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145話 静電気とアスタール



俺たちが造船ギルドから戻ってくる頃には昼食時も過ぎ、賑やかだった酒場にも静けさが戻って来ていた。


「はい、確かに、クラウスさんのサインですね。ご苦労様でした」


クラウスにサインをしてもらった書類を提出する。

ノーチェと花ちゃんは酒場で休んでいる。

手際良く手続きをしていく冒険者ギルドの職員。


「いえ、ありがとうございました」

「さすがは冒険者登録から二ヶ月、史上最速でA等級になったベックさんですね。配達のお仕事もお早いようで」

「あはは……」


そう言って依頼の褒賞を渡してくるのは、ブリッジポートの受付であるサムだ。女性ばかりの冒険者ギルドでは珍しい男性の受付である。


整った顔立ちに茶色の長髪、鍛えられた筋肉は服の上からでも隆起しているのがわかるが、筋肉ダルマと言うわけでもなくどちらかと言えば細マッチョ寄りだ。


如何にもモテそうなイケメン。

女性冒険者に人気らしく、俺の前に並んでいた冒険者は全員女性だった。


貰った褒賞をバレないようにマジックバッグの中にしまっている時、「あっ」と何かを思い出したサムが言った。


「そうだ。造船ギルドという事はクラウスさん、忙しそうにしてませんでしたか?」


忙しそうというか、ブラック企業だったな。

36時間勤務なんて、俺だったら一週間で逃げ出すね。


「かなり忙しそうでしたよ。昨日の朝から働き詰めって、黒いバンダナを巻いた人が嘆いてました」

「黒いバンダナ……、あぁ、ジャックさんですね。ここ半月程でかなりの船が犠牲になりましたから、修理依頼が立て込んでしまってるのですね。と、言う事は当ギルドの船の修理はいつになる事やら……。本当なら直接出向いて進捗を聞きに行きたいのですが、クラウスさん、怖いんですよねぇ、あはは……」


人をダシに使うなよ……。

まぁいい。それにしてもやっぱりこの街は訳ありみたいだな。


「犠牲って何かあったんですか? この街の雰囲気というか、港町なのに海産物が店に並んでない事に関係があるんですか?」

「ベックさんは今日来たばかりでしたね。この近辺の海に海賊が出るようになったんですよ。かなりの漁船が犠牲になってしまいまして……。なんとか逃げ延びた船も被害が大きく、造船ギルドで修理中ということです。当ギルドの《海底神殿》行きの定期船も襲われまして、幸いな事に冒険者には犠牲はありませんでしたが、船の方は……。なので現在は《海底神殿》も挑戦不可になっております」


まじかよ。目標の一つでもあった《海底神殿》は、いま行けないのか……。これじゃあ船に乗りたいって言ってた、愛する我が娘の花ちゃんの望みを叶えることができないじゃないか。


「海賊……ですか。じゃあ海岸沿いに漂っていた船の残骸も……」

「えぇ、沈められた船の残骸ですね」


海賊って事は、人間が悪さしてるって事だよな。

この世界の海って誰が取り締まってるんだ?

海にも陸地みたいな衛兵とかの統治機構はあるのだろうか。


「じゃあそいつらのせいで、楽しみにしてた海鮮食えないってことか……」


チクショウ。食べ物の怨みは恐ろしいんだぞ。

それに《海底神殿》にも行けないし、花ちゃんの望も叶えられないなんて、この街に来てやりたかった事が全部潰されているじゃないか。


「パパ〜、怒ってるの?」


いつのまにか近くに来ていた花ちゃんが、心配そうに声をかけてくる。

どうやら俺が拳を握りこんでいる事を心配しているようだ。


「ちょっとだけね」と花ちゃんに返事をし、海賊をどうにかする目処は立っているのかと、サムに問いかける。


「三日前、領主様のお屋敷の衛兵、五十名が取り締まりに出航したのですが、未だに帰って来ておりません。それに

昨日も海賊船の目撃情報が上がっていますので、恐らくやられてしまったのではないかと……」


衛兵が向かうって事は、海上保安庁みたいな組織はないのか。

陸地で稽古している衛兵が、船に乗って直ぐに戦えるかと言ったら微妙なところだろうな。


「今のところはベックさんのように、この騒ぎを知らずに街にいらっしゃる方も多いので人は多いですが、早めに手を打たないとブリッジポートはゴーストタウンになってしまいます。それに《海底神殿》に致しましても、長い間出入りがない場合、魔物災害が起きてしまう可能性もありますので、ギルドとしても対応に悩んでいる次第です……」


精神体系の魔物が溢れ出て来たら、それこそ本当にゴーストタウンになっちまうな。


「サム君。おしゃべりはその辺で終わりに致しましょう」

「あっ! ギルマス!」

「サム君。私の事はアスタールさんと呼べと言っているでしょう」

「申し訳ございません……。アスタールさ……ん」

「よろしい」


この人がブリッジポートの冒険者ギルドのギルドマスターか。

なんて言うかすごい弱そうだ……。


ガリガリの身体に小さい体躯。

身体に比べてでかい頭が、その異様さを際立たせている。

顔はカエルにそっくりだ。

正直言って、なんでこの人がギルドマスターなのかわからない。

強者特有の匂いみたいなものが全く感じられないのだ。


「そんなに私がギルドマスターをやっているのが不思議ですか? A等級冒険者『雷帝』ベックさん」


やばい。じろじろ見過ぎたか。


「何も腕っ節だけがギルドマスターの条件ではありませんよ。この海洋都市ブリッジポートは商業街の側面も大きい。アンブリックさんのように、頭の中まで筋肉のような人にはできない仕事もあるのです」

「なるほど、そう言う事ですか。俺もあの爺さんの頭の中が筋肉なのは激しく同意します」


俺はあの爺さんに殺されかけたからな。


「貴方とは気が合いそうですね。私は事務員上がりですから、戦闘は得意ではないのですよ。肉は肉屋にと言いますように、肉体労働はお任せします」


なんだっけ、似たような諺聞いた事ある気がする。

餅は餅屋だっけ?

専門家に任せろって意味だっけな。


「と、言う事で、貴方に指名依頼ですよ。ベックさん」

「……」

「この地方の領主様であるフレデリカ=ナーナイル様より、海賊討伐の依頼が入っております」

「……それって断れないんですかね?」


フレデリカ=ナーナイルって、ミーアの母親だよな。

確か全てを見透かすような、不思議な眼を持った女性だったはずだ。


「断ってもいいかもしれませんね。貴方にはもう冒険者としての地位も名誉もある。冒険者は命あっての物種です。無理だと思ったのであれば断ったとしても誰も咎めることなんてしないでしょう。ですが断れば、この街の今の戦力ではいつまで経っても海賊を討伐する事は出来ないかもしれませんね」

「何故ですか? 高難易度迷宮があるこの街になら、腕利きの冒険者がいるんじゃ?」

「それが残念な事にですね、戦力になりそうな冒険者は《海底神殿》に取り残されてしまってるんですよ。これではベックさんの目的も達成できないかもしれませんね」


気持ち悪くニヤリと笑うその姿はまさにカエルだ。

ほんっとタイミングが良いんだか悪いんだか。

海賊をなんとかしないと、海鮮を食べるのも花ちゃんの船に乗りたいと言う願いも叶わないわけね……。


「人が悪いですよギルドマスター」

「ベックさん、私のことはギルドマスターではなくアスタールさん、と呼んでくださいね」


はぁ、これじゃあ断れないじゃないですか。


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