151話 静電気と鍋
「散開してください! 魔物を船上に上げてはいけませんよ!」
フレデリカが檄を飛ばす。
船の周囲はあっという間に魔物に囲まれ、次々と体当たりを受けた船体は右へ左へ激しく揺れる。
騎士が確認した巨大な魔物の影は、水生の魔物である半魚人の群れであった。
深海魚であるアンコウを二足歩行させたような魔物だ。
ヌルッとした茶色い表皮に筋肉質な身体。
頭部に付いている丸く光る物体は提灯だろうか。
体高は150cmほど、手足の先に付いている鋭い爪を器用に船舶に突き立てながら、船上にいる人間を襲おうとよじ登ってくる。さながら海難もののB級ホラー映画の一幕のようだ。
「アングランプ種だ! 火魔法を使える奴は前に出ろ!!」
「「「はっ!」」」
副騎士長が声を張り上げる。
魔導騎士達は両船腹から乗り出し、尾ビレを畝らせ海中を泳ぐ半魚人に向かって火魔法を放つ。
「──、ファイヤーボール!!」
何匹かの半魚人に当たり、周囲に焦げ臭い臭いが立ち込める。
「おっしゃあ!! 俺っち達も行くぜえええ!!!」
「お魚さん! 美味しそう!!」
ノーチェも花ちゃんも気合い十分で駆け出していく。
(あちゃー、完全に出遅れたな)
船上は既に混戦だ。
剣と爪の剣戟音が其処彼処で聞こえる。
ノーチェは蹴り殺し、花ちゃんは蔓で縊り殺していく。
「シャアアアアアア!!!」
背後から半魚人の爪が迫る。
振り返らずに半身を捻り爪を回避する。
(《雷針》っと)
俺に避けられ、たたらを踏み無防備になった半魚人に、指先から細く尖らせた雷の針を打ち出す。《探知》は常に自身の周囲に張り巡らせているので死角はない。
次々と襲いかかる半魚人を、避けては《雷針》で麻痺させ、《雷槍》で首を刎ねていく。
暫くすると魔物も引き、船上には静けさが戻ってきた。
「「「「「うおおおおお!!」」」」」
騎士達が勝鬨をあげる。
船は通常航行に戻っていった。
この半魚人、さっき騎士がアングランプ種って言っていたな。
切り裂かれた傷口から見える、透明感のある白身はまるっきりアンコウだ。
アンコウは俺の大好物でもある。
出張で行った水戸で食べたアンコウは絶品だった。
味噌で味付けされた、あん肝が溶かし込まれたアンコウ鍋は最高で、思い出すだけでヨダレがでてきそうだ。
この半魚人でアンコウ鍋ってできないだろうか。
阿波国には醤油があるらしいからきっと味噌もあるだろう。
醤油があれば唐揚げっていうのも良いな。
くそ〜、腹が減ってきたぁ……。
あれ? でもこの提灯の付いているアンコウって食えるんだっけか?
食えるかどうか確認しなければ。
「なぁ、これって食えるんですかね?」
「へあっ?!」
俺は転がっている半魚人を《魔力手》でつつきながら、大樽の影に隠れていた人物に声をかけた。
「……いつから気がついていたんだ?」
「最初からですよ。キョウカさん」
こちとらずっと《探知》かけてたからな。
人が乗り込む前から船底に潜んでたのはわかってた。
船上が騒がしくなったから様子でも見にきたのだろう。
どうせこの船を修理したクラウスにでも頼んで潜ませて貰ったというところか。
「で、どうなんです? これって食えるんです?」
「この状況を見てそんな事言えるなんて、さすがはA等級冒険者、狂っているな。……半魚人は何種類かいるが、このアングランプ種は食えるぞ」
「狂ってるって……いきなり孕ませるとか言う人よりマシだと思うけど……」
「俺っちはどっちもどっちだと思うけどな」
「パパ! このお魚さんおいし〜よぉ〜!」
ひえっ……。何してるんだ花ちゃん…。
花ちゃんの無数の蔓先に付いている小さな口が、地面に転がっている半魚人を齧り取り蜂の巣にしていく。
(蔓先って口になってたのかよ……)
花ちゃんの食事風景に周囲の騎士達もドン引きしている。
山のようにあった半魚人の死体はあっという間になくなっていった。
食えるようなので、花ちゃんの胃袋に入る前に、三匹ほどマジックバッグに回収しておいた。
あとで捌いて、火で炙ったりしてみよう。
「キョウカさん、こんな所にいて街のことは大丈夫なんですか?」
「それはクラウスとジャック、それに街の衛兵に任せた。ナーナイル様のお陰で、関わっていた犯人の中の数人は昨晩のうちに捕縛済みだ。後は海賊の制圧と共に、何も知らずにいるアイツを検挙してこの騒ぎも終わりさ」
「…………その通りです。商業ギルドのギルドマスターには戦闘力はありませんからね。街の衛兵で十分でしょう。皆さまお怪我はありませんか?」
船上で指揮と戦闘をしていたフレデリカが戻ってきた。
「えぇ、誰も怪我はありません」
「…………それにしても感心しませんね、キョウカ。このような所に勝手に付いてくるなんて、怪我でもしたらどうするんですか」
「知り合いですか?」
「ここ領主様はね、私のファンなんだよ」
キョウカが自慢げに言った。
「本来なら海賊ごときに領主が出張ってくる事なんてあり得ないけど、どうやら私のタゴン焼きが恋しいみたいでね」
「な、何を言ってるのかしら! 私の領地で好き勝手されるのが気に食わないだけよ! それにこの街の経済がこれ以上停滞するのは問題だからよ!」
「二日に一回は出前頼んでいたじゃない」
「執事! それは執事が頼んでいるのよ!」
「はいはい。まぁ、そういう事にしておいてあげるわ」
フレデリカは顔を真っ赤に、キョウカはしたり顔をしている。
領主様がハマるぐらいだ。さぞかし美味いのだろう。
この二人は随分と仲がいいようだ。
キョウカのお願いで、俺は数日間の追跡で疑わしき複数人の見張りをした。
牛頭人王の外套を脱ぎ、ライアに闇魔法の《遠視》も教えてもらった上で見張りをした。そのお陰で特にバレることもなく、かなりの情報を集めることができた。
それこそ海賊とは全く関係ない贈賄などについてもだ。
いや、そうでもないか。
結果としてこれが証拠になったのだから。
海賊に狙われていた船の六割は南側の漁船だった。
残りの四割は北側だったのだが、北側に与する漁船は海賊に襲われたとしても軽微な破損で済んでいた。逆に南側の漁船はそのほとんどが大破、沈没まで追いやられていたのだ。
ブリッジポートに来る途中で、俺が目撃した海岸線に溜まっていた船の残骸は、どれも南側の漁船だったということだ。
一週間前、商業ギルドが出航禁止令を出した後にも関わらず、それを無視し出航する漁船は北側の漁船ばかり。
中には襲われたと言って帰ってくる漁船もあったのだが、例に漏れず軽微な破損だった。恐らくは示し合わされた襲撃と考えられる。
襲われた船も砲撃の痕ではなく、何か鈍器でたたき壊したような傷だとクラウスが言っていた。
語るに落ちるとはこの事だろう。自分達が狙われないことを知っているからこそできる行動で、普通だったら海賊のいる海に繰り出すのは捕まえに行く衛兵くらいだろう。
今ブリッジポートで繁盛しているのは、北側で店を出しているギルドマスターの庇護下にある商店ばかり。
更に捕縛した奴らの証言により、商業ギルドのギルドマスターがこの事件の裏を引いている事が明らかになったらしい。
想像していた通り、選挙絡みでの不正だった。
後はギルドマスターの指示で動いているであろう海賊に逃げられないよう、秘密裏に出航し両方をとっちめてこの件は解決へと向かうと行った所だ。
なぜキョウカが乗り込んでいるかというと、一番はじめに襲われた漁船がキョウカのオクタゴン漁船だったからだ。
どうやら自分自身の手で、少しでも恨みを晴らしたいらしい。
沖へ、沖へと向かう討伐船。
赤と青が絡み合う船上は、先ほどまでの戦いの喧騒とは違う意味で賑やかになった。




