11話 静電気と出会い
ボラルスの街を出発して、二時間。
俺のか弱い臀部に細かい衝撃を伝え続けてきた、この憎き馬車から、ようやく降りることができた。
「あ〜、尻が痛い」
岩小鬼を倒しにいった時の馬車はこんなに揺れなかったのだが、ギルドマスターの馬車なだけあって、あの馬車は高級品だったのかもしれない。
この世界にある移動方法は馬車以外に何かあるのだろうか。
馬車があるくらいなので、普通に乗馬も出来るだろうが、練習すれば乗れるようになるものなのか……。
このまま、この座席という座席の無い、硬い床に座らされる移動ばかりだと俺の尻が大変なことになりそうだ。
岩小鬼殲滅戦から、既に二週間経過している。
領主様に感謝されたり、小さい女の子に変態と罵られ衛兵に連れて行かれたり、貰った報酬で装備を揃えたりと、二週間の間に色々あった。
色々あったが、その中でも一番嬉しかったことは冒険者等級が上がった事だろう。
岩小鬼殲滅戦の戦績が評価され、俺の冒険者等級はD級になった。
首にかけてある認識票も銅の認識票になり、燦燦と輝くDの文字が刻まれている。
なんだか大きな事を成し遂げた様な満足感に心躍らせた。
アンブリックはもっと上げても良いと言ってくれたが、依頼達成数が火の魔鉱石の納品だけと少なすぎるため、規定上、上げられるのはD級までのようだった。
こればっかりは仕方ない。ルールはルールだ。
もっと高い等級になれるよう実績を積んでいかなければ。
まだ見ぬ美女が瞳を濡らしながら、俺を待っているはず。
はず……。
それはそうと、俺は今、ウルガ村に来ている。
初めて、俺宛に指名依頼がきたのだ。
まぁ正確に言うと、鉱山を陥没させた冒険者に頼みたいと言う指名依頼だったが。
まさか、鉱山が使い物にならなくなったから仕返しに、損害賠償請求されるんじゃないだろうな……。
それとも、嘘の依頼で呼び出して、村人全員でフルボッコにしようとしてるとか!?
馬車に揺られている間、そんな考えばっかりが、頭の中に浮かんでは消えていった。
◇
「こんにちは、D級冒険者のベックです」
緊張からか俺の声は震えている。思わず発音を間違えてしまった。もういいや、ベックで……。
「よく来てくださった。村長のバガマと申します」
40代くらいだろうか。
肌は色黒、見事なスキンヘッドの男性が握手を求めてくる。
この手を握った瞬間、村人が襲ってくるとかないよな?
周囲を確認しつつ、恐る恐る握手をする。
差し出された右手を握り、握手をする。
ゴツゴツした手の感触が伝わってくる。
きっとこの人も鉱夫なのだろう。
シャツの上からでもわかる、鍛え上げられた筋肉が、その予想を肯定している。
お互い笑顔で挨拶を交わす。
俺の笑顔は引き攣っていたかもしれないが……。
「早速ですが、鉱山の異変とはどう言ったものでしょうか?」
ボコボコにされる前に本題に入ろう。
「その前に、先日は岩小鬼を討伐していただき、誠にありがとうございました。もし襲われていたら、この村はどうなっていたことか……」
おや……?
「いえ……俺の方こそ、鉱山を崩してしまい申し訳ございませんでした」
怨まれていないとしても、大切な収入源の一部を奪った事は確かだ。
この一ヶ月間、戦々恐々としながらも、申し訳ない気持ちはあった。
なので、そこだけはしっかりと謝っておきたかった。
「私達は生きています。その事実だけで良いんです。それに、私達は鉱夫、崩れたらまた掘れば良いだけですから」
村長は優しく声をかけてくれた。
胸のつっかえが取れた気がした。
うう……。
泣きそうです……。
絶対に今日の依頼は達成させねば……。
◇
バガマさんに案内されて着いた先は、岩肌だらけの鉱山。
そのなだらかな斜面の中には不思議な光景が広がっていた。
草花や樹木が生い茂る幻想的な盆地があったのだ。
その盆地の中心部には天を突くような巨大な樹木が、力強く地面に根を張っている。
「異変って何処にあるんですか?」
綺麗な場所じゃないか。
中心に生えた巨木は荘厳で雄大な雰囲気を醸し出している。
周囲の木々は風が吹くたびに、葉を擦り合わせて歌い、草花は風に揺れて、まるで踊っているようだ。
「気がつきませんか?」
「……?」
はて、気がつかないとはどう言うことだ?
「ここは岩小鬼の死体が大量にあった場所ですよ」
岩小鬼……。
死体……。
な、なんだってー!?
じゃあここは、俺があの時魔力を大量に込めた《雷銃》で吹き飛ばした場所なのか!?
あれかたまだ二週間しか経ってない筈だ。
草や花ならまだ理解できるが、目の前にあるこの巨大な樹木は、まるで何百年も前からずっとここに生えていたかのように立派なものだ。
二週間でこんなに成長するなんて事あり得るか……?
いや、ないだろ。
ないない。
ないよね?
いや、でも、しかしだな、ここは魔法のあるファンタジーな世界だ。
何でもありかもしれん。
「私達も最初は目を疑いました。鉱山が崩落して一週間後にはこの状態になっていましたから……」
あぁ良かった。
やっぱりこの成長速度は異常なのね。
そりゃあ異変の調査なんて依頼を出す訳だ。
村人たちがギルドマスターから岩小鬼の討伐報告を聞いた翌日、死体の回収にギルド職員が来る前に、岩小鬼の死体は物凄い速さで成長する草花や樹々に飲み込まれたそうで、気がついた時にはこの状態になっていたようだ。
死体は見つからないし草木は生えているしと、ちょっとした騒ぎになったらしい。
うーん。
さっぱりわからん。
取り敢えず、《探知》で周囲を探ってみるものの、周囲に植物以外の反応はない。
まぁこの辺で魔物といったらウルフ位しかいないんだけどね。
とは言っても岩小鬼みたいに例外もあるからしっかりと調査しなくては。
油断が死に繋がる世界だ。
《探知》の範囲をさらに拡げる。
ん? なんだ?
丁度すっぽりと巨木が《探知》範囲内に入った時、その付け根には人が入れるくらいの空洞があることに気がついた。
空洞内部に意識を向ける。
「巨木の付け根に空洞がありますね」
「空洞ですか? 私達が調べた時はありませんでしたが……」
「魔物が住み着いているかもしれません。俺が見てきます」
何があるかわからないからな。
あ、そうだ。あれを発動するか。
「雷装鎧」
俺はこの一ヶ月間サボらずにしっかりと訓練を重ねてきた。
変態と呼ばれる屈辱と引き換えに手に入れた、新しいこの魔法は《雷装鎧》だ。
《魔力操作》で西洋の板金鎧をイメージしながら、全身を高密度の雷で覆う事で出来上がるその姿は、まさにアーサー王に仕える円卓の騎士。
どうだ、かっこいいだろ。
鎧の内側は魔力で保護しているので内部は快適。
じゃないと蒸し焼きになっちまうぜ。
まじ魔力万能。
その辺の鉄製武器や弓矢の射撃位なら簡単に焼く尽くすことが出来るが、圧倒的な物理攻撃は耐えることができない。
調子に乗って、アンブリックの金剛石製の巨大槌で殴ってもらった結果、死にかけたのはいい思い出だ。
あの時は本当に死ぬかと思った。
二度とやらない。
バガマさんに心配そうな眼で見られながら、一歩一歩、中心の巨木に向かって歩いていく。
巨木の根元には、《探知》で調べた通り、身長178センチメートルの俺が通れるくらいの隙間があいていた。
恐る恐る中を覗き込む。
そこには植物の様なものがひっそりと生えていた。
なんか最近テレビで見たことある植物だな……。
今地球では、若い女性に多肉植物が人気らしく、その中で特集されてた植物に似ている。
何だっけな……。
そうだ! 《ビアホップ》だ。
肉厚の葉っぱがぷっくりしていてとても可愛かった。
だが俺が知っているビアホップと違うのは、上に咲いている花の色とサイズ感だ。
本来の《ビアホップ》ならば、ずんぐりむっくりした茎の上に咲いているのは小さな花。
だが目の前の植物の花の部分は赤一色ではなく、白い水玉模様の、拳大の大きな赤い蕾が付いている。
蕾の大きさは、茎とも言える、多肉植物特有のぷっくりした葉っぱの部分と同じくらいの大きさで、蕾を頭に見立てるとしたら正に二頭身、雪だるまのようなシルエットになっている。
蕾と茎の部分を合わせると全長は三十センチほどだろうか。
『…――。…………――』
ん?
「バガマさん?何か言いました?」
何か聞こえたような気がして、後ろを振り返って聞いた。
が、そもそも危ないから離れてもらっていたので、《雷装鎧》の放電音も合わさって聞こえるわけがなかった。
「まぁ危険なものじゃなさそうだな」
《雷装鎧》を解除して立ち去るため振り返る。
「特に危険はなさそうですよー!」
バガマさんを安心させようと、大きな声で手を振りながら叫ぶ。
「――! ――――!」
ん? なんだ? 何言ってるかわからないな。
バガマさんがやけに焦った顔で叫びながら俺の事指差してるな。
あぁそうか!
ふっ。俺の《雷装鎧》そんなにカッコよかったのかな。
いや〜苦労した甲斐があったなあ。
「ベックさんうしろおおおおおおお!!!」
バガマさんが物凄いスピードで叫びながら走ってくる。
後ろ?
後ろが一体何だって……。
ヒュッ!
洞窟内から伸びてくる複数の蔓に一瞬で脚を捕らえられ、宙吊りにされる。
くそっ!
油断した!
あいつは植物系の魔物か!
足に絡まった蔦を斬ろうと《雷槍》を発動しようとした時だった。
「サンダーラn……」
『パ……パ…………』
ん?
『パパ……!』
シャベッタアアアアアアアアアアアアア!!!
それが俺の初めての《×××》との出会いであった。
誤字脱字、感想などお待ちしております。
面白いと思って頂けたら評価、ブックマークよろしくお願いします。
最後まで読んで頂き、ありがとうございます。