119話 静電気と神樹④
立ち止まった俺を見て、ライアは優しく笑いかけてくれる。
これは俺の我儘なのかも……いや間違いなく我儘だと思う。
冒険者と言う仕事は危険な仕事だ。
いくつもの危険を孕む、未開の地への冒険を生業に……、とまではいかないが、魔物退治や危険な場所に生えている薬草の採取、貴族の護衛任務、或いは富や名声を求めて、その依頼によっては常にその生命を脅かされうる仕事だ。
冒険者になる様な人間はその覚悟があったから、それを望んだから冒険者になった、なんていう人ばかりではない。
生きる為、必要に駆られて、それ以外に手段が無かった、夢や希望、そんな事よりも一日いちにち食っていくので必死になって……。
そんな人が多いのも事実だ。
この二人は、どうだろうか。
ここで俺が我儘を言ったら、困らせてしまうだろうか。
そりゃあそうだ。好き好んで死にたがる様な奴はいない。
ましてや、あの巨大な魔樹人たちが、あんなにも慌てるほどの魔物が刻一刻と近づいて来ているのだから。
こんな時、花ちゃんがいてくれたら、背中押してくれたかな。
いつも支えてくれた花ちゃんは今はいない。
胸を張って、花ちゃんを迎えに行く為に。
あ、王女様の薬も忘れてないよ。
それにお父さんとして、かっこ悪い事は出来ないし、したくないもんな。
彼女の定位置である右肩に左手を置き、目を瞑って深呼吸する。
一呼吸置き、目を見開いて言った。
「……俺、魔樹人たちを放っておくことは出来ない」
この時だけは、揺れる地面も、その響く足音も何もなくなったかの様に静かになった気がした。
もしかしたら一瞬だったかもしれない。
でも、その一瞬だったかもしれない沈黙が、やけに長く感じた。
「そうか、そうだったな……ありがとな、ベック」
「……え?」
ノーチェにいきなりお礼を言われた。
「俺っちがこの大陸に来た目的、すっかり忘れるところだったぜ」
「目的?」
「そうだ、目的だ!」
「……私も、薬師として王女様を救いたいって、そう思ったから来たんです。でも王女様救う前に、目の前で困ってる人ほっとくなんて酷い話ですよね!嫌なうさぎになるところでした!」
「助けてやろうぜ! って言っても俺っちたちが役に立つかわからねぇけどな! これも修行だ!」
「みんな、ありがとう……」
「冒険者は自由な職業だ! やるかやらないかは、自分で決めんだよ! お前の提案に、俺たちが乗った。ただそれだけだ!!」
「わかった。もう何も言わないよ。今からまたキイカデ様の所に行ってくる。トヒノキもいるだろうから、ちょっとここで待っててくれ!」
三人にサムズアップして振り返る。
俺はいい仲間に出会えたと、心から思う。
トヒノキの後を追い、元来た道を走り戻る。
◇
扉を叩き、トヒノキに招き入れられ、キイカデの家に入る。
『まだ何か聞きたいことでもあるのかの?』
『あ……いえ、聞きたい事はもうないのですが、俺たちも何か手伝えればと……』
『ほっほ。それには及ばんて。ワシらのことは、ワシらでやる……とは言いたいところだがのぉ。神樹の力が弱まっておる……。もし、ここを樹喰虫にやられでもしたら、それこそもうこの森はおしまいじゃ』
『オヤジ……。ベックよ、さっきの言葉、撤回させてもらっても良いだろうか?』
『もちろんです。俺たちにできそうな事なら何でも言ってください!』
『すまない……恩にきる。早速だが、お互い何ができるか情報の交換をしておきたいのだが』
『わかりました。仲間を呼んで来ます。絶対に勝ちましょう!!』
それから数時間、お互いに出来ること、得意な事、そして周囲の地形や樹喰虫の特性、神樹についてなど様々な情報を交換し、どうやって樹喰虫を退けるか、作戦会議は深夜まで及んだ。
魔樹人族の集落の一角を借り、マジックバッグから出した小屋で、一晩過ごした。
緊張からか、眠りが浅い。
「そろそろ……、時間だな」
「あぁ、絶対に食い止めてやる。ノーチェ、死ぬんじゃないぞ」
「馬鹿言ってんじゃねぇよ。俺っちが死ぬわけないだろ。何たって兎人族で始めてS等級になる男だからな!」
「もしかして、昨日行ってた目的ってそれのことか?」
「そうだい! 笑うんじゃねぇぞ!」
「何で笑うんだよ。笑えるところなんて何処にもないだろ」
「お前って不思議なやつだよな……。兎人族はよ、非力で、臆病な種族だって言われてるんだよ。『兎人族が冒険者? 無理に決まってる』なんて、よく言われたもんだぜ。だけど、お前はそれを言わないよな」
ノーチェは「それによ……」と言って起き上がり、俺もそれにつられて起き上がる。
『そんな俺っちたちを、マスターは育ててくれたんだ。だから強くなることが、俺っちが出来る最高の恩返しだと思うんだよ。だから、戦うんだ」
「ノーチェ……」
「お前にだって負けないからな! 先にS等級になんのは俺っちだぜ!!」
「いーや、俺だね。先にS等級になるのは、このベック様だけだい」
「まったく……朝から五月蝿いよ。何でそんなに元気なんだい?」
「ふぁぁ〜〜。おはようございますぅ」
ライアとニエヴェも起きてくる。
もう間も無く日が昇り、奴らがやってくる。




