10話 静電気と帰還
「もうすぐじゃ」
鉱山に一番近い村にアンブリックと向かった。
どうやら村人の安否を確認するのが目的のようだ。
鉱山沿いを馬車で少し進むと、鬱蒼とした森の一角を切り開いてできた土地が見えてきた。
掘った穴に丸太を差し込んでできた頑丈そうな壁に囲まれた、木造建築の家が建ち並ぶ小さな村、ウルガ村だ。
家の一部は石造りの煙突できており、そこからは煙が立ち上っている。
木造建築の家の窓からは、金属を叩く高音が漏れ出し、重なり合うその音色はまるで音楽を奏でているようだ。
遠目から見える村の入り口では、武装をした不安そうな顔の男達が集まって、何やら話し合いをしている模様だ。
先程まで鉱山の近くで起きていた事情を知らない彼らは、俺が起こした爆発と衝撃について警戒しているようだった。
アンブリックが、岩小鬼がいた事とそれを討伐した事を説明すると、村人達は安心した様子だった。話を聞くと、どうやらつい先日も襲われたらしい。御礼の代わりに村で休んでいって欲しいと誘われたが、村人の安否の確認ができた以上、いつまでもここにいる必要はない。
急いでボラルスに戻り、報告する必要があると言って断り、街へ戻った。
◇
街へ戻ると、防衛準備が完了したのか、衛兵や冒険者達が南門に集結していた。
門の周りには金属や木材でバリケードが組まれている。遠目から見てもわかるくらい、彼らの顔は、街を守るという使命を果たそうと、燃えるような熱気を帯びている。
帰ってきた俺たちを確認した衛兵達が、慌てて奥に走って行った。
その報告を受けたであろうリックが、不安そうな顔で駆け寄ってくる。
「こんなに早く戻ってくるとは……まさか討伐失敗ですか!?」
「いや、終わったぞい」
「終わった……まさかギルドマスターでも倒せない程の数が街に向かっているんですか!?」
「落ち着いてしっかりと話を聞かんか……。もう倒してきたと言う意味じゃ」
「……え? 倒した? もう倒して帰ってきたんですか!? 百五十匹はいたんですよね!?」
「実際には二百匹以上いたがの。小僧が殆ど倒してしまったわい」
アンブリックはちらりとこちらを見た。
物足りなさそうな、不満そうな顔をする。
おいおい。欲しがるんじゃないよ。
「ベックが倒したのか!やっぱりすげー奴だな!」
あっちの世界にいた時は、滅多に褒められることなんてなかった。
手放しで褒められると何だかむず痒い。
リックが大声で褒めるものだから、周辺がざわつく。
「あいつ、昨日冒険者になった新入りだよな?」
「大方、ギルドマスターが弱らせたのを横から倒したんだろ」
「いや、でも昨日見たアイツの魔法は強力だったぞ」
「確かに! あり得ない話じゃないな」
周りの冒険者からはいろいろな声が聞こえる。
中には認めてくれているような、会話も混じっているのが少し嬉しい。
でもまぁ俺だって当事者じゃなかったら、『んなわけあるか』って思うかもしれないからな。
無視を決め込むとしよう。揉め事なんて起こしたくないからね。
アンブリックが冒険者達に防衛体制を解く様に伝えると、瞬く間にその事実は街の隅々まで伝わり、街全体に安堵の声が上がった。
報告を聞いた住民達は、街中央の避難場所から離れていく。
その波をかき分けるかのように馬車で冒険者ギルドに戻ると、何処からか帰ってきた事を聴きつけたティリアと、他のギルド職員が出迎えてくれた。
ティリアさんはいつ見ても可愛いなあ。
昨日のことを思い出してしまった。気付かれないよう、右手のクンカクンカする。
それにしても数時間前に出発したばかりなのに、何だかとても懐かしい感じがする。
無事に帰ってこれて、本当に良かった。
「ギルドマスター、お帰りなさいませ。お二人とも、お怪我はございませんか?」
「大丈夫じゃ。ワシも小僧も怪我ひとつないわい」
「無事でよかったです……。冒険者になったばっかりのベックさんを連れて行ったので、とても心配したんですよ?」
「ふぉっふぉっふぉ。心配……のお。お主はこのこやつのえげつなさを知らんから、しかたないの」
「……? とりあえず今日はお疲れだと思いますので、報告書は私が作成します。お話だけ伺ってもよろしいですか?」
街に帰ってきて、ホッとしたのも束の間。
ティリアに応接室に連れていかれ、詳細の説明をする。
実際に岩小鬼の大軍を発見し、殲滅するまでの時間は一時間くらいしかかかっていないが、周囲の状況や地形、ギルドマスターとの会話などを事細かく聞かれ、終わるまでに、かなりの時間がかかってしまった。
俺の話を聞いたティリアは、地形を変えてしまった話の辺りから、なかなか信用してもらえなかったが、隣にいるギルドマスターの、真面目な顔を見てすぐに納得したようだ。
防衛作戦に参加した冒険者には、戦闘はしていないが準備を手伝ったということで、報酬が支払われるとの事で、すでに報酬をもらった気になっている冒険者の一部は、酒を片手に宴会状態となっており、冒険者ギルドの食堂はお祭り騒ぎとなっている。
実際に戦闘した俺には参加報酬に加え、討伐報酬が支払われるようだ。
◇
解放された後は部屋に戻ることにした。
しばらくするとギルドから間借りしている部屋に影が差し込み始める。
窓から見える、夕陽が沈む空は、茜色と薄い青紫の竜胆色が混ざり合い、雲の流れと共に、時間の流れも教えてくれる。
「もう夕方か……。しっかし、今日は本当に疲れたぁ~……」
肉体的な疲れではなく、精神的な疲れが溜まっている。
そりゃあそうだよなあ。
この世界に来てから、初めて尽くしだ。
でもまぁこの状況をまだ楽しめているから、マシなほうだな
(外も暗くなってきたな……。夕飯時か)
昨日は風呂にも入らず寝てしまったため、二日間分の汗やら泥やらで身体が汚れている。
綺麗好きって訳でもないけど、風呂には入りたい。
汚い状態で寝るなんてまっぴらごめんだ。
そもそも風呂ってあるのかな?
心配になって来た。水浴びだけってことはないよね?
今の俺はこの世界のことについて知らない事が多すぎる。
何とかして情報を集める必要があるなあ。
明日は情報収集をメインに活動しようかな。
「お風呂とかって入れる場所ありますか?」
「お風呂ですか……?」
受付にいたティリアに聞いてみると、やはりお風呂は贅沢品のようで、貴族の屋敷とそれなりの値段のする宿くらいにしかないようだ。
シャワーならあるみたいだが、案内されたシャワー室で出てくるのは水だし、備え付けの石鹸も粗悪品らしく、全く泡が立たない。何とか時間をかけて体の汚れを落としていった。
日本人だし、やっぱり綺麗に身体を洗って、温かいお湯のはった湯船にゆっくり浸かりたいものだ。多少の不満は残るがシャワーで汗を流し、さっぱりした後は夕食をとることにした。
外の屋台も魅力的だ。
が、今日は疲れて歩くのも面倒なので、冒険者ギルドの食堂で食事をするとしよう。
いまだに食堂はお祭り騒ぎの冒険者たちで賑わっているが、なんとか空いている端の席に腰掛けると、朝も居た猫耳美少女が声を掛けてくる。
「いらっしゃいですニャ。ご注文はニャににしますニャ?」
お、おい。今聞いたか!?
「食べたいものはあるかニャ?」
一瞬、聞き間違いかと思ったが違う。
語尾に『ニャ』だと!?
アニメの世界だけかと思っていたが、実際に聞くと可愛すぎる!
あまりの可愛さに机に顔を伏せながら悶えていると、『早くするのニャ、忙しいのニャ』と怒られた。
慌ててテーブルを見回すがメニューがない。
朝はリックが注文してくれたので気にしていなかったが何を頼めばいいのかわからない。
ふっ。こうなったら仕方ない。
必殺技を使うとしよう。
食らうが良い!
「何かオススメはありますか?」
必殺技!オススメありますか攻撃!
迷った時はこれに限るぜ!
「あたしは肉が好きニャ!」
「じゃあオススメの肉料理で!」
間髪入れずに即答する。
「わかったニャ。あたしのおススメをお持ちするニャ! 飲み物はどうするニャ?」
ふむ、飲み物か。
一難去ってまた一難だな。
ここは酒場だから、酒を適当に頼むのがいいのかもしれないけど、酒はあまり好きじゃないからなあ。
色々聞いた挙句、水をお願いする事にした。
舌打ちをされた気がしたが、気のせいだ。きっと気のせいだ。
果汁やミルクもあるようなので今度はそれを頼もう。
因みに水はタダのようだった。
『お酒が飲めニャいニャんて、おこちゃまだニャ』と笑われたが、マーライオンになるくらいなら飲まない方がいい。それくらい酒は苦手だ。
それにしても猫耳娘いいなあ。
シャム猫のような、あのふさふさした灰色に近い薄茶色の尻尾を、もふもふしたい。
この子の容姿はどちらかというと猫に近いが、街で見かけた猫耳娘は人に近かったな。
人間とのハーフだと、人間寄りになるのかな? それとも遺伝的な所が関係しているのかな。
ちなみに僕はどちらでもイけます。
てへぺろ。
なんにせよ、猫耳ともふもふの尻尾が可愛すぎるのでずっと見てられる。
他の冒険者がサーシャちゃんと呼んでいる。
そうかサーシャちゃんと言うのか、いい名前だニャア〜。
ちらちらとこちらを見る冒険者たちの視線を躱しながら料理を待つ。
何やら「あいつには近寄るな」とか、「無詠唱」とか聞こえるが気にしないでおこう。
恐らくは、パコとの件や、このスーツの見た目や、岩小鬼の件など、いろいろな意味で注目されているのかもしれないが、絡まれないようにおとなしくしておこう。
しばらくすると、何肉かはわからないが、こんがり飴色のついたスパイシーな香りのスペアリブがテーブルの上に並ぶ。サラダとマッシュポテトのような付け合わせも美味そうだ。
ゴクリ、と思わず喉を鳴らしてしまう。
食事に感謝するのも忘れ、即座に右手に持ったフォークを肉に突き刺し一気に口に運ぶ。
肉を噛んだ瞬間、肉汁が溢れ出す。
肉は全く臭みのないラム肉のような味。
そこにスパイスと塩タレの旨味が絡み合ってめちゃくちゃ美味い。
少し塩辛いが、付け合わせのマッシュポテトと食べると絶妙なバランスだ。
冒険者は肉体労働だ。このくらいの塩加減のほうがいいのかもしれない。
あまりにも美味しすぎて、一皿目は一瞬で無くなってしまった。
思わず手を叩いてシェフを呼びたくなったが、そんな恥ずかしいことをするわけもなく、普通にお代わりを注文する。
久しぶりの肉だ。二皿目はもっと味わって食べることにしよう。
◇
非常に満足した。お腹いっぱいだ。
調子に乗ってお代わりしてしまったが、料金は大丈夫だろうか……。
手持ちのお金で足りるか、ふと不安になった。
恐る恐るサーシャちゃんに支払いをお願いすると、なんと一皿銀貨二枚だった。
銀貨一枚は大体千円くらいだろうか。二千円の価値はある料理だったな。
金貨二枚しか手持ちがなかったため、金貨を一枚渡すと、またしてもサーシャちゃんに『金貨とかめんどくさいニャ!』とぷりぷり怒られてしまった。
銀貨が六枚返ってきた事と、食事中に見た、他の冒険者がしていた支払いから推測すると、貨幣の価値は大体こんな感じになるようだ。
銅貨一枚百円
銀貨一枚千円
金貨一枚一万円
エールという酒が銅貨3枚、ミルクが銅貨1枚、野菜と肉のスープが銅貨6枚といった具合だった。どうやら大きな買い物以外で金貨を使用する事はほとんどないようで、ほかの冒険者たちは銀貨や銅貨で支払いを済ませている。食堂の隣にある冒険者ギルドのカウンターでは報酬を貰う際にワザと両替をしてもらっている冒険者もいたことから、日用品の購入などは銀貨や銅貨で済みそうだ。
金貨より上位の大金貨や白金貨という通貨もあるようだが、俺には関係ないだろう。
◇
風呂にも入った、おいしい食事もとった。
今日はもう寝るだけだが、まだ寝るには早い時間。
あっちの世界に居た時は、余った夜の時間は、ゲームをするかパソコンで動画を見るか、“ナニ”するか、といったところだったがここは異世界だ。
ゲームもパソコンもないし、今日はそんな気分じゃない。
やれることと言ったら、肉体やスキルの鍛錬くらいだ。
そうと決まれば、部屋に戻って、スキルのレベルを上げるとしよう。
電気を操る練習をするのはRPGのレベル上げみたいで楽しい。
《魔力操作》スキルのおかげか、使えば使うほど電気を動かすのが上手くなっている気がするし、《放電》すればするほど、体内に蓄積される電力量や、放電する時の最大瞬間放電量が上がっている気がする。
俺はゲームする時はしっかりとレベルを上げたり、装備を整えてからボスと戦いたい派だ。地道に、只ひたすらに、コツコツと積み上げた行動に、結果が伴う。だから、RPGは大好物だった。
今回はそういった準備をする間もなく、厄介ごとに巻き込まれてしまったが、これからはしっかりと準備していこう。
魔物が跋扈するこの世界では、人間は狩る側でもあるが、狩られる側でもあるのだ。
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