126話 静電気と神樹⑩
「うまそうな匂いがすると思ったら、根を張る者以外にも、これがいるじゃないか。何という幸運」
寒々とした冷たい声が集落に響く。
黒い髪に黒い瞳、その中性的な顔立ちはまるで日本人の様な出で立ちだった。
この大変な事態に表情一つ変えずこちらを見る人物は、まるっきり裸。
その体型から判断できるのは男性だと言う事だ。
細マッチョといったところか。
「おいおい! 俺っちたち以外にも客がいたのか? 裸で何してんだよ! さっさと逃げろ!!」
「早くこちらへ! そこは危険です!」
「危険? 危険とは何の事だ?」
ノーチェとニエヴェが裸の男に声をかける。
男の背後には、樹喰虫が迫ってきている。
しかし男は動こうとせず、周囲を見回し不思議そうな顔をしてこちらに向き直した。
数匹の樹喰虫たちが、まるで何も見えていないかの様に、男を避けてキイカデに迫る。
「んなっ!? なんであいつは攻撃されないんだよ!!」
「分からない! それよりも今はキイカデ様を連れて早く逃げろ!」
「こんなでっけぇ奴どうやって動かせばいいんだよ!!」
「あぁ、クソッ! ライア! ここは任せたぞ!」
「ちょっとベック! あいつ、どこかで見たことがあるんだ!」
「話は後で聞く!!」
見たことがある?
どう言う事か分からないが、今はキイカデ様だ。
キイカデ様は何で動こうとしないんだ!
まさか死ぬ気なのか!?
今のノーチェでは、三匹以上の樹喰虫は対応できない。
樹上から見た限り、二匹が限界だ。
(《雷槍》! 《雷装鎧》! 《極限集中状態》!)
無詠唱で魔法を唱え戦闘態勢を整える。
知覚強化魔法《極限集中状態》の影響で時間の流れが緩慢になる。
疾駆し、距離を詰めながら《局所破壊放電》で一匹倒す。
(残り四匹! 当たり前っちゃ当たり前だが、グランドマスターより遅いな!)
ゆっくりと動く残りの樹喰虫の、頭部と有翅体節を《雷槍》で切り離し、頭部を串刺しにして息の根を止め、《極限集中状態》を解除する。
昆虫は生命力が強くしぶとい。
首だけでも動く事がある為、徹底的に破壊する。
現に防衛戦でも、手痛い反撃を食らう魔樹人を見ている。
「!? ベック、いつの間に!」
急に視界に現れた俺にびっくりするノーチェだが、相手にしている暇はない。
「いいから手伝え! キイカデ様を移動させるぞ!」
膝をつき蹲るキイカデ様を、なんとか移動させようとするもビクともしない。仕方なく近くにいた逃げている魔樹人にお願いし、無理やり連れて行ってもらう。
『神樹が……神樹が、悲鳴をあげておる……』
『キイカデ様! 神樹は絶対になんとかします! だから逃げてください!』
『ベック殿……』
『早く!!!』
《魔力手》で無理やり押しやり、何とか移動させることに成功する。
(何とか戦場は確保できた……。後は神樹に取り付いている樹喰虫と女王アリ、そして不気味なあいつを何とかしないと……。さっきライアは何を言いたかったんだ?)
まずは女王アリを狙う。
頭上を飛び、先程から魔樹人たちの樹喰虫討伐の邪魔をしている女王アリに向けて《局所破壊放電》を撃ち込む。
雷光が轟音と共に閃き、《局所破壊放電》が女王アリを捉える瞬間、裸の男が間に入り、俺の魔法を右手で弾き飛ばした。
(嘘だろ……。 飛竜の鱗ですら貫く魔法だぞ。無傷ではないといえ、あんだけの傷で済むのか!?)
男の右手の甲には浅い裂傷ができ、そこからはまるで魔物の様に黒い霧が立ち昇っている。
「痛いぞ。これが痛みか……。それに今の魔法は、これの記憶にはない魔法だ」
男は地面に落ちている樹喰虫の魔魂石を拾い、自身の口の中に放り込むと、ボリボリと咀嚼し始めた。
するとどうだろうか。奴が右手に負っていた傷が、みるみるうちに塞がり始めるではないか。
「そんな事はどうでもいい。それよりお前、何者だ? 何で俺たちの邪魔をするんだ」
「邪魔? 邪魔をしているのはお前たちだ。私の食事の邪魔をするな!」
「食事だと? 何訳のわからないことを言ってんだよ。死にたくなかったら、さっさとそこを退け! 神樹が虫に喰われちまうだろうが!」
魔樹人たちだけでは、神樹に取り付いた羽樹喰虫に攻撃が届かないようで、ただ呆然と立ち尽くしてしまっている。
その間にもその頭上からは、女王アリが蟻酸を振りまき、魔樹人たちに被害が出てしまっている。
《魔障壁》でカバーしてあげたいが、目の前の不気味な全裸の男がどう出るかわからない以上、注意を割く訳にはいかない。
人手が足りない。
どうすれば……。
「そうか……思い出した……。ベック、思い出したぞ! あいつは先代勇者だ……」
《魔障壁》に魔力を注いでいるライアが言った。




