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186話 精算

 


 壁や屋根の無くなった、風が強く吹く王宮の天辺。

 崩れた居室の入り口では騎士団長ユーリと、ダークエルフであるクルトが睨み合っている。


 しかしクルトは国王の言霊で動くことができず、ユーリはスウマーのひと睨みで身体が萎縮し動くことが出来なかった。

 その後ろで待機する黒衣の二人も言霊の所為か、ピクリとも動かない。


 この居室が襲撃されてから十分は経っている。

 副団長も死亡した事から他の騎士団の団員も既に死亡したか、逃亡したかのどちらかとユーリは考えていた。


 どうにかしなければ……と考えているその視線の先には、部屋の中央に位置する天蓋付きのベッドを挟み、睨み合う二つの人影があった。


 このフォレスターレ王国の国王、オージ=フォレスターレ、そして相対するは魔族の生き残り、怨毒に全身を蝕まれた復讐鬼、スウマー=キッミ。


「見てみろ。そして己の力の無さに絶望するが良い」


 大袈裟にスウマーが両手を広げる。


 その腕の先、王城の一番高い所に位置する、吹きっ晒しの王の居室からは、フォレスターレ王国の城下町である王都ビギエルヒルが見えている。


 一部の冒険者や、衛兵が掲げている灯りが忙しなく動いている。王城へと続く城門に向かい進んでいる事から、貴族地区にある騎士団の訓練場へと住民の避難を進めている様だった。


「クッ……」


 悔しさからか、それとも不甲斐なさからか。

 王の唇からは血が滲んでいる。


 そして外城壁一枚を挟んで王都の外側には、千を超える魔物の軍勢が赤い眼を光らせ、王国を蹂躙すべく蠢いている。


 先程の火球が合図だったかの様に、その場で止まっていた魔物の集団が動き始めた。


「お父様……このままでは街が……」

「わかっておる……。じゃが、首飾りの言霊が通じない以上儂は無力じゃ……」


 スウマーが蔑む様な目で二人を見る。


「人族の王とは、いや……人族とは何とも哀れなものだな。無知で、無能で、脆弱。そして欲深く、心まで醜い。貴様らにとって裏切り者である勇者アキラの様にな」


「目を凝らして良く見てみろ」と再び視線を城下町へ戻す。


「な、なんじゃあの化け物は……」


 破壊された正門を抜けようとする、巨人の姿が見えた。

 不自然に発達した筋肉は遠目でもその厚さがわかるほどに隆起している。


「貴様もよく知っている人物だよ。勇者アキラ=ハカマダだ。それにしてもやはりあのエルフは手強かったか。だがアキラが立っていると言うことは、厄介なものは始末できたようだな」

「エルフだと? もしやッピッタまでもが……」

「長く続いた仮初めの平和のせいで牙が抜けてしまったのではないか? 人魔戦争で悪鬼の如く暴れたあのエルフもすっかり丸くなったようだ。あれではこの国がなくなるのも時間の問題だな」


 懸念があるとすれば……と言いかけたが、それを言うのはやめた。スウマーは王に向けて「貴様は最後に殺してくれる」と邪悪な笑みを浮かべた。


 その時だった。

 ペルシアは、自身の横に小さな魔力の奔流が出来ていることに気がついた。

 その魔力渦は次第に大きくなり、その中心から見慣れた顔が覗いていた。


「無事か、ペルシア様、それに国王よ」

「おねぇ様ッ……!」

「ライア殿! 一体何処から……!」


 ペルシアの小鬼病を治療してからと言うもの、ペルシア姫には妙に懐かれてしまった。


 時折お茶をしたり、世間話をしたり、ベックが考案したと言う公衆浴場で一緒に背中を流したりする仲だ。


 本当に無事で良かったと思う。


 キッとスウマーを睨み、言葉を投げかけた。


「スウマー、久しぶりじゃないか。今まで何処に行ってたんだい?」

「色々と準備をさせて頂いてたんですよ。ライア=マノス女王陛下」

「マノスじゃと……?」


 二人の会話に反応したのは国王。それに続くように、吹きっ晒しの居室は響いた(どよめいた)


「女王様……? おねぇ様、一体どう言う……」


 ペルシアは困惑している。


「ペルシア様、今まで黙っていて申し訳なかった」


 ライアは頭を下げ、一拍置いてから改めて自己紹介をした。


「私はライア=マノス。人魔戦争にて、この国に敗れたマノス王国の女王だった女だ」


 痛い程の沈黙が訪れた。

 聴こえるのは王都を襲撃せんと迫る魔物の足音のみ。

 その絶望に抗うかの如く沈黙を破ったのは、国王だった。

 握り込まれた拳が、わなわなと震えている。


「き、貴様……。小鬼病の治療をし、ペルシアに取り入ったのはこれが目的だったからかッ!」

「お父様!!」


 激昂した王は壁に掛けてあった剣を取り、シャリンと引き抜いた。


「おかしいと思っていたのだ! 何年も調べて、手掛かりすら掴めなかったペルシアの病気が治るなんてッ! 全て、全て貴様が仕組んでいた事だったんだな!! ペルシアが小鬼病になったのも、それが都合よく治ったのも、全て魔族の貴様が画策した事だったのかッ!!!」

「それは違う! 私は、私はッ」


 剣を突きつけられながらも否定する。


 しかし国王の目は血走り、冷静さを欠いたその表情には、恐怖が色濃くこびりついていた。


「此奴らを引き入れたのも貴様なのだな!! 初めからこの国を乗っ取るつもりで──」


「ハッハッハ!! 実に愉快なショーだ! ライア様わかりましたか!? これが人族の醜い姿だ! 欲深く、豚のように肥えた救いようのない自己愛の塊ッ! このどうしようもない自己中心的な欲の所為で、我輩が敬愛を、そして忠誠を捧げたあの優しすぎたマノス王は死んだのだ!!」


 スウマーの魔力が膨れ上がった。

 それは大気を震わせ、魔力は衝撃波となって、王とペルシアに襲いかかった。


「スウマー!! 復讐は何も生まない!」

「黙れ! 裏切り者が!!!」


 爆発するようなスウマーの魔力に、ライアは同じく魔力を当て分散させる。

 王の影に隠れていたペルシアが歩み出す。


「お父様! 私は信じています。一緒の過ごした時間は短くとも、おねぇ様の笑顔は偽りのものではありませんでした!」


「あの笑顔は本物の笑顔です!」と涙を流した。

 スウマーと相対するライアの、その姿を見た王は剣を落とす。


「フォレスターレ王よ。私は人族が嫌いだった。我が夫を討った人族がな」

 ペルシアの顔が暗くなる。

 ライアは話を続ける。


「しかしこの数百年、この地でひっそりと暮らす間に──、人族と触れ合ううちに、我々魔族と何ら変わりない事に気がついた」

「そんな筈があるか!!」


 話を遮るようにスウマーが吠える。

 その身体は怒りで震え、今にも爆発しそうだ。


「魔族は……、王は必死に歩み寄ろうとした! 身を削り、心を砕いて! それを踏みにじったのは人族だ!」

「スウマーよ。それは過去の王がした事。今この場に、復讐の対象となる者達はいないのだ」


 ライアが諭すように話すと、フォレスターレ王が口を開いた。


「我々には……当時の事は何もわからない。真実が記された文献は何一つ残っていない。真実を知る事は出来なかった……」

「何を都合のいい事を……!」


 国に残っている文献には、人族に都合のいい事しか書かれていなかった。過去にはそれに関して疑問に感じた事もあった。しかしそれを調べる手立ては残っていなかったのだ。


「都合がいい事は重々承知している……。だが、常々、取り返しのつかない事を我が先祖はして来ていたと言う事はわかっていたのだ」

「お父様……」

「償いをさせて貰えないだろうか……」

「貴様……」


 王は首に下げている首飾りを外し、地面にそっと置いた。


 その時、

 王の胸を、スウマーの魔法が貫いた。


「予定より少し早いが、これで精算をさせて頂こう」


 スウマーは邪悪な笑顔を見せた。


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