に必死に戦う戦士達。
戦闘が始まり、短くない時間が過ぎたその時──、
何度目かの雷鳴が空から落ちた。
「ララ! ニエヴェ! 見たか今の! あいつが帰ってきた!!」
「うん!」「はい!」
「気張れよ! お前ら!!」
「「「「「おう!」」」」」
曇り空から伸びる一筋の雷光。
幾度となく一緒に戦った、見覚えのある光が王城の頂点に突き刺さった。
次回の更新は2019/04/24になります。
よろしくお願い致します。




