166話 静電気と海底神殿④
《海底神殿》第七十九階層
深層【海底火山エリア】
ドゴォン──、ドゴォン──、ドゴォン──
ここは《海底神殿》深層、灼熱の溶岩雨が降る海底火山エリア第七十九階層。黒い雲と硫黄の匂いに覆われた空から、時折顔を見せる青白いの焔に蒔かれたエイの様な魔物が食物連鎖の頂点に立つ。
この第七十九階層は人類が到達することが出来た最下層である。
滝の様な海の壁に周囲を囲まれたこのエリアは、中央に存在する階層の四割を占める巨大な活火山がひっきりなしに噴火し、火口から流れ出る溶岩によってできた道は日毎に変化し続け、その複雑に入り組んだ天然の迷路は、頑なに冒険者の侵入を拒んでいる様にも感じられる。
その入り組んだ道から一歩踏み外せば、瞬く間に赤々と燃える蕩けた岩の餌食となるだろう。
このエリアの特徴はそれだけでは無い。
空から降り注ぐ火山弾を避けつつ、狭い足場で凶悪な魔物たちとの戦闘を繰り返さなくてはいけない状況は、精神的にも肉体的にも辛く、名のある冒険者が幾度となく挑戦し、そして敗れ去っていった、まさに地獄の様な階層だ。
先ほども述べた様に、この先に更に深い階層があるかどうかは、未だ解明されていない。人類は誰一人として、この地獄の様な階層のゴールを見つけることが出来ずにいるからだ。
このエリアにいるA等級四人組パーティ《銀の翼》も例に漏れず、今まさに劣悪な環境を前に気概を打ち砕かれ、破れ去ろうとしていた。
「はぁッはぁッ!」
「ロートス!! サティナの怪我の具合は大丈夫か!?」
「あぁ、今はなんとか……大丈夫だが、出血が酷い。このままだと地上まで持たないぞ」
「地上までって! ここは七十九階層だぞ!? 地上まで何週間掛かると思ってるんだ!」
「わかってる!!! わかってるよ!! だが、俺の付け焼き刃の治癒魔法じゃどうにも出来ない!」
「怒鳴るな! 今は仲間内で言い争っている場合じゃ無い。なんとかセーフティゾーンの七十五階層まで引き上げるんだ! 治癒師のサティナが居なくなったらここから先には進む事なんでできない! 絶対に死なせるな!」
「ガスター! この状況で何を言ってるんだお前は! まだ進む気かよ!? 名誉と仲間のどっちが大事なんだ!」
「そんなもの生き残ってから幾らでも答えてやるよ!」
「二人ともいい加減にして! 後ろからフレイムタイタンが来ているわ!」
「クソがッ! どうしてこうなった! アン! 援護を頼む! ロートスはサティナを頼んだ!」
「任せろ。サティナはこの命に代えても守り通す!」
「ロートス、ガスター、行くわよ! アクアヴェール!」
「行くぞおおおおおお!!!!」
背後から迫り来る炎の巨人。
水の加護を受けたリーダーであるガスターが立ち向かう。
振り上げられた剣が魔物の足へと一閃する。
水の魔力を刀身に宿した魔剣がフレイムタイタンに傷を与えていく。
「ゴオオォオオォォオ」
お返しとばかりに薙ぎ払われる紅蓮の腕。
「伏せろおおおおおおおおお!!!!」
危険を察知したガスターが叫ぶ。
直後、メンバー全員を焼き払うかのように振りかぶられた腕がガスターの頭上を掠め、薄くなり始めた男の頭髪を更に散らしていった。
ガスターやアンは間一髪のところで避ける事に成功するが、サティナを背負っていたロートスは一歩出遅れる。
自身の武器でもあり防具でもある巨大なタワーシールドを前に構える事で、背負ったサティナと自身の肉体を守りきった。
「ぐうぅうううぅ」
しかし、即死は免れたものの、ロートスの負った傷は浅くはなかった。
燃え盛る聖職者のローブを纏った焔の巨人の一撃は、溶解、とまではいかないが、ロートスの持っていたタワーシールドを赤々と熱した。その高温の盾を持っていたロートスの右腕は灼け爛れ、重度の火傷がロートスを苦しめた。
「ロートス!!!」
「そんな……アクアヴェールをかけていたのに……!」
「ぐっ……明らかに火の勢いが増してるぞ……」
「アン! 回復薬をロートスに!」
「私が持っているものだけじゃ足りないわ! ガスター貴方の分も!」
「俺のはさっき焦げた頭に使っちまった!」
「そんなっ! じゃあもう回復薬がッ」
「ガスター! さっきのがまた来るぞ!!!」
火傷に苦しみながらも、フレイムタイタンから目を離さなかったこのパーティの盾職であるロートスが叫んだ。
最後の一撃だと言わんばかりに、フレイムタイタンはその燃え盛る腕を大きく後ろに引くと、引き絞られた焔腕は更に大きく、そして赤色から青色へと変化していった。
またあの火焔が降り注ぐ……、と誰もが思った。
赤から青に変化した焔を見たガスターは剣を前に構え、ロートスは自分の仕事を全うしようと盾を突き出し前に出た。
アンは必死にアクアヴェールを詠唱するも、間に合わないことは目に見えて明らかだった。
気絶しているサティナ以外の全員が死を覚悟した。
ゴオォォオオォォォオオォォ!!!
そして死が振り降ろされた。
一秒、
二秒、
三秒……、
目を瞑ったガスターは、異変に気がつく。
あの焔に焼かれたら骨も残らず一瞬で逝けると思っていた。
それだけの攻撃だった。
だがいつまで経っても、足元から感じるジリジリとした暑さ以外は熱量を感じない。
「あぶねー! 間一髪!!」
聞きなれない声が聞こえ目を開けると、上半身裸で黒髪の男がフレイムタイタンの焔を涼しい顔で受け止めていた。




