158話 静電気とタゴン焼き!
黒いシックな内装の店内に、十五のカウンター席。
壁側には四人掛けのテーブルが六つあり、店内は騎士や船大工、商業ギルドの職員達の楽しげな会話で賑わっている。
お洒落な小料理屋にでも来た気分だ。
カウンター越し、ラーメン屋を彷彿とさせる対面式の調理場に目を向けると、赤い髪の女性がちゃきちゃきと軽快に動き、タゴン焼きを完成させていく。
店内にいる三人の店員の内の一人が、造船ギルドの長であるクラウスに呼ばれ「ネギ盛り」と注文を受けると、赤髪の女店主キョウカが威勢良く「あいよ!」と返事をした。
「やっとあのタゴン焼きにありつけるぜ!」
テーブルで賑わっているクラウス達、船大工組を横目に、ノーチェは口からヨダレを垂らしながら興奮しきっている。
俺たちがクラーケンを倒してから二日後、無事ブリッジポートに帰ってきた俺たちは、礼がしたいとキョウカの店に招かれていた。
俺たちが海上で死闘を繰り広げていた頃、クラウスや街の憲兵達はしっかりと仕事をこなしたようで、ギルドマスターがいなくなった商業ギルドは、次のギルドマスターを選出する為の選挙準備で大忙しらしい。
そんな中呑気に自分の店でたこ焼き……いや、タゴン焼きを振舞っている時間はあるのだろうか、と疑問に思うものの、まぁ俺には関係ないか、とお言葉に甘えることにした。
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チンチンに熱せられ、陽炎が揺らめく黒鉄板の上に流れ落ちる一筋の流砂にも似た液体。
出汁や細かく刻まれた、赤や緑色の素材が混ぜ込まれたそれが焼ける、じゅうじゅうじゅうという小気味いい音と、えもいわれぬ食欲をそそる香ばしい香りが店内に漂う。
この街に来て何度か嗅いだことのある匂いのはずなのだが、街一番と名高いタゴン焼き屋、《オクタゴン》の店主が作り上げるそれは、匂いだけにも関わらず、先日食べたタゴン焼きとは一線を画す、別次元の食べ物ではないかと思ってしまう程暴力的で魅力的なものだった。
店の外には本日貸し切りの看板が出ているはずなのだが、匂いにつられた通行人が窓から店内を覗き込んでは匂いを嗅ぐ仕草をし、店の入り口にかかっている“貸し切り”の文字を見て悔しそうな顔で去っていく。
生地が流し込まれてから少しすると、続いて湯通しされたオクタゴンが、ぱっぱと手際よく放り込まれる。
両手に持たれた鉄串が、凄まじい速さで格子状に飛び交うと、鉄板の上には焦げ目のついた見慣れた料理が顔を見せる。
「キョウカおねーちゃん! 今入れた白いものってお船の上でやっつけたやつ〜?」
「そうだよ!」
俺が見事な手捌きに感心していると、右隣で今か今かととタゴン焼きの完成を待っていた花ちゃんが問いかけた。
船に括り付けられ運ばれたクラーケンは、ブリッジポートに着くとすぐさまセリにかけられ、あっという間に売れてしまった。
その際、冒険者ギルドの立会いのもと魔物の調査が行われ、俺がとどめを刺した魔物は、クラーケンの中でも上位種であるハイクラーケンであることが判明した。
俺がこっそり回収しておいた、花ちゃんが初めに切り落とした触手腕以外は、冒険者ギルドや商業ギルドが買い、二番目に切り落とされた触手腕は今目の前で、キョウカの手によってタゴン焼きになっている。
魔物にレベルが存在するかは分からないが、このハイクラーケンも例に漏れず、強力な魔物や魔力の多い土地で育った動植物はと同じように非常に美味らしい。
先程から口に入れる度に、歓喜の叫び声を上げている騎士達や船大工がそれを証明していた。
「お待ちどう様だ!」
遂に俺たちの目の前にも、キョウカの作ったタゴン焼きがお披露目された。
立ち上る湯気は出来立てを証明し、丸く綺麗に焼き上がったタゴン焼きの上には、青海苔らしきものとゆらゆらと湯気に煽られて動く鰹節のような乾物。
そして極め付けは、北側の屋台で売られていたタゴン焼きには掛かっていなかった、懐かしの醤油のような香りのするソースがかけられていた。
その懐かしい香りに思わず──、
「キョウカさんこの茶色のソースは……?」
と聞くと、ニヤリと笑いながら、
「それはウチ秘伝のソースだ。レシピは企業秘密で教えられないからな! ほら冷めないうちにさっさと食べろ」
と自慢げに胸を反らす。
醤油かどうか聞きたかったものの、食べてからでも良いかと思い、花ちゃんやノーチェの前にもタゴン焼きが届いたところで、糧となる食事に感謝しながら俺たちは手を合わせた。
「「「いただきます!」」」
熱々のタゴン焼きを口の中に放り込み──、
「ほふほふ」
パリッと焼けた生地を歯が突き抜けると、中からは様々な旨味の詰まった蕩けるような熱々の中身が溢れ出す。
一口大に丸く成形されたそれは、口の中で暴れ出し、歯がブリッとした歯ごたえのオクタゴンを捉えた。
咀嚼され、芳ばしいソースが踊り出し、真の旨味を舌が享受しきった後、名残り惜しむように喉をゆっくりと通り抜け胃に落ちた。
「うっめええええええええええ!!!!」
俺たちの中で一番最初に声をあげたのはノーチェだった。
次いで花ちゃんが「美味しい!!!」と声を上げ、凄まじいスピードで平らげていく。
俺は懐かしいその味に思わず涙していた。
頰を伝う涙がテーブルを打つと、花ちゃんやキョウカが心配そうに顔を覗き込む。
ノーチェは無心で食いまくっている。
「どうした? 私のタゴン焼きは泣くほど美味かったか?」
「あぁ懐かしくて、思わず涙がでたよ」
「懐かしい? うちの店に来たことあったのか?」
「いや、この醤油の味がね」
「そうか、あんたは阿波国出身なのか」
キョウカは合点がいったように頷いた。
その後もタゴン焼きに舌鼓をうち、無事に帰ってきたことをみんなで喜び合った。
新しい商業ギルドのギルドマスターは、副マスターであったキョウカが選挙によって選ばれ、次第にブリッジポートの派閥も消えていったようだ。
《海底神殿》に取り残されていた冒険者達も約半月ぶりに救出され、ブリッジポートには日常が戻ってきた。