179話 壁上にて
2019/04/01 10時50分
読みにくい文章をちょっと変更しました。
「おい、ジョージ! 今日の見張り番はお前だよな?」
城下町の衛兵長であるミハーリが、夜間警備の為の松明を準備している最中の私に声を掛けてきた。
「そうです衛兵長。今晩の壁上夜間警備は私とマイクです」
「そうか、先程街に入った商人が門の上の魔街灯がチカチカと点灯していたと言っていたんだ。巡回時に調べて、必要なら魔魂石を交換しておいてくれないか?」
「わかりました。もう間も無く巡回に入りますのでその時に見ておきます」
「悪いな。しっかり見回りしてくれよ」
「はい、衛兵長」
敬礼をしながら立ち去る衛兵長の背中を見送る。
しっかりと扉が閉まり、人の気配がなくなってから俺ははぁとため息をついた。
「ったく、しっかり見回り、ねぇ。そんな必要なんてないだろうよ」
もう十年以上、王都が襲われたなんて事はない。
毎度同じ事を言う衛兵長の言葉には辟易していた。
松明の明かり一つだけの、暗い閉ざされた部屋に響いた声は、一瞬だけ反響しあっという間に消えていった。
手に持っていた松明に火を付け部屋を後にする。
壁上へと続く階段を登ると、マイクが壁に寄りかかり俺を待っていた。
「よぉジョージ」
「よぉジョージじゃないよ。何で松明取りに来ないんだよ」
「いや〜衛兵長がそっちの方行くのが見えてさ。なんか面倒な事になりそうだったからここで待ってた」
「お陰様で魔街灯の石換えを仰せつかりましたよ」
「じゃあ脚立が必要だな。まぁそれくらいは持ってきてやるよ」
「当たり前だろ! それくらいは仕事しろってんだ」
偉そうに言うマイクを咎める。
だけどそう言う自分も人の事は言えないかと、この仕事を選んだ理由を思い出した。
俺もマイクも王宮騎士試験に落ちた落ちこぼれだ。
昔はそれなりに努力していたし、やる気も満ち溢れていた。
毎日欠かさず国の法律や騎士になる為の勉学に励み、資本である肉体を鍛える為の稽古は怠らなかった。
子供の頃に聞いたアキラ=ハカマダのアイアンフォードを救った武勇伝や、毎年開催されている国一番の剣士を決める大会、剣闘会での王宮騎士長の雄姿に胸を躍らせたものだ。
早い話、ガキのように英雄に憧れていたのだ。
けれど、人の才能には限界がある。
どんなに努力をしようと、手に入らないものだってあるのだ。
周りの人間は、努力はいつか報われる、頑張ればできると応援してくれていたが、三回目に入団試験に落ちた時そんな気持ちは吹き飛んでしまった。
人間、誰しもが働かなくては生きていけないのだ。夢ばっかり追いかけていても飯は食えない。俺は騎士団の完全なる下位互換、街の衛兵という仕事についた。
衛兵の仕事は退屈だった。
平和な王都の見回りに外を囲う立派な壁の整備と点検の毎日。
時たまある住民同士の喧嘩の仲裁をするくらいだ。
衛兵長は平和な事はいい事だと言うけれど、退屈である事には変わりなかった。
「しっかり見回りしてくれよ」
壁の上から王都ビギエルヒルの外に広がる暗闇に向かって呟いた。夜中ということもあり、街は静まり返っている。
この世界には俺とマイク、二人だけしかいないようなそんな感覚を味わっていた。
それを隣で聞いていたマイクが、
「衛兵長の物真似か? 全然似てないぞ。もっとこう真面目な感じでだな……」
と、背筋を伸ばし眉間に皺を寄せた顔で衛兵長の真似をした。
「ハハッ、お前だって似てないじゃないか。衛兵長は心配しすぎなんだよ。第一この結界をそんじょそこらの魔物や魔法使いが破れるわけないんだから」
壁の縁にある何もない空間を、松明を持っていない方の手で叩く。
コンコンと、硬質なガラスのようなものを叩いた感触が手に広がる。
「この結界があるお陰で、ここは攻撃されても平気なんだから見回りなんて必要ないんだよ」
「まぁそうだけどな。金を貰ってる以上衛兵の仕事はしっかりやらないとな」
マイクはそう言って脚立を取りに向かった。
それから暫く壁の上を見回り、問題の魔街灯を見つける。
「随分と端のほうだったな」
「そうだな。良く門の下から見えたもんだ」
「なんだよそれ。ギャグのつもりか?」
「あれ? 面白くない?」
「全然笑えねーよ」
軽口を叩きながら、不規則に点灯する魔街灯に近ずいた。
チカッ
チカッチカッ
チカッ
チカッ
「目に悪い。さっさと交換しよう」
「おっ、おい。今何か見えなかったか?」
マイクが魔街灯を指差していった。
「何がだよ? もうそういうのはいいって」
「ちげぇよ。魔街灯の下に何か見えなかったか!?」
チカッ
チカッ
促されて目を凝らしてみるも何も見えない。
「嘘はやめろよ。なんも見えないってば」
「嘘じゃない! 黒いローブが見えたんだ!」
「黒いローブ?」
もう一度点灯する魔街灯の下を見る。
「うわぁッ!!」
チカッチカッ
黒いローブに赤い眼をした何者かが此方を見つめていた。
「何者だ!! どうやってここに入り込んだ!」
一拍おいて抜剣し、剣先を侵入者に向ける。
壁上に来るには、門の所にある衛兵だけが通れる詰所を通らなければ来ることができない。
詰所には必ず誰かがいる。
こんな不審な人物を通すはずがないのだ。
『復讐の始まりだ』
寒気のするような低い男の声が響いた。
「復讐? 何を言って──」
男の紅い眼が怪しく光ると同時に、視界がぐちゃぐちゃになった。
一瞬の浮遊感と落下する感触。
ドチャ。
俺は視界には、松明を手に持ち恐怖に顔を歪ませるマイクの姿と、首のない見覚えのある身体を捉えていた。
英雄に憧れた男はあっという間に意識を失った。




