147話 静電気と商人再び
宿を借りた俺たちは部屋で寛いでいた。
この宿の一室をしばらくの間借りる事にしたのだ。
転移魔方陣を設置し、王都とここを迅速に行き来できるようにする為だ。
店主には掃除も不要だから部屋の中には一切入らないように言い聞かせた。胡散臭い目で見られたが、金貨を多めに渡したら笑顔になった。現金なやつだ。だがこれも転移魔法を見られる恐れを極力排除するためなので仕方ない。
いつかこの街にも、安心して転移できるような場所を探さなくては行けないと考えている。
王都の物件が想像していたよりも安く済んだため、もう一軒くらい家を買っても良いかもしれない。
ピッチリと手入れされたシーツ、埃一つ落ちていない床は宿屋としての矜持を感じるし、部屋のクオリティは満足しているのだが、この宿には風呂が無いので後で一回王都の家に帰るつもりだ。
ブリッジポートにも公衆浴場はあるのだが、一度でも一人で満喫できる風呂を体験してしまった以上、公衆浴場には戻る気が起きない。
「う〜ん? なんか、前に食った時と違うような……」
先程屋台で購入したタゴン焼きを口に放り込みながら、不満げにノーチェが首を傾げている。どうやら前回食べたタゴン焼きとは何かが違うようだ。
「どう違うの? 俺は普通に美味しいと思うけど」
「なんていうか、前に食ったやつはもっとトロッとしてて、ダシの風味が良かったと思うんだよなぁ〜」
「人参さえあれば良いとかいつも言ってるくせ、ノーチェって意外とグルメなんだな」
「別にいいだろ! 料理に口うるせぇお前には言われたくないわ」
「美味いもん食いたいと思ってわりーかよ! お前だって俺が作ったハンバーガーうまいうまいって食ってたじゃねーか。文句ばっかり言ってっと、もうお前には作ってやんねーからな」
「へんっ! それより花ちゃんはどうよ。美味しいか?」
「初めて食べたけど美味しいよ! 花ちゃんタゴン焼き大好きになった!」
「そうかそうか。それは良かったぜ」
「さっき言ってたけど、作ってたのは《オクダゴン》の店主じゃないんだろ? 違うのは当たり前じゃないか?」
店によって使っている材料や調味料、その配分など同じ料理でも作り方は多岐にわたる。
だからこそ味に違いが出て、その店の良いところや悪いところが料理に出てくるのだ。
今回ノーチェが感じた味の違いもそういうところから出てこているのであろう。
俺もさっき出来立てのタゴン焼きを食べたが、それなりには美味いと思った。だがそれなりに美味いだけであり、一番ではない。俺が食べた事のある、大阪にあるたこ焼き屋の有名店である《くるくる》という店のたこ焼きには遠く及ばないものだった。
◇
翌朝、宿屋を出た俺は商業ギルドに来ていた。少し気になったことがあるからだ。
商業ギルドは冒険者ギルドとは違い、内装や飾り付けてある調度品などは落ち着いた雰囲気だった。
ギルド内を行き交う人々も、冒険者のような粗暴な格好の人間は俺以外には目に入らず、薄いローブを羽織った知的な印象の人間が多い。
ブリッジポートの冒険者ギルド、ギルドマスターであるアスタールの紹介もあり、すんなりと商業ギルドのギルドマスターに逢える事になった。
「あれ? ベックさん!」
聞き覚えのある声が背後から聞こえる。
「お久しぶりです。ケルセイさん!」
声がする方向に振り返るとそこには、ボラルスの街に行く途中で知り合ったケルセイが、満面の笑みで立っていたのである。
「お久しぶりです、ベックさん。お噂は兼ねがね聞いておりますよ。A等級への昇格、おめでとうございます。そして、先日はありがとうございました。ベックさんのおかげで、妻からの私の評価がうなぎ登りですよ。花ちゃんもお元気ですか?」
「ありがとうございます、花ちゃんも元気ですよ。俺、感謝されるような事何かしましたっけ?」
全く身に覚えがない。
ケルセイさん、今の花ちゃんに会ったらびっくりするだろうな。
「石鹸ですよ、石鹸! あのいただいた石鹸、妻が大層気に入りましてね。私も毎日使わせていただいております」
そういやそんな事もあったな。
通りでケルセイの身体から薔薇の香りがすると思った。
肌もツヤツヤ、そしてしっとりしている。
喜んでもらえたようで何よりだ。
まぁその石鹸のせいで、俺はえらい事に巻き込まれたんだが。
……いや、石鹸のせいじゃないな。自業自得だった。
「それは良かったです。それで、ケルセイさんはブリッジポートで何を?」
「やだなぁ、私がいるという事は商売に決まってるじゃないですか。農産物を売りに来て、日持ちのする乾物などの海産物を買って帰ろうかと思ったんですが、どうやらタイミングが悪かったようですね」
「あぁなるほど。海賊のせいみたいですね。まぁ一部の店はどうにか仕入れて販売できているようですけど。昨日、初めてタゴン焼きを食べましたよ」
「今まで何度かそういう話は聞いたことありましたが、この様に長引いてるという話は聞いたことがありません。全くもって迷惑な話で……。タゴン焼きというと、《オクタゴン》のタゴン焼きでしょうか? あそこのタゴン焼きは最高ですよねぇ」
海賊は珍しい話ではないのか……。
ケルセイの口ぶりからすると、直ぐにいなくなる事が多かったのかな。
衛兵に捕縛されたか、沈められたか。
どっちにしても迷惑な話だ。
「いえ、街の北側にある、宿屋の近くの屋台で売ってたやつですね。残念ながら《オクタゴン》は閉まってましたので」
「おや、そうでしたか。それは不思議な事もあるものですね」
「不思議なこと? どういう事ですか?」
「いえ、なんでもありません。きっと何かの事情があるのでしょう」
その後も他愛ない話を数分した後、商業ギルドのギルドマスターが来た為、ケルセイとはそこで別れた。
別れ際にまだまだ余っている石鹸を、奥さんにどうぞと渡すと、すごく喜んで貰えた。良かった良かった。
「強力な同業者が現れましたねぇ」と、勘違いした様子でケルセイは去っていった。
俺が商業ギルドにいるものだから、商売でも始めると思っているのだろうか。金は《迷宮発見者》の収入のおかげで唸るほどある為、商売を始める気なんて全くないのだが。
冒険者ギルドの時と同じ様に、応接室へ案内された。




