131話 静電気と目的
『此度の件、あなた方には返しきれない程の恩を頂いてしまった。感謝してもしきれんわい』
『俺からもお礼を言わせてもらう』
キイカデ、トヒノキ両名が深く頭を下げ謝辞を述べる。
言葉がわかっていない俺以外のメンバーもニュアンスだけは伝わったようで、四人とも同じ様に頭を下げた。
『そこでなのじゃが、何かお礼をできないかと思ってのぉ。ささやかなものなのじゃが、受け取ってはくれんかね?』
キイカデが『頼む』と言うと、オダエが奥の小部屋に入り、小さな麻袋を持ってきた。
「これは……」
「うげっ!」
「うわぁ〜……」
「かわいいね!」
手渡された俺たちにとっては大きいその麻袋の中を覗くと、わしゃわしゃと蠢く見覚えのある虫がみっしりと詰まっていたのだ。
麻袋の中に入っていたのは、ダンゴムシによく似た、この土地に来た理由の一つでもあった魔吸虫だった。
『えーっと、私たちが魔吸虫を探しているってお伝えしましたっけ?』
『そちらに在わす魔王様にお伺いしたのじゃ』
『魔王様……?』
思わず聞き返す。
『キイカデのおじいちゃん! 花ちゃんは魔王様じゃないってば!』
『ふぉっふぉ。これは失礼したのじゃ。魔王様』
『もう! さっきからずっと違うって言ってるのに!』
なるほど、花ちゃんの事か。
花ちゃんは白いほっぺたを紅く膨らませながら、腰に手を当てぷりぷりと怒っている。
尊い。ただひたすらに尊い。
魔王様と言う言葉に少々驚いたが、ステータスボードに書いてあった《魔界草変異種:魔人形態(王種)》を見るに、花ちゃんはそう言う存在になったのだろう。魔樹人たちの言葉もわかるようだが、この辺は賢者のおっさんの力によるところが多いような気がする。
「ライア、思わぬところで魔吸虫が手に入ったな」
「あぁ……。本来ならこの大陸の中心に近い魔力の濃い森にしかいないのだがな」
魔吸虫が動く麻袋を覗き込みながら話していると、『どうした? 気に召さなかったか?』と、トヒノキが心配そうに声をかけてきた。
『いえ、私は魔吸虫がこの大陸のもっと奥の方にしか生息していない生物だと聞いていたので……』
『あぁ、そう言うことか。この魔吸虫には我々も世話になっているんだ。この神樹から洩れる樹液を吸いによく来るのだよ』
トヒノキと会話をしていると背後から「そうか!なるほど」と言う声が聞こえた。
顎に手をあて思案顔だったライアが、眩しい笑顔でこちらを見ていた。
「ベック、神樹だ。この地に佇む荘厳な樹が魔力を吸い上げているお陰だったんだ!」
「何の話? 急にそんな事言われても全くわからないんだが……。鼻の穴膨らんでるぞ」
「ずっと不思議に思っていたんだよ。まだ私がドルガレオ大陸で生活していた時は、荒野にも嘆きの樹海にも迷宮はなかった」
「はいはい、それで?」
「魔力を吸い上げるこの神樹があるからこそ、魔力を必要とする迷宮ができなかった。魔力を蓄えている神樹があるからこそ魔力を吸って生きている魔吸虫が生息するに至ったんだ」
あぁそうか……。
ライアはキイカデ様が何を言ってるかわからないんだった。
俺が聞いたこと伝えておけばよかったな。
「取り敢えずこれで、ペルシア様の小鬼病は何とかなるかな?」
「あ、あぁ、十分だ。これだけあれば十分な量の血清が作れると思うぞ」
「じゃあこれでやっと地下街の皆さんを助けることができるんですね! ここから先は私の仕事です! 力一杯頑張ります!」
「ちぇー。これで目標達成かぁ。俺っちはもうちっと冒険したかったなぁ」
「まぁ、先代勇者の事もあるし、今回の件も合わせて冒険者ギルドとか王国に伝えたらまた来る機会もあるんじゃないのかな。大陸が迷宮化することなんてない事なんだよな? だから調査隊みたいなのは出るんじゃないのか?」
「そうかもなぁ。ドルガレオ大陸の魔物がオレガルドに向かって魔物災害なんて起きたら大変なことになっちまうしな」
「今までそれがないってことは、しっかりと勇者が働いているってことじゃない? 心配するに越した事は無いけど」
花ちゃんとも合流できたし、目的の魔吸虫も手に入った。
もうこの大陸には用はない。
だが神樹の樹液と葉っぱが気になる。
それも貰えないか交渉してみるか。
『どうした? 気に入って貰えたのなら嬉しいのだが』
『助かりました。ついでと言ってはあれなんですが、先ほど仰っていた樹液と神樹の葉も少し頂いてもよろしいでしょうか……?』
『少量であれば問題はないと思うが……。親父、問題はないか?』
『良いじゃろう。これからは雨も降るしの。樹液で生き長らえることもなくなるじゃろうて』
『ありがとうございます!』
俺自身も沢山の課題が見えた。
本格的にレベル上げと、更なる魔法の開発に乗り出しても良いかもしれないな。
さて……早い事、王女様に血清を届けてあげたいところだ。
未だ外からは幸せそうな笑い声が聞こえる。
それは陰鬱な気分になりがちな雨の音さえも、楽しげな音楽に変える祝福の歌。
その雨は大地を潤し、渇いていた魔樹人たちの心も身体も潤すだろう。
こうして、長いようで短かったドルガレオ大陸の旅は終わったのであった。




