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181話 始まり

 


「ありゃりゃ?? 静かになっちゃったよ?」


 街の外にある拓けた平地に、中性的な顔立ちの幼い子供が胡座をかいて座っていた。


 深夜の草原に子供が一人。

 何処に魔物がいるかわからないこの世界では異様な光景と言えた。


 しかしそれ以上に異様と言えるのは、その子供の周囲に蔓延る様々な種類の魔物の数々。


 その数は優に千を超えている。

 魔物の軍勢がスウマーの魔法でこの草原まで転移していた。


 それはこの復讐を、より一層残忍なものにすべく用意された、造王薬を投与された魔物の王の群。


 数で勝る人間に負けた魔族が、その数で人間を滅ぼす。

 フォレスターレ王国の住民、そして王族を根絶やしにする為に用意された意趣返しの一つであった。


 彼の望みはただ一つ、フォレスターレ王国の崩壊。


 その絶望の足音は王国の外にも、直ぐそばまで迫っていた。


「君たちも早く暴れたいよねぇ。こんな所に幼気な女の子を置いてけぼりにするなんて、スウマーったらヒドイんだから〜」

「グルルルルウ」


 デスハウンドの頭を撫でる。

 紫と白の毛並み、大型の狼の様な相貌。

 ドルガレオ大陸に生息するA等級の魔物だ。

 名をガウガウ。少女のお気に入りである。


「ねぇ〜、もう行っちゃっても良いかなぁ? どう思う? ガウガウ〜?」

「ガウウウゥゥウ」


 ガウガウは主人である少女に頰を擦りよせた。

 それに合わせて少女はガウガウを撫でる。


「ガウガウって何言ってるか分からないなぁ〜」

「クゥ〜ン」

 その時だった。



 ドガアアァァァアァアン!!



 遠方に聳えている壁が震え、正面の巨大な門が軋みをあげた。

 目を向けた王都の空には雨雲がかかっている。


「ん〜? もう始まってるの? 話と違うじゃーん!」


「ギャギャアア」

「ゴブゴブゴブ」

「グゴオオッグゴオ」

「ガオオオオォオォン!」


 魔物たちはその音に反応し騒めき出す。

 鼻息荒く地面を踏み荒らすその姿は、鎖に繋がれた獣の様だ。


「もぉ〜、五月蝿いなぁ……」


 少女はゆらりと立ち上がる。

 腰にぶら下げている鞭を手に持った。

 魔力が膨れ上がった直後、右腕が獣の様に変化した。

 その筋肉質で毛深い、少女には似つかわしくない太い腕に力を込め振り上げる。

 少女は尋常ならざる膂力でもって、手に持った鞭で地面を叩いた。


 ビッシャァアァン!!!


 轟音と衝撃。

 鞭が叩きつけられた場所にいた複数の小鬼王(ゴブリンキング)が、一撃の元に爆散する。


「みんな静かに! 静かにしないとバレちゃうでしょ!」


 狂気を孕んだその瞳が向けられた。

 先程まで荒ぶっていた魔物たちが瞬時に静まりかえる。

 彼等は同胞の最後を目の当たりにして明らかに怯えていた。



 ドガァアアアアン!!



 またしても外壁が揺れ、正面門が軋んだ。


「もう良いかなぁ? 良いよねぇ? 行っちゃうよ?」


 一歩踏み出そうとしたとき、ガウガウが少女の着ている黒いローブを引き止める様に噛んだ。


「クゥ〜ン」

「なんだよー。ガウガウ。まだダメだって言うの〜?」


 彼女がスウマーから聞いた作戦は一つ、空に光が上がったら魔物を突撃させると言うものだ。


 一筋でも光が上がれば、直ぐにでも突撃して蹂躙する。

 少女はその事だけに囚われ、胸を躍らせていた。





 ⌘





 王宮内部は騒然としていた。


 今までに誰も経験したことのない出来事が起きたからである。

 騎士が慌ただしく王宮内を行き交い、この緊急事態に地下から出てきた魔工技師たちは紙を片手に其処彼処で議論し合っている。


 百年以上破られた事のなかった王都を守る魔法結界が破られた事に王宮騎士団、そして魔工具研究所の職員は対応に追われていたのだ。


 王の周囲には騎士団長を含め数十人の騎士たちが待機し、王の身の安全を最優先に確保しつつも、副団長を始めとした残りの団員が、崩壊した結界の原因調査に向かう事になった。


「王を全力でお守りするのだ!!」


「「「はっ!!」」」


 王の居室の前には騎士団長と実力上位の騎士が陣取り、何者の侵入者も通さないという気迫が伝わってくる。


「お父様……」

「そう心配そうな顔をするな。この国の中で儂に逆らえる者は居らぬ」


 居室の中のは王の他に王女も避難している。

 半年前に病が完治したばかりの王女。


 かつて小鬼姫と揶揄されていた容姿は、薬のお陰ですっかり回復し、生来の美貌を覗かせている。


「ユーリはいるか」

「はっ。ここに居ります。我が王」

「何かわかったことはあるか?」

「はっ。結界が破壊されたのは正面門の付近の様です。詰所と連絡が取れなくなっており、副団長を調査へと向かわせています。もう間も無く戻ってくることかと」


 機会を伺っていたかの様に居室の扉が開く。

 そこには騎士鎧を纏った副団長が立っていた。


 よほど急いだのか額に大粒の汗を滲ませ、肩で息をするその様はこの短時間で何十年も老け込んでしまった様に見えた。


「副団長! 外の様子はどうだった」


 ユーリが尋ねた。


「陛……下。 お逃げ……下……さい」


 ──ゴトリ。


「キャアアアアアアアアアアア!!」


 副団長の首がずるりとズレ落ちた。









「夜分遅くに失礼する。貴様がフォレスターレ王国の国王で相違ないな?」


 崩れ落ちた副団長の奥で黒いローブが揺れる。

 赤眼の絶望がそこに立っていた。

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