14話 静電気と領主の思惑
異変を調査し、ウルガの街を出て一時間。
俺は花ちゃんの蔓製の馬に乗ってボラルスの街にもうすぐ着くという所まで戻ってきていた。
『花ちゃん! もうすぐで街につくよー!』
蔓製の馬の背中に乗った俺は、右肩にいる花ちゃんの本体に念話で話かける。
まもなく森を抜けて、街道に出られるはずだ。
『花ちゃん街はじめてー! 楽しみー!』
花ちゃんは蔓製の馬の頭を、まるで本物の馬が興奮しているかのように器用に動かす。それはまるで街に着くのを、今か今かと心待ちにしているようにも見えた。
蔓製の馬の移動速度はかなり速い。
恐らく、時速八十キロメートルは出ている。
あっちの世界では、車が好きで休みの日には良く、ドライブなどに行ってたので、体感速度に大きなズレはないはずだ。
背もたれの付いたその背中の乗り心地は、一切の振動もなく快適。
唯一の欠点を上げるとするならば、高速で移動しているせいで、何もしない状態だと体に当たる風が結構な衝撃だということだ。
しかしこれは、俺が魔力を三角柱の形に形態変化させ、風よけとすることで解決した。
走っている間は、ずっとこの形を維持しなくてはいけない為若干疲れるが、魔力は使えば使うほどその最大値が増えていくようなので訓練の一環にもなっている。
馬以外の形に変えてもらえば解決するかと考えもしたが、花ちゃんの負担になりそうなのでやめておく。
森を抜けると、次第にボラルスの街が近づいてくる。
目の前には高さ八メートル程の見慣れた城壁と、通行審査を待つ商人や冒険者達の人だかりがが見えてくる。相変わらず街に入るには時間がかかるようで、ここでしばらく待たないといけない。
俺は蔓製の馬になっている花ちゃんに跨ったまま、列に並ぼうと近寄って行く。
すると突然、列の最後尾にいた商人の一人がこちらを見るやいきなり、叫び声を上げた。
「魔……魔物だああああああああああああ!」
商人は曳いていたはずの馬車や、手荷物をかなぐり捨て逃げ出す。
周囲をキョロキョロと見回すが魔物らしき影は何処にも見えない。
しかし、目の前に並んでいた人々は叫び声をあげながら、蜘蛛の子を散らす様に大慌てで逃げ出して行く。
始めは何に怯えているのか分らなかったが、逃げて行く人達の視線を追ってみると、どうやら俺達を見て「魔物」と叫んでいる事に気が付いた。
(こりゃ失敗したな。完全に花ちゃんのことを魔物だと思われてる……)
確かに、三メートルの翠の蔓で出来た馬なんて何処からどう見ても魔物に見えるか……。
『パパ、花ちゃん嫌われちゃった……?』
花ちゃんがつぼみをシュンっと縮こませながら寂しそうに聞いてくる。
『ごめん、花ちゃん。これはパパの所為だ。花ちゃんのせいじゃないよ』
花ちゃんのつぼみを撫でながら慰める。
花ちゃんの安全性を伝えるために降りる。
説明しようとするが、誰も近寄ってこない。
衛兵が南門から槍を持って、大慌てで走ってくる。
槍を前に突き出し、臨戦態勢だ。
このままだと大事になってしまう。
「そこで止まれ!」
近づいて説明しようとするが、制止されてしまう。
衛兵達の顔は恐怖に彩られている。
まずは誤解をしっかりと解かなくては。
『花ちゃん、蔓製の馬、しまってくれるかな?』
『わかったよーパパ』
しゅるしゅると蔓が解かれていく。
巨大な碧の馬はあっという間にその姿を消した。
花ちゃんはちょこんと、定位置の俺の右肩に戻る。
「すいません。冒険者のベックです。今のは俺の召喚獣です」
首元から認識票を出しながら衛兵に声をかける。
召喚魔法って言い訳、苦しいか?
「これは俺の”召喚獣の花ちゃん”です。花ちゃん、皆さんに挨拶をして」
俺の言うことを聞いてくれる事をアピールするため、右肩に乗っている花ちゃんに手を振るようにお願いする。
花ちゃんはフリフリと蔓を振っているが衛兵たちは驚くだけで警戒を解いてはくれない。
「召喚獣? そんな魔法あるのか?」
衛兵達は顔を見合わせて、「聞いた事ないぞ」と何やら話し合っている。
もしかして、この世界では召喚魔法は無いのか?
またしても失敗した。
街中でそう言った類の生物を連れた冒険者はいなかったな。
アンブリックが魔法は六属性と言っていた事がすっかり頭の中から抜け落ちてしまっていた。
しっかりと魔法の勉強をしておくべきだった。
何とかしてこの場を収めようと、知り合いがいないか衛兵の顔を確認する。
するとその中に、ウルガ村に行くため南門を出た時に、手続きしてくれた人がいるのを見つけた。
被っていたマントのフードを取り、声をかける。
「そこの衛兵さん! 俺の顔に見覚えないですか? 今朝、馬車でウルガ村に行った冒険者です!」
「ん? 確かにその顔には見覚えがあるな。朝、街を出て行った冒険者か」
どうやらあっちも覚えていたらしい。
その後なんとか槍を下ろしてもらい、詰め所に連れていかれ事情を話したのち、何とか街に入れてもらえた。
「次回からは、街に入るときは人のいない所で消してから来るように」と釘を刺されてしまったが、まぁ仕方がない。
俺が其処まで気が回らなかったからだ。
花ちゃんを無駄に悲しませてしまった。
『ごめんな、花ちゃん。もう街に入りたくなくなったか?』
花ちゃんの蕾をなでながら優しく声をかける。
申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
『大丈夫だよーパパ! 花ちゃん気にしてないよー!』
花ちゃんはそういうと俺の右腕に優しく絡みついてくる。
俺の手元まできた、花ちゃんの蔓を優しくなで返す。
『よーし!じゃあおいしいものでも食べに行くかー!』
『おいしいもの食べるー!』
俺たちは冒険者ギルドへの報告なんてすっかり忘れて、屋台広場へ繰り出すのであった。
◇
「こんにちは、ティリアさん」
花ちゃんとの露店の買い食いデートを終えた俺は、すっかり忘れていた冒険者ギルドへの依頼の報告に来ていた。
花ちゃんには、通行審査の時のように、悲しい思いはさせたくないため、肩ではなく腰回りに巻き付いてもらい、その上から外套で覆うことで姿を隠してもらっている。
花ちゃんには悪いが、人懐っこくてもやはり魔物だ。
そう簡単に受け入れてもらえるとは思えない。
外套の下では花ちゃんのつぼみを優しく撫でる。
「ベックさんお帰りなさい!依頼の報告ですね? ……はい、確かに受領印の確認ができました。そういえば領主様より指名依頼がベックさんに入っていますよ? なにやらウルガ村付近にある”あの迷宮”に関わる依頼だとか……」
ティリアは俺が渡したウルガ村村長、バガマのサインが入った書類に手際良く受領印を押し、報酬を手渡してくる。
どうやらこの街の領主であるアーウィンからの使命依頼が届いているようだ。
「アーウィンさんからですか? 緊急の依頼ですかね?」
「緊急かどうかはこの書類には書いてないのでわかりませんが、恐らく、王都への恩を売っておくための依頼だと思いますよ」
王都への恩? なんだそりゃ。
よくわからないが、ティリアは「今回の魔物災害が関係しているのではないか」と説明をし始めた。
あの迷宮って事は、ウルガ村付近ってことは花ちゃんがいた《岩山の迷宮》のことかな。
それとも違う所に他の迷宮が存在するのか。
ちょっと花ちゃんに聞いてみるか。
『花ちゃん、ウルガ村の近くのダンジョンって花ちゃんが生まれた所以外にもあるのかな?』
『あのねーあの辺にはダンジョン一個しかないよー!』
『花ちゃんが生まれた場所だよね?』
『そうだよー!パパ!」
花ちゃんと念話で会話する。
やっぱりそうか。
あんまりいい予感はしないなあ。
「――ということです ベックさん? ベックさん! 私の話聞いてました?」
「あぁ、すいません。ぼーっとしてました」
「しっかりしてくださいよー。それで、指名依頼、どうするんですか?」
「断れないんですよね? なんか厄介ごとになりそうな気がするので出来たら断りたいですねぇ」
「街で一番偉い領主様の指名依頼ですよ!? 報酬を期待して普通の冒険者なら飛びつく話だと思いますけどね」
「そう言うものですかね? 取り敢えず、明日、話だけでも聞いて見ますよ」
「それがいいと思います」
領主様宛に、翌日の朝会いに行くという言付けをティリアにお願いして冒険者ギルドを後にする。
(今日はもう宿に戻るか……)
この世界に来て二週間。
依頼の報酬などである程度資金の調達が出来たため、冒険者ギルドの二階にある宿舎をでて、リックの実家である《猫の尻尾亭》に宿泊している。
なんとここにはお風呂が存在するのだ。
岩小鬼殲滅戦から帰ってきた日、ティリアに聞いて、貴族と高級な宿には風呂があることをわかっていたのだが、場所がわからない為リックに相談した所、実家の宿にあるとの事だったので利用させてもらっている。リックはボンボンだったようだ。
風呂は個室ではなく、公衆浴場になってしまうが、水の魔鉱石で出した水を、浴槽の下に埋めてある火の魔鉱石で温めているようで、シャワーも付いていて、浴槽や、体を洗うところの仕組みはまるっきり銭湯だ。相変わらず石鹸だけは粗悪品だが、湯船に入ってしっかりと体を癒せばそんなことも忘れられる。
さすがに花ちゃんを連れてくることはできない為、部屋で待ってもらっている。
いつか腰を据えて暮らしたいと思えるような場所が出来たら、家でも建てて風呂場を作ろう。
◇
翌日、依頼の詳細を聞く為、アーウィンの居城に向かう。
城の入り口で衛兵に声をかけると、「お話は伺っています」との事で、領主の執務室に案内される。
豪華な装飾のされた木製の扉をコンコンとノックし中に入ると、部屋の奥には机に向かって書類と格闘しているアーウィンの姿が見えた。
その姿は相変わらず、茶色の頭髪をオールバックにしたダンディズムあふれる初老の紳士といった風貌だが、若干の疲れが見て取れる。
衛兵が「失礼します。お客様をお連れしました」と声をかけると、すぐに立ち上がりこちらに向かってきた。
「ベック君、殲滅戦の時以来だな。 今日は急にお呼び建てして申し訳ない。実は頼みたいことがあるのだ」
ガシッと俺の両手を掴み強引に握手をしてくる。
この辺りは何だか街頭演説に来た政治家みたいだなと思ってしまう。
「お久しぶりです。どのような依頼ですか?」
「実は、ウルガ村の近くの岩山にあるダンジョンについてなんだが――」
依頼の内容はほぼ、前日にティリアがいっていた通りの内容だった。
岩山の迷宮のような、人気のない迷宮は本来ならば年に数回、王都から兵士が派遣され、中にいる魔物の数が調節される。魔物災害が起きないようにするためだ。
本来、迷宮は、オレガルド大陸の中心にあるフィオルターレ王国が管理、運営するものなのだが、旨味や人気のないダンジョンなどは常駐の衛兵もおらず、半ば放置の状態。
王種のような強力な魔物は、そのほとんどが階層の深い『地獄の門』や『海底洞窟』といった、長い年月をかけて成長した魔力溜まりのある攻略難易度の高い迷宮でしか確認がされたことがなく、今回岩山の迷宮で生まれたとされる小鬼の王種は原因もわからず、例外中の例外といったところだった。
アーウィンがフィオルターレ王国にこの事実を報告した所、「先んじて調査せよ」との王名を受け、調査する運びとなったようだ。
今回の事案は完全に王国に落ち度がある。
アーウィンとしては王国に恩を売っておきたいところではあるが、ここ、ボラルスの街は、街とは言っても田舎街。
ゲームで言う所の初心者の街なのだ。
比較的平和で周囲に凶悪な魔物も少なく、農業が盛んで冒険者としての仕事も少ないため、等級の高いベテランと呼ばれる冒険者たちは、様々な依頼が舞い込むフィオルターレ王国や、高難度迷宮『地獄の門』があるデドステア山脈の麓の鉱山都市アイアンフォードなどに居を移してしまう。
頼みの綱の冒険者ギルドも基本的に中立の組織だ。岩小鬼殲滅戦の時のような急を要するな事態でない限り、おいそれとアンブリックには頼めない。この街でアンブリックの次に高等級だったC等級のリックは引退してしまったし、頼めるのはアイツしかいない。
と、いうことで俺にまたしても調査の依頼が回ってきたということだ。
気が進まないがここで領主様に恩を売っておくのも悪くないか。
一応花ちゃんにも聞いておく。
『花ちゃん、ダンジョン行きたい?』
『ダンジョン、行きたい!花ちゃん強くなりたいの!パパを守るの!』
めちゃくちゃ、やる気じゃないっすか。
花ちゃんは結構好戦的だ。
ウルガ村から街に戻る途中で、狼に似た魔物のウルフの群れに出くわしたのだが、俺が《雷銃》で何匹か撃ち抜き、最後に残った一匹を花ちゃんと戦闘させた。
この先、強敵が現れた時のことを考え、花ちゃんの戦闘能力を調べたかったからだ。
結果は花ちゃんが一瞬でウルフを、伸縮自在の蔓で絡め獲り、首を絞めて窒息死させたのだが、その際『なんだかポカポカするのー』と言っていたので恐らくアルマを吸収したのだと思う。
花ちゃんにも、レベルという概念も存在するようだ。
俺も強くならないといけないし、花ちゃんのパワーレベリングも兼ねて、迷宮、潜ってみますか。
「その依頼、D等級冒険者、ベックがお受けいたします」