130話 静電気と雨
長い年月をかけ雨風に吹かれたせいか、その城の城壁は崩れ、棘の生えた蔓がその隙間に入り込むように自生し見事な赤い花を咲かせている。
数百年以上前に城主の失った、この古びた城は不気味なほど静まりかえっていた。
普段であるならば魔物や野生の生き物が入り込み、その鳴き声などで命の活動を感じるのだが──、
今、この場で、この時だけはこの古城のどこからも一切の生命活動を感じる事はなく、周囲に広がった森と同じく森閑とした様相を呈している。
その滅びたはずの国の廃城の一室で、四つの影が怪しく揺らめき、埃まみれのテーブルの上に乗った、一つの水晶を覗き込んでいた。
「あれれ〜! なんか普通に負けちゃったよ〜?」
「まぁ明らかに失敗作でしたからねぇ。あれは」
「やっぱり、思いつきで変な育て方しなければ良かったな」
「何言ってるんだよ。勇者を用意したり、ちょくちょく餌与えてたのは僕じゃないか!」
「ほら、なんだっけ。飢えさせればその分凶暴になるみたいな? そんな感じになると思ってたんだけど、あの子は期待はずれだったね〜」
「やっぱり僕が勇者を喰わせたのが失敗だったかなぁ。なんか余計な知恵ついちゃってたし……」
「でもまぁいいじゃないですか。今回は駄目でしたけど、思わぬ収穫があったんですから」
「それって女王様の事〜? 見たの何百年ぶり? というか生きてたんだねぇ〜」
「確かに彼女ほど我々と親和性の高かった魔族はいなかったので、一時期は期待してたんですけどねぇ。ですが今は彼女ではなく、彼ですよ。彼。せっかく長い時間かけて育てたおもちゃを壊してくれた彼。それにあの少女の見た目の魔人。あれは勇者よりよっぽど厄介だと思うよ」
「あは〜。今の勇者はあたし達を見ただけでおしっこちびっちゃってたからねぇ」
「あれはちょっとした障害にすらならないからな。歯向かってきた分、ゆうたの方がまだ手応えがあったよ。まぁだから彼は餌になってもらった訳だけども」
「僕がちょっと払っただけで大怪我しちゃいましたからね……その後に襲われるとは運のない方でした」
「それはいいとして、問題は彼が女神の使いかどうかって事だよ。だとしたら黙って見ているわけにはいかない。私たちもそうやすやすと殺されるわけにはいかないからね」
「まぁね〜。だからこそ、こうやっていがみ合ってた過去を水に流して、集まってるわけだしね〜」
「まぁ敵の敵は味方と言いますからね」
「少しばかり、遊びすぎただけの事。それだけで目くじら立てるとは女神も器が小さい」
「あはは〜! 確かに言えてる〜」
閑散とした部屋の中で笑い声が響く。
それまで戦場を写していた水晶の光が消えると、風に煽られ消える煙のように、すぅと四つの影も消え去っていった。
◇
樹喰虫の襲撃から半日、恐怖から解放された魔樹人たちは、天から降り注ぐ恵の雨を全身に浴び、その喜びに身を震わせていた。
ノーチェも上半身裸になり、激戦で汚れた身体を洗い流していた。
「ひゃっほ〜う! きんもち良い〜!!」
「兄さん。人前でそんな事しないでください!」
「良いじゃねぇか! お前もやれよ! 気持ちいいぞ!」
「やるわけないじゃないですか! ライアさんも言ってくださいよ!」
「ははっ! こういう時くらいいいじゃないか!」
「なっ! ライアさんまで! 風邪引いても知りませんからね!」
「風邪引いたらお前が薬を調合してくれよ!」
「兄さんみたいな馬鹿につける薬はありません!」
「言ったなー! このっこのっ!」
「きゃっ! 濡れるじゃない! この馬鹿兄!」
小さな小屋の窓から見えるその風景に、思わずほっこりとした気持ちになる。
「パパの新しいお友達、面白い人ばっかだね!」
「そうだね。でもちょっと間抜けなのがたまに傷かなぁ」
「おいベック! 俺の耳には聞こえてるからな!」
「それは失礼しました」
うさぎ兄妹に花ちゃんは紹介済みだ。
だが正直なところ、この劇的な変化に俺の心中は穏やかではない。
まさに数時間前、ありのままに起こった事を話すぜ。
俺が知っていた花ちゃんは、ぷっくらとした赤と白の水玉模様の蕾に、これまた肉厚でころんとした、薄いラグビーボールの様な葉っぱの集まった胴体、その下には根の様に幾重にも伸びた蔓が手足の様に器用に動く、大変可愛らしい植物だったはずだ。
ところが、しばらくぶりに会った花ちゃんは植物では無く美少女へと変貌していた。
もう一度言う。
植物では無く、美少女へと変貌していたんだ。
何を言ってるかわからないと思うが、俺も何を言っているかわからねぇ。
ダイエットだとか、プチ整形だとか、そんなチャチなもんじゃ断じてねぇ。
ステータスボードを確認すると、
《魔界草変異種:魔人形態(王種)》と、きたもんだ。
ファンタジーという恐ろしいものの片鱗を味わったぜ……。
めちゃくちゃ可愛いから、俺的にはオッケーなのだが。
………………
…………
……
……冗談はさておき、集落の様子はというと──、
俺が迷宮核にとどめを刺した直後、周囲にいた樹喰虫も迷宮核と同様に黒い霧になって消えた。
このドルガレオ大陸に入ってからずっと感じていた(俺は感じていないが)空気の重さは、迷宮核が消えると同時に霧散したらしい。
賢者のおっさん曰く、迷宮じゃなくなったからだろうと言う事だった。
迷宮内の天候はあまり変わる事はなく、ずっと雨が降り続ける迷宮もあれば、雨が全く降らない迷宮もある。
もちろん荒野の時に降った酸の雨の様な、特殊な雨や面白い天候なこともあるようだが、基本的には同じ気候がずっと続く様だ。
そんなこんなで無事神樹も守られ、そこから数時間は、空から降り注いだ蟻酸や樹喰虫に食い荒らされた建物などの補修作業に時間を費やすことになった。
あらかた作業が終わり、集落の補修が落ち着いた頃、天の恵みとも言える長い間降らなかった雨がこの集落に降ってきたのだ。
雨が降ってしばらくすると、久し振りの可愛い可愛い花ちゃんとの逢瀬を邪魔する様に、ズシン、ズシンと地面が揺れた。
『おーい、ちんまいのいるかー?』
神樹の葉を加工した槍を背負った魔樹人であるオダエと、その姉である弓使いのコキミが集落の端に場借りしている俺たちの小屋へとやってきた。
『トヒノキさんの具合はどうですか?』
『兄貴は大丈夫だよ。そのうち良くなる。何たってもう、雨が降るんだからな』
『ほんと、あんた達には感謝しかないよ』
オダエとコキミがまるで土下座をする様に頭を下げた。
『いえ、そんな頭なんて下げないでください。みんなが頑張ったから今があるんですよ』
ちょっと臭いかな、と思いつつも、同じように頭を下げた。
『それで、どうかしたんですか?』
『あぁ、長がどうしてもお礼をと』
『わかりました。向かいますね』
『ありがとう。本当にありがとう』
『どういたしまして』
長の家に向かう途中、さまざまな魔樹人たちに囲まれ、ひっきりなしにお礼を言われた。
怪我人は出たが奇跡的に犠牲はゼロで済んだ。
本当に良かったと思う。
オダエの案内で中に入ると、そこにはトヒノキとキイカデが待っていた。




