182話 合図
首の無くなった副団長が崩れ落ちる。
絨毯が赤い血で染まり、ペルシアの叫び声が響いた。
「夜分遅くに失礼する。貴様がフォレスターレ王国の国王で相違ないな?」
黒衣のローブを纏った赤眼の男が嗄れた声で言った。
気がつくとその男の背後には、仲間と思わしき同じ黒いローブを羽織った三名の人影があった。
「貴様ぁぁぁ! よくも副団長を!」
騎士団長ユーリが激昂する。
シャリン─……!
腰に帯剣している魔剣シャープエッジを引き抜いた。
シャープエッジは魔力を注ぐ事で斬れ味を増す伝説級の魔剣。
岩をもバターの様に切り裂く斬れ味を持ち、騎士団長が代々受け継いできた至高の片手直剣だ。
「陛下、ペルシア様、私の後ろに!」
ユーリは王の前に飛び出して、守る様に間に入る。
自慢の魔剣を向け相手を牽制する。
「用があるのは貴様の様な雑魚ではない。死にたくなければ今すぐ退くのだ」
赤眼の男は、突きつけられた剣を気にすることなく前に出る。
「くっ、私を雑魚だと!? この国最強の騎士はこの私! 王宮騎士団団長ユーリ=ストラトスだ!!!」
ユーリが斬りかかる。
斜めの線がいくつも入った、鋭利な角のある刀身が黒衣の男を捉えた。
魔剣シャープエッジが左肩から右脇腹へ向け一閃する。
(殺った!)
ユーリの手には手応えがあった。
血飛沫をあげながら黒衣の男が崩れ落ちる。
「どうやら雑魚は貴様の方だった様だな!」
しかし崩れ落ちた仲間を見ても、背後の人影は目深に被ったローブからニヤニヤとした口を覗かせるばかりで身動きひとつしない。
「何を笑っている! 次は貴様らの番だ!!」
ユーリは残りの三人に切っ先を向けた。
「良いのか? 大事な大事なご主人様から目を離しても?」
先程まで会話をしていた嗄れ声が背後から聞こえる。
声の主は先程斬り捨てたはずの赤眼の男。
「私は確かに斬ったはず……。何故貴様は生きているんだ!」
魔力を込めたシャープエッジは確実に男を斬り裂いた。
ユーリの手にはその感触が残っていたし、床に広がっている夥しい量の血液がそれを物語っていた。
(どういう事だ……。あの血は偽物ではない。確実に奴の血液だ)
そこまで考えた時、ユーリは致命的な失敗をした事に気がついた。
王と赤眼の男の間に居たはずだったユーリだったが、いつのまにか王とユーリの間に赤眼の男がいる。
そしてそのユーリの背後には三人の敵がいる。
この状況は最悪だった。
そしてその状況は更に悪化する事になった。
(クソッ……このタイミングでか……)
赤眼の男の背後にいた三人の内一人が動き出したのだ。
「……さっきから黙って聞いていればぎゃあぎゃあとウルセェな。スウマーさん、こいつぶっ殺して良いかな?」
「好きにしろ。ただしクルトよ、邪魔だけはするな」
「は〜い、了解でーす」
そう言うとクルトと呼ばれた男が黒いローブを脱ぎ、その黒衣がバサリと床に落ちた。
黒衣の下に隠れていたその容姿は衝撃的なものだった。
白い長髪に黒い肌、尖った耳に紫曜の瞳。
その姿にユーリ、そして王とペルシアもゴクリと唾を飲み込んだ。
「ダーク……エルフ」
魔族とエルフの合いの子であるダークエルフ。
魔力に特化した二つの種族がかけ合わさる事で生まれるこの種族は、桁外れの魔力を保有する。
基本の火、水、土、風の四属性に加え、光のエルフ、闇の魔族の血が合わさる事で光属性も闇属性も扱うことの出来る真に魔に愛された存在。
数百年前に魔族が滅んでいると思っている、オレガルド大陸の住民にとって幻とも言える様な種族であり──、
そしてそれは同時に恐怖の象徴とも言える存在であった。
「そうか……。お主ら魔王崇拝者じゃな」
「お父様……!」
今まで静観していた国王が口を開いた。
「如何にも。六百年前受けた屈辱を返しに来た」
「屈辱……か。申し訳ないがそうはいかぬ。黙って殺されるつもりはないからのぉ」
「へっ! 言ってろ! このクソ騎士をぶっ殺したら次はお前だからよぉ〜」
クルトが魔法を発動しようとした瞬間──、
王の口から力ある言葉が発せられる。
『動くな』
途轍も無い重圧が居室内を埋め尽くした。
王、ペルシア、ユーリを除く、襲撃者全員の動きが止まる。
「……」「グッ!」「ッ!」「ヌッ!」
「どうじゃ、魔王崇拝者共、動け無いじゃろう? ユーリ、儂が抑えている間に此奴らの首を撥ねろ!」
「流石陛下! 今すぐに奴らの首を撥ねて見せましょう!」
ユーリが魔剣シャープエッジに魔力注ぎ込む。
斬れ味を増した魔剣がクルトの首に吸い込まれ、その首を撥ねる──事は無かった。
斬りかかろうと踏み出したユーリの足元に黒い渦が出来、ユーリの身体が沈み込んでいく。
「なんだこれは!!!」
「ぬぅッ!?」
あっという間にユーリの下半身は埋まってしまった。
「フ、フフフ……ハァッハッハッハッハァ!!!」
王は驚愕し、スウマーと呼ばれた赤眼の男は笑った。
「ど、どう言う事じゃ……!」
「その首飾り、呪言の棺か」
襲撃者の中でただ一人、スウマーだけが平然としていた。
王の首にぶら下げられているネックレスは、代々王のみが継承されているフォレスターレ王国の国宝であった。
この魔工具の効果は一定の範囲にいる、認識した人物に命令する事で行動を制限できると言うものであった。
この国の地下で生産されている魔力の半分はこの魔工具を動かすためのものであり、この国の誰もが王に逆らう事が出来ない要因の一つであった。
その絶対的な効力のお陰で、人魔戦争後大きな反乱なども起きずフォレスターレ王国は国力を増やしていったのである。
「実に愚かだな、この国の王よ。その首飾りの効果を真に発揮する事ができるのは魔族のみだ。何せ、その首飾りが持つ魔力量を超える魔力を持つ者の行動は制限できないのだからな」
「お主の魔力は、この国に貯められている魔力を超えていると言うのかッ!」
「貴様のような下等な種族と一緒にするな。我輩は千年の時を生きる純血の魔族ぞ」
「純血魔族だと!? 六百年前に滅びた筈じゃ無かったのか!」
「確かに、心の弱かった魔王は敗れ、我輩も致命傷とも呼べるべき傷を負った。だが数百年間辛酸を舐め機会を伺っていたのだ」
スウマーは胸を押さえ、何かをなぞるように腕を動かした。
その行動から、王はそこに傷があるのだろうと察した。
スウマーの話は続く。
「そして時は来た。新たな魔王が生まれ、貴様ら人間が滅ぶ時が来たのだ。だが安心しろ。貴様は最後に殺してやる」
「あ、新たな王じゃと……」
スウマーが腕を薙ぐと、居室の壁に闇属性の線が入り、その線に飲み込まれるように壁、そして天井までもが消え去っていった。
小高い丘の上に建っている王宮の、一番上に位置する王の寝室が外の空気に晒された。
「これは……」
「いい眺めじゃ無いか」
壁、そして天井が無くなった居室からは、城下町が一望出来た。そして、その城下町を囲う大きな壁の向こう、王都の外に見える夥しい数の魔物の群も。
「貴様らが数で魔族を圧倒したように、我輩たちも数で貴様らを圧倒しようと思ってな。よく見ているといい。この国は本日をもって無くなるのだ」
スウマーの手から、空に火球が打ち上げられた。




