152話 静電気と木槌
半魚人の襲撃からは非常に静かな航海が続いていた。
いつの間にか陸地は見えなくなり、三六〇度どこを見ても青い海と空が続いている。
「「「暑い」」」
俺たちは今、照りつける太陽のお陰で、環境ダメージを受けている。特に全身に毛を纏っているノーチェのダメージが深刻のようで、逃げる様に、帆が作り出すちょっとした影の中に入っていた。
全身が黒い俺も似た様なものだが、《魔力手》に鞄の中に入っていた懐かしの所々破れたスーツを持たせ、日傘がわりにしている為まだ何とか我慢できる。
騎士達も同じようで、フルフェイスの兜を脱ぎ、額から大粒の汗を滴らせていた。
「海賊船、何処にいるの〜」
唯一涼しい顔をしている花ちゃんは、半魚人の襲撃から数時間以上暇な現状に、辟易している様だ。
(今日はハズレか──)
そう思いかけたその時。
辺りが深い霧に包まれた。
◇
海洋都市ブリッジポートには、領主であるフレデリカ=ナーナイルの住まうの屋敷の他に、屋敷と呼ばれる様な建物がもう一件存在する。
商業ギルド、ギルドマスターの住居だ。
趣味の悪い、でっぷりと腹の肥えた銅像が、その屋敷の門前でニヤリと口角を上げている。
その銅像の前では武装した衛兵達が、今か今かと突撃の合図を待っていた。
時刻は早朝。
ベック達海賊討伐隊が船に乗り込んでいる時間帯だった。
「ちっ。何であいつはこんなめんどくせぇ事を俺に頼みやがんだよ」
「そりゃあ親方、おいら達がこの街で唯一、中立の立場だからじゃないですかね?」
肩に巨大な木槌を担いだ巨漢クラウスと、黒いバンダナを巻いたジャックが、朝靄のかかる静かな住宅街で会話をしている。
クラウスが率いる造船ギルドは、商業ギルドの北と南の二派閥、どちらにも属していない。
北側からの勧誘は今までに何度もあったが、全て門前で突っぱねて来た。
そう出来るだけの力がクラウスにはあった。
彼の見事な造船技術は、フォレスターレ王国だけでなく国外からも非常に高い評価を得ている。
わざわざ異国から師事を受けにくる船大工もいるくらいだ。
「そろそろ、時間だ」
衛兵の一人が言った。
「住居内には恐らく護衛も居るだろう。抵抗する者は痛めつけて構わん。絶対に逃すんじゃないぞ」
衛兵達は小さく「はい」と返事をした。
「そんじゃあ一丁やってやろうじゃねぇか」
「よっ! 親方!!」
「クラウスどの!? 何を!」
衛兵の静止を振り切り、クラウスはスタスタと扉の前まで歩くと、肩幅よりも少し広く足を開いた。
そのままどっしりと腰を落とし、肩にかけた木槌を手に取り、腰を中心にぐっと引くと──
「うおりゃああああああああああ!!!」
ドゴオオオオオオオオオン!!!
掛け声と共に繰り出された木槌の一撃は、住宅の扉の中心を見事に捉え、それを粉々に吹き飛ばした。
その光景を見た衛兵達は一瞬だけ呆気にとられた様子を呈するも「いっ、行くぞおおおおおおおお!!!」と言う掛け声と共になだれ込んで行った。
「さすが親方! 相変わらず馬鹿力っすね!」
「ウルセェ、さっさとテメェも言ってこい! 無事とっ捕まえることが出来たら《オクタゴン》のタゴン焼きは一年間タダなんだからな!」
「まじっすか!! 気合い入れて行ってきます!!!」
ジャックの尻に蹴りを入れ送り出す。
残念な事にキョウカとの約束の中にジャックの名前はない。
一年間タダなのはクラウスだけなのだが、使えるものは猫でも使うのがクラウスの信条だった。
衛兵達が突入して一時間。
突入直後こそ、怒声や剣戟が響き渡っていた屋敷内も突入から一時間も経てば静かになるものだ。
結果から言うと、護衛として雇われていた冒険者達や屋敷内にいた従者達は、衛兵やジャックの活躍もあり瞬く間に捕縛された。
雇い主に対する忠義に厚い、抵抗する冒険者達は叩き伏せられ、そうでない者達はギルドマスターの罪状を告げられると、衛兵達に大人しく従った。
こちら側には怪我人も出ず、非常にスムーズに事が進んだ。
懸念されていたギルドマスターの逃亡は、裏門付近にある隠し通路の前で仁王立ちしていたクラウスによって阻止され、その身柄は衛兵へと引き渡された。
クラウスや衛兵が詰問すると、今回の騒動をぽつり、ぽつりと語り始めた。
「初めはこんなに大事になるとは思っても見なかったんだ……」
商業ギルドのギルドマスターは後悔する様に小さく呟いた。
海に出ている海賊は王都からブリッジポートの間に頻出していた盗賊を雇ったもので、初めは《オクタゴン》の店主であるキョウカを軽く脅す為のものだったと言う。
それが加減がわからず沈没させてしまい、いつしか増長した盗賊達は歯止めが効かなくなり、今回の件をネタに逆に脅される立場になってしまったそうだ。
「くだらねぇ。完全にテメェの自業自得じゃねぇか」
「あぁ、本当に後悔しているよ……」
「ふんっ。それでいまも盗賊が海賊やってるってわけか」
「あぁ……だが二日ほど前から、連絡が取れないんだ」
「連絡が取れない?」
「毎日必ずあった食料と金品の請求が全く無い」
クラウスは言い様のない不安が直ぐ傍まで来ている気がした。




