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184話 違う形

 


 王都の夜空が赤い焔で照らされる。

 その下には冒険者ギルドの長、ピッタ=アラックスが横たわっている。


「そんなッ! いやあああああああああ!」


 街中に響き渡るサラの慟哭。

 サラは急いで壁外へと向かい、吹き飛ばされたピッタの元へと駆け寄った。


「治癒魔法を使える冒険者! 早くこちらに!」


 マスター!と、声をかけながら駆けつけた冒険者が治癒魔法をかける。


「傷が深い! 他に治癒士はいないか!」


 白いローブを着た数名の冒険者が近寄る。

 素人目で分かるほど、ピッタの容体は芳しくなかった。

 腹部は横に裂け、傷口からは臓物が顔を覗かせている。


 止め処なく溢れる血液はなかなか止まらず、治癒魔法でも傷の治りが遅かった。


「アキラくん! どうしてこんなことを!!」


 怪物と戦う冒険者ですら、思わず尻込みする程の化け物がそこにいた。


 整っていた顔は歪み、まるで醜怪な小鬼の様な形相。

 太い指先からは刃物のような鋭い爪が伸び、最早人というより魔物──、勇者と呼ばれた男、アキラ=ハカマダはそんな存在と成り果てていた。


 その異形の姿になった勇者を、サラはキッっと睨みつけた。


「サラァ゛ァ〜。そこでナ゛ニ゛ジデるぅ〜」


 勇者と呼ばれた大男が躙り寄る。

 一歩歩くごとに、地面が揺れ、石畳の舗装道に亀裂が入り、その威圧感は治療をしていた冒険者が逃げ出す程だった。

 サラはそれを咎めない。

 誰が咎めることが出来ようか。


『冒険者は命あっての物種、危険が迫ったら逃げなさい』


 新人冒険者には必ずサラはこうアドバイスしていた。


『命を大事にしなさい。失敗しても生きていれば次がある。死んでしまったらそこで終わりなのよ』


 そう冒険者たちに言い続けてきた。

 この場面においても、それは間違いだったとは思わない。


 でも、今だけは、今回だけは──、


「マスターに近寄るなあぁぁぁあ!!」


「ぞいづがら゛、はぁ゛なぁ゛れぇ゛ろぉ゛〜!!!!」


 正常な意識があるかもわからない。

 恐ろしい怪物の前にサラは立ち塞がった。


 その足は恐怖で震え、今にも崩れ落ちそうだ。

 息は苦しくなり、視界は涙で滲む。


 しかし、それでも、彼女はそこを退かない。


 愛する彼の為に。



 ズシン──、  「ハァ……」


 ズシン──、  「ハァ……」


 ズシン──、  「ハァ……」




 一歩、また一歩と死が近づいてくる。

 ゆっくり、ゆっくりとだ。

 怪物が一歩踏み出す度、心臓が破裂しそうな程に脈を打ち、呼吸が更に荒くなる。


 気が狂いそうになる程の恐怖が眼の前に立っている。

 口の端からは伸びた犬歯が覗き、涎が溢れていた。

 鼻息は荒く、白く濁った眼球は宙を彷徨い焦点が合っていない。爽やかだった彼の面影は少しも無く、唯々殺戮を繰り返す化け物にしか見えなかった。



 怪物は眼の前で立ち止まった。

 丸太の様な腕が振り上げられる。


「近寄るなああああああ!!!」


 サラは両手を大きく広げた。

 ギュッと目を瞑り、立ち塞がる。


「どげぇえ゛えぇ゛え!!!!」


 最終通告の様にアキラが吼え、そして巨腕が振り下ろされた。





 ⌘





「おいおいおいおい! ライアさん! あれやばいんじゃねぇの!!」


 転移魔法で王都に戻ってきたライアたちの目に真っ先に入った光景。それは小高い丘の上の住宅地区に建っている、我が家から見える光景だ。


 その光景とは、空に打ち上がった火球の明るさの下に晒された、波のように蠢く壁外の魔物の群勢だった。


「見て! あそこ! 王城の天辺が崩れてる!!」


 次にニエヴェの指差す方向を見ると、欠けた王城の一部。

 その場所は、王の寝室だった筈の場所だった。


「遅かったか!!」


 ライアは心の中で舌打ちした。


 既に結界は崩れ、スウマー達が王都の内部に侵入していると見ていいだろう。最悪、既に王もペルシアも死んでいる可能性がある。


 唯一の救いは、まだ眼下に広がる城下町が、無事にその街の体裁保っていると言う事くらいか。


 だがそれも、壁外にいる夥しい数の魔物の群れによって、そう遠くない未来に崩壊してしまうかも知れない可能性を孕んでいた。




「……」




 そこまで考えて、ふと思い悩む。





 ──なんで私はこの国を助けようとしているんだ?



 ──これは魔族にとって、怨敵でもあるこの国に復讐する為の千載一遇のチャンスだ。



 ──これを機にこんな国滅んでしまえば良い。



 ──魔族を討ち滅ぼしたのはこの国の人間じゃないか。








 ──ア……!



 ──イア……!



 ──ライア!!!







 なんでこんな時にアイツの顔が浮かんで来るんだろう。






『まだ……恨んでる?』






 ……まだ分からない。

 でも……この時代のみんなは関係ないよ。






『普通に考えて簡単には割り切れないよな……まぁもし復讐したくなったら一言俺に言ってくれよ。全力で止めるからさ』






『ライアさん!』『嬢ちゃん!』『おねーちゃん!』『ライアちゃん!』『先生!』『ねーちゃん!』『ゲェ!』『ライア様!』『おねぇ様!』



           『ライア!』



 みんなの顔が浮かんでくる。

 そしてあいつの顔も。



 また、失いたくない。

 私は、また失いたくないよ。






「……何が全力で止めるからよ。肝心な時に居ないじゃない。ねぇ? ベック」





 思わず笑みが溢れた。





「ライアさん! なんでこんな時に笑ってるんすか!」

「あいつの事を思い出していたよ」


「あいつって……。 

 『 (そんなッ! いやああ) (ああああああ!!!)』 

 !? ニエヴェ! 今の聞こえたか!」


「聞こえたよ兄さん! サラさんの叫び声だ!」

「何かあったのかも知れない。お前たちはそっちに行ってきな!」

「ライアさんはどうすんだよ!」

「私は過去にケリをつけてくるよ」

「絶対に死なないで下さいね」

「あんたたちもね」


 二人はコクリと頷き、正門へ駆け出していった。


「ララ! 二人に力を貸してやってくれ」

「──はい。ご主人様の帰る場所が無くなるのは困りますから」


 先程から庭で王都の成り行きを見守っていたララに指示を出す。屋敷妖精のララも正門へと駆け出していく。

 ララは高位の精霊だ。きっとうまくやってくれるだろう。


(ペルシア……無事でいてくれよ)


 ライアは魔力の渦に飲み込まれていった。


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