15話 静電気と岩山の迷宮 ①
数百年前、迷宮研究家で、高名な冒険者でもあった、ヨダン=ジンホニは言った。
『迷宮は生きている――』
迷宮は、迷宮石と呼ばれる、魔力を吸収して成長する石が、長い年月をかけて、魔力を吸収し続けたことで魔物化し、やがてそれは地中に漂う魔力だけでは飽き足らず、生き物の持つ血肉や魔力をも己の糧とするため、まるで食虫植物が甘い香りで獲物を誘い込むかのように、地上にぽっかりと、口を開けると言われている。
真実は未だ解明されていないが、迷宮と呼ばれる洞窟や建物は地上に突然姿を現すことが多い。
昨日までは見慣れた光景だったのに、一晩たったら違う場所になっていた、などと書いてある文献もあるくらいだ。
実際のところ、そういった類の洞窟には、魔力が溜まりやすい”魔力溜まり”と呼ばれる場所が存在することが確認されている。
魔物はその魔力を求め迷宮に住み着き、冒険者はその魔物を求めて迷宮を探索する。
死した、魔物や冒険者の肉体と魔力は、迷宮に吸収され、所持品はその高密度の魔力によって、マジックアイテムと化す。
魔力を求める魔物と、その魔物と財宝を求める冒険者。
その循環こそが迷宮を更なる成長に結びつけるのだ。
◇
俺は今、領主の依頼を受けて、ウルガ村近くの鉱山の頂上にある、岩山の迷宮に来ている。
山頂にある岩と岩の間には地下へと続く大きな入り口が開いていた。
その中に入ると、淡く碧色に光る苔がゴツゴツとした岩肌のそこかしこに生えており、行く先を照らしてくれる。
しばらく道沿いに進むと、大きめの部屋のような空間が目の前に現れた。
そこには四匹の岩小鬼がそれぞれ、思い思いの態勢で寛いでいるようだった。
『花ちゃん、一番右の岩小鬼、一人で倒せる?』
まるでテレパシーのように頭の中で、俺の『娘』である魔界草変異体の花ちゃんに問いかける。
花ちゃんと思念での会話に慣れた俺は、声を出さなくても花ちゃんと念話できるようになった。
岩小鬼は幸いなことに、こっちには気が付いていないようで、声を出すとばれてしまうかもしれないことを考えての念話だ。
『大丈夫だよ! パパ!』
滑らかで力強い蔓をウネウネと動かしながら、花ちゃんは多肉植物の胴体部分から戦闘用の蔓をずるっと出す。
花ちゃんの蔓は二種類あり、俺にしがみついている時は、俺を傷つけないように滑らかな起伏のない蔓を使ってくれているが、戦闘時には薔薇の棘よりも太く鋭い鉤爪のついた凶悪な蔓を使い戦闘する。
花ちゃんの蔓の凶悪さはその鋭さだけに留まらず、その蔓に捕まったら最後、花ちゃんの体を経由して俺の放電が敵に伝わり、瞬く間に敵を痺れさせてしまう。花ちゃんを経由すると放電の威力は下がるようだが、一定時間動けなくなるため、初見殺しの強力な武器だと言えるだろう。
花ちゃんに触れた敵は痺れている間に、太い鉤爪付きの蔓で絡めとられ、瞬く間にただの肉塊と化す。
基本的に、花ちゃんに絡め獲られた魔物は、俺が何も言わなければそのまま花ちゃんの食事になる。
蔓に絡め獲られ、肉塊になった魔物は、花ちゃんのめちゃくそグロい食事風景の一部となるのだが、それは言わないでおこう。自主規制、いや、乙女の秘密ってやつだ。
目の前にいた岩小鬼もその例に漏れず、花ちゃんの凶悪な蔓に巻き取られ、無残な死を遂げ、花ちゃんの食料となった。
花ちゃんが無事に岩小鬼を倒した後、少し遅れて、俺も《雷銃》で岩小鬼三匹の頭部を撃ち抜いていく。
「お疲れ様。花ちゃん。怪我はない?」
俺が倒し終わり振り返ると、仕留めた岩小鬼を花ちゃんが咀嚼している最中だった。
やっぱり自主規制だ。間違いなくモザイクが必要になる。
『大丈夫だよ! パパ!』
一匹目を食べ終えた花ちゃんは、俺が倒した三匹にも触手ともいえる蔓を伸ばす。
頭部を撃ち抜かれた岩小鬼三匹は、瞬く間に花ちゃんの胃袋に収まった。
この小さい体のどこに、人間の子供と同じくらいの大きさの岩小鬼が四匹も入るのだろうか。
全く謎である。
「喉にこん棒とか詰まってない? 何かあったらすぐ言うんだよ?」
岩小鬼を丸ごと齧ってたからな、のどに刺さったりでもしたら大変だ。
『ありがとー! パパ大好きー!』
あぁ花ちゃん可愛いなあ……。
花ちゃんと出会って二日目。
俺はめちゃくちゃ過保護になっていた。
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