162話 静電気と海底神殿①
青い空、白い雲、そして見渡す限りの大海原。
冒険者ギルドの、迷宮へと向かう定期帆船が、緩やかな風を受け海上を進む。
出航して一時間ほど経っただろうか、その風を頰に感じながら《海底神殿》へと向かっていた。
「一人で冒険とか何ヶ月ぶりだろう……」
この世界に来てから、花ちゃんに逢うまでは一人だったけど、それ以降は必ず誰かと行動を共にしていた。
少しばかりの寂しさを感じながらも、久しぶりの迷宮にワクワクしている俺ガイル。
チチチチ──、
もう癖になりつつあるの指先の放電。
指先の放電を見ながらふと思う。
(新しい技を試してみたいし、偶には思いっきり周りを気にせず戦いたい)
──あれ?
俺ってこんなに好戦的だったっけな。
ちょっと慣れてきてしまっている。
良い傾向なのか、悪い傾向なのか……。
生殺与奪の権利は強者のみが持ち得る権利だ。
特にここ、弱肉強食の世界で好きに生きていくには力は必要と言える。そう、誰にも邪魔されずに好き勝手する為には。
「──おい……やっぱりアイツ“雷帝”だぞ」
「最近の海賊騒ぎを解決したのもアイツらしいな」
乗り合わせた冒険者達の会話が聞こえてくる。
「あぁ、港のハイクラーケン、見たぜ。あんなのに海で遭遇したら確実に死ねるわ。パンツまで俺のションベンでビッチョビチョになる自信あるね。恐ろしや恐ろしや」
「ははっ。そのどデケェハイクラーケンを、騎士団にも一切被害を出さずに倒したってんだからびっくりくりくりだわ。なんでも見たことない透明の防御魔法と、世にも珍しい雷の魔法を使うらしい」
「失われた魔法ってやつなのかね? 案外人間じゃなかったりして……」
「魔族だって言いたいのか? んなわけあるかよ。もう絶滅してるって」
「どうかねぇ、案外近くにいるのかも知れねぇぜ?」
「まぁあの見た目なら魔族っていうよりも魔物じゃねぇか?」
「まるっきり牛頭人だもんなぁ」
「「がっはっはっは!!」」
まる聞こえだよ!
人を魔物扱いするんじゃねーっつーの。
まぁ見た目がアレなのは認めるけどさぁ。
外套、脱いでおくか。
⌘
カーンカーンカーン──
しばらく波に揺れていると、マストの上部に付けられた鐘が鳴った。
「おっ。見えてきたぞ」
「ようやく到着かぁ。腰がいてぇぜ」
乗船していた冒険者達が慌ただしく準備を始める。
彼らの視線の先を見ると、小さな小島が近づいていた。
港には冒険者ギルドの職員と同じ制服を着た人達、そしてたった今停泊したばかりの船舶に乗り込む、迷宮帰りの冒険者達で賑わっていた。
(ここが《海底神殿》……? 何もない小さな島だな……。神殿らしいものなんてないじゃないか)
他の冒険者に釣られて一緒に降りてみるものの、港の他には少し小高い丘があるだけで、周囲は背の低い木々が申し訳程度に生えているだけ。
島の端から端までは、軽く首を回しただけで見回すことができる。島全体で半径百メートルもなさそうだ。
(とりあえず他の冒険者についていくか……)
先程噂していた冒険者の後ろをついて島の中央に向かう。
小高い丘の麓まで来ると、地下に向かってぽっかりと口を開けた洞窟があり、そこから出て行く冒険者と入る冒険者で入り乱れ、雑然とした雰囲気だった。
意気揚々と洞窟から出てくる冒険者もいれば、怪我をしたのか頭に包帯を巻いた冒険者、まだ初々しい姿の若い冒険者などが次々と洞窟から出てくる。
洞窟に足を踏み入れると、潮の強い香りのする湿った空気が頰を撫で、滑りやすいデコボコした削り出しの階段状足場が下へ下へと続いている。壁面には松明がかけられてある為、灯りは確保されている親切設計だ。
滑って転げ落ちないように気をつけながら先に進むと、馬車二台分程だった洞窟が横にも縦にも広くなり始めた。
「すげぇ……」
洞窟を抜けた先に広がっているのは、空まで続く海のカーテン。
まるでモーゼの十戒のように割れた海の海底には、古代ギリシアの建築物であるパルテノン神殿のような、円柱の石塔に囲まれた石造りの建築物が聳え立っていた。
神殿の周囲には屋台や宿屋が立ち並び、冒険者や商人の熾烈な値段交渉が繰り広げられている。
(成る程……半月以上閉じ込められても平気だったのはこう言う事だったのか……)
陸と海の間では、海の滝に向かって竿を投げている釣り人も多く、食料の確保はそうやってなされていたのだろう。
軽食を提供している屋台の他には街のように鮮魚、野菜、肉などの食品も販売されている。
《海底神殿》の探索に必要なアイテムは全てここで揃いそうだ。若干割高なのが気になるが、わざわざここまで運んでいる分それは仕方ないことと言える。
販売している商品も日持ちのする肉の燻製や芋類干物などがメインだ。
(そういえばちゃんとした迷宮に挑戦するには初めてだ)
《海底神殿》に次々と冒険者が入って行く。
入り口には冒険者ギルドの職員と街の衛兵が待機し、迷宮に足を踏み込む冒険者の身分を確認しているようだ。
俺が入ったことがある迷宮は迷宮として成長し始めたばかりの《岩山の迷宮》だけ。
当時は入り口に職員や人などはなく、年に一回洞窟内に発生する小鬼を派遣された衛兵が処理しにくる程度。
あれからしばらくボラルスの街には顔を出していないが、今は《岩山の迷宮》もこんな感じに発展しているのだろうか。
質のいい鉱石が産出できる宝石大蛇が出る迷宮なので連日大賑わいという話は風の噂で聞いている。その可能性は大いにありえるはずだ。
止め処なく増え続ける俺の資産がいい証拠となっていると言える。
「身分証を」
迷宮に近づくとこちらに気がついた職員が声をかけてくる。
迷宮入り口の職員に首にぶら下げている認識票を見せると、
「ど、どうぞお通りください」
一瞬だけぎょっとした表情をするも、すんなりと中に入ることができた。
半分だけ開いた迷宮への鉄製の扉を潜ると、まず最初に目に入ったのは大広間だ。
濃い灰色の煉瓦が積み重なって出来た室内には数多くの冒険者が思い思いに寛いでいた。
布を被り寝ている冒険者も居れば、食事をとっている冒険者もいる。武器の手入れをしながら何やら話し合っている冒険者たちもいて、どうやらここはまだ魔物が出てこないセーフティゾーンの様だ。
「…………」
俺が入ると一斉に冒険者達がこちらを向くが、一瞥をくれるとすぐ様自分達の作業へと戻って行く。
外套を着ていない俺に気がつく冒険者はいない。
一人で迷宮に来ている冒険者は俺くらいなものだ。
ねちっこい視線を感じるがもう慣れっこなので、気にすることなく周囲を見回す。
軽装なのも俺くらいなもので、大きなリュックがそこかしこに置かれている。おそらくリュックの中には食品や探索に必要なアイテムなどが入っているのだろう。
広場を抜け迷宮内部に入ったとこで自分の失態に気がついた。
(しまった……転移魔方陣設置しておけばよかった)
いそいそと港付近まで戻るのであった。




