138話 静電気と初夜①
湯船になみなみと張られた、少し熱く感じる湯から立ち上る湯気は、窓から迷い込んだ風に煽られ儚く消える。
新居の風呂場は、高級宿屋に併設されていた大きな浴場程ではないが、一軒家には少々広過ぎる石造りの立派な風呂場だ。
備え付けの魔工具であるシャワーの水圧も心地よく、風呂好きの俺にとっては堪らない空間が広がっていた。
俺が好きな温度に程良く熱せられた湯に、肩までどっぷりと身体を浸からせると、俺の全身はその温度にあてられて弛緩し、緩んだ細胞や意識の隙間からは、ここ最近のあらゆる疲れが流れ出るような、そんな至福の時間を味わっていた。
「はぁ〜癒されるぅ〜」
夕食時になると、本日の仕事を終えたライアとニエヴェも合流し、パーティメンバー全員で夕食をとった。
夕食はノーチェのリクエストもあり、ハンバーガーにした。急遽手持ちがなかったトマトに似た野菜であるトメトを、言い出しっぺであるノーチェに買いに行かせ、夕食と相成ったわけである。
どうやらこの間のドルガレオ大陸の冒険の時に食べたハンバーガーの味が忘れられないようで催促されたのだ。今回はフライドポテトも付けて完全なるジャンクフードの完成だ。
惜しむらくはコーラがない事なのだが、無い物をねだっても仕方ないので、マジックバッグの中にあったオレンジのような果物を絞った果汁を飲み物にした。
いつかあの味を再現したいものだ。
夕食の後は個人の時間だ。
いつのまにかパーティメンバーに割り振られていた部屋に各人が戻ると、俺はテーブルの上に残った食器を台所に置き、風呂の準備を始め、先程沸いたばかりの一番風呂へと洒落込んだのだ。
「やっぱり、風呂の中が一番落ち着くな……それにしてもあいつらもしかして住み着くつもりか?」
勝手に人の家の二階を占拠した仲間の顔を思い出しながら、湯船のお湯を両手で掬い、ぱちゃりと顔を流す。
「濃い二ヶ月だったなぁ……」
金木犀の香りのする石鹸でしっかりと身体の汚れを落とし、この世界にきてからのことを思い出しながら湯に浸かること二十分程、じんわりと額に汗をかきはじめた時に奴はやってきた。
「家を買うなんて聞いてなかったぞ。少しくらい相談くらいあっても良いんじゃないか?」
「◎△$♪×¥●&%#?!」
俺はその突然の出来事に声にならない声をあげ、浴槽の中で全身を隠すように体育座りをした。
「俺が入ってるのになんで入ってきてんだよ、ライア!!」
「お前がいつまでも入ってるのが悪い。私だって今日一日ずっと魔吸虫の毒絞りで汗をかいたんだ。早く風呂に入りたいだろうが」
ったく、魔族ってやつは何百年も生きてると羞恥心って言うものがなくなるのか?
長い髪を巻き上げたライアは、その豊満な身体を薄いタオル一枚で隠している。
いや、正確に言うと隠しきれてはいない。ところどころがはみ出ているため、童貞の俺にとってはかなーり目の毒だ。
シャワーの前に歩いて行くライアの背中を浴槽からちらりと覗き見る。
タオル越しでもわかるすらりとした身体に、引き締まった官能的な臀部、不躾だとわかっていても見つめてしまう魅力が彼女にはあった。
(い、いかん……。このままでは事故が起きそうだ……)
ライアが身体を洗っている間に、元気になりかけている我が息子を抑えながら、こっそりと風呂場を後にしようとすると、「待て、話がある」と呼び止められた。
「な、なんだよ」
「……これからどうするつもりだ?」
「これから? 普通に冒険者やるつもりだけど」
湯気で顔は見えないが、何か迷っているような声色だ。
「ライアこそどうするんだ? 血清が出来たらまた魔法学校に戻るのか? 別に心配しなくても俺はライアが原初の魔法使いだって言いふらす気は無いよ」
「そ、そうか……」
ライアはそう言うとしばらく無言のまま、身体を洗っていく。
頭部から始まり、腕、腹、背中、脚と順序良く、だ。
その姿に見惚れながらも、別段興味がない素振りをし、極力平静を装いつつ身体を温める。
度々見え隠れするライアの何か言いたそうな雰囲気に、俺は無言で浴槽の中で待つと、身体を洗い終わったライアがあろうことか俺が入っている浴槽の中に、しゃなりと身体を滑り込ませてくるではないか。
俺は慌てて距離を取り、なるべく端に寄るも、所詮は民家にある風呂だ。
少し手を伸ばせば届く距離に彼女がいる。
心臓の鼓動が早くなり、今にも逃げ出したい気分でいっぱいだ。ここで手を出す勇気は俺にはない。自慢じゃないが彼女なし=年齢、もう三年もすれば魔法使いと呼ばれていたであろう男だからな。
「はぁ……」
湯に浸かった彼女が気持ちよさそうに小さく息を吐いた。
湯から出ているライアの肩や顔は紅く上気し、湯けむり越しに見る彼女の肢体は非常に艶かしい。
綺麗な女性と湯船に浸かっていると言う、理解できないこの状況に、風呂に入ってさっぱりするつもりだった俺の身体は、居心地の悪い非常に嫌な汗をかいてしまっていた。
「いつまでも黙っていても困るぞ」
目の前の光景に俺の精神力が持ちそうにない。
「……そうだな。すまない。実はだな──」
ライアがなにかを言いかけたその時、「きゃああぁあぁああああ!!!」というニエヴェの叫び声が家中に響き渡ったのだった。




