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170話 静電気と海底神殿⑧



「あの人達大丈夫か……?」


この第七十五階層のセーフティゾーン【海底の楽園】は陽の傾かない常昼の階層だ。


この階層に戻ってきてから半日程経過したが、太陽によく似た光源は午後の日陰を作るわけでなく、今尚天頂に輝いている。


あまりの暑さに海に飛び込んで泳いだのだが、少し冷え過ぎたようだ。俺は今椰子の木のような、南国風の樹木の真下で焚き火をしながら寛いでいる最中だ。周囲には色とりどりの花が咲き乱れ、柔らかい風がその花の良い香りを運んでくる。


視線の先にある砂浜に見えるのは、波打ち際で体育座りをしている四人の冒険者たち。


一対の男女は生を噛み締めるように自身の傷跡について語り合い、一人の男は何かぶつくさと呟きながら遠い空を眺め、一人の女は膝を抱えたまま動こうとしていない。


彼らはA等級パーティ《銀の翼》。


所属する全員がA等級の冒険者であり、この《海底神殿》の最下層へ挑戦していた冒険者たちだ。


そんな凄腕の冒険者であるはずの彼等は、何もせずただひたすら海を見つめながら黄昏ていた。







(迷宮に潜り始めて約二週間か……。もうすぐ小鬼病の血清が完成する頃だな)


パチパチと音の鳴る焚き火に薪をくべながらふと思い出した。


迷宮に潜っている二週間は王都に一度も帰っていない。

まぁ俺がわざわざ心配しなくても問題なくやっていると思う。

本来ならば毎日帰ってララの手料理を食べたいところだけれど、迷宮内部で転移魔法が使えない以上、一度戻るには外に出る必要がある。


(せっかくここまで来たのに、中途半端に帰るのもあれだしなぁ……)


流石に二週間という短くない時間をかけて来たので、せめてできるならまだ制覇されたことのないらしい第七十九階層をクリアしてから帰り、冒険者としての箔をつけたいところだ。


(血清も気になるしなぁ〜……。うーん、あちらを立てればこちらが立たずってかぁ?)


地図も持ってることだし、帰りは一週間もかからず外に出る事ができるだろう。だけどもそこで黄昏てしまっている四人の事も気になるというのもある。

彼らはまだ迷宮を攻略するつもりなのだろうか。


そんな事を考えていると、《銀の翼》のリーダーであるガスターが正気を取り戻したようで、禿げ上がった焦げ臭い頭頂部を掻きながらこちらに向かってきた。


「なぁ、あんた。あんたはこれからどうするんだ?」

「このまま帰るか、また七十九階層に行くか。迷ってる感じですかね」

「そうか……。結果的に邪魔しちまったな。すまなかった」

「いえ、《銀の翼》はどうするつもりですか? まだ残って挑戦するつもりですか?」

「俺個人的な考えとしては、引き上げるべきだと考えてる。サティナの装備も半壊しているし、予備の防具は七十九階層に置いてけぼりだしな。無理をすれば無事に帰れなくなる可能性だって出てくる。引き際を決めるのもリーダーの役目だ」


確かに引き際は肝心だな。

無理して進んで帰れなくなったら元も子もない。


ガスターは「しっかりと安全マージンを取って冒険してこそ一流の冒険者ってもんだぜ」と笑った。


その割にはフレイムタイタンとの戦闘時、俺が割って入るまで危ない発言をしていたような気がしたが、野暮な事を言うのはやめよう。







「あんた本当に一人で行くつもりなの?」

「そうですよ! ベックさんがいくら強いからといっても一人は無謀です!」


アンとサティナが心配そうな顔をして言った。


「でも、あんたならやれそうな気がしてるのも事実なんだよな」

「私たち《銀の翼》が一斉に四人で挑んでも勝てそうにないですからね」


ガスターとロートスが手放しで褒める。


「俺も死ぬ気は無いんで、やばいと思ったら素直に撤退しますよ」

「それが良い。引き際が肝心だからな」

「ガスターは生え際も肝心だしねー。また挑戦してフレイムタイタンに焼き尽くされちゃうかもしれないし。だから帰るんでしょ!」

「俺の生え際を心配してくれるのはありがたいんだけどよ。馬鹿にしすぎじゃねーか。アンさんよぉ〜、俺はパーティメンバーの事を考えてだなぁ──」

「嘘よ。う、そ。あんたが私たちを大事にしてくれているのはわかってるわ。ね、みんな」


そうそうと、頷きあっている《銀の翼》の面々。

この人達は良いメンバーだ。ずっとそのままでいて貰いたい。


「ガスターさん、髪の毛気にしてるんですか?」


まぁ気にするか……。ザビエルみたいになってるもんな。

顔はイケメンなのにザビエルな髪型ってインパクトヤバすぎだろ。


「ん? まぁそうだなぁ。こいつらより大事だと俺は思ってる」

「さっきと言ってる事違うじゃ無いの!」

「あっはっは! 冗談だって!」


もしかしたら……。

俺はマジックバッグの中から、花汁を取り出す。


「お前まさか! それは頭皮にも効果があるのか!?」

「わからないですけど、もしかしたらと思いまして」


ぽたりぽたりと数滴垂らし、それをガスターが揉み込むと……。


ファッサァァァ


「うおおおおおおおお!!!」

「「「ガスターの髪が!!」」」


うん。やっぱりそうだ。

ガスターの寂しかった頭頂部に草原が広がった。


「あんたの薬、最高だな!!」

「自慢の逸品です」


だろうな!!と、バンバン肩を叩いてくる。

花ちゃんに感謝だ。


(今頃花ちゃん何してるんだろうなぁ)


王都では大変な事が起こりつつある事も知らずに、ベックの迷宮攻略は最終局面を迎えるのであった。


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