103話 静電気と準備⑤
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12月24日 10時15分
裏路地からこちらを見ていたベックがこめかみをピクピクさせながら駆け寄ってくる。
「えーと、ライアさん? 何をやってらっしゃるんですか?」
「違うんだベック!これには深いわけがあるんだ!」
「急に居なくなりやがって!一体どういう訳か聞いてやろうか」
ライアがやったであろうピカピカ鎧の勇者は、誠に残念なことに魚を売っている商店に突っ込んでいる。
手前にあった干物の陳列棚をぶち壊し、奥にあった魚が入っていた悪臭のする木桶の中に頭から突っ込んでいるようだ。
勇者の取り巻きと思わしき女性たちが勇者に駆け寄る。
その中の三人は先程もいた女性たちだ。
「お前たちの会話が余りにもつまらなくて酒を買いに……」
ビキニアーマーの女性から解放されたライアは、言い訳をするように途中までそう言うと、自分の失言に気がつき顔面を蒼白させた。
「ほぅ、酒を買ってどうするつもりだったのかな……?」
「えっと……その……。そ、そうだ!今日の晩酌用に酒を買おうとしたんだ!」
「酒なら泊まっている宿でも飲めるじゃないか!」
ベックが声を荒げるが、怒っているような印象ではない。
しかしそうであったとしても、今ここでマジックバッグの存在を、ベックに知られてはいけない。
酔っ払って、暴れて以降ベックによって色々と制限されてきた。
酒を更に制限されてしまうのではないかと言う思いがライアに本能的な嘘をつかせた。
魔法学校時代は学校の教師として、最近ではコスムカバのお目付役で生徒として、魔法学園に潜伏してきたライアだ。
今までは見守るべき対象がいた為、自制心が働き無茶なことは控えてきた。
それに、【属性変換術式】を広め、オレガルド大陸の魔法使いを弱体化させる事に注力してきたのだ。
数百年努力した甲斐あって、【属性変換術式】はエルフたちにまで浸透し、その目的はほぼ達成されたと言ってもいいだろう。
長年人の目を気にし、抑圧的な生活を送ってきたいたせいか、最近は自分をコントロールする事ができなくなりつつあった。
そんなとき現れたのがベックだ。
スウマーの作った造王薬を飲んだ孫の命を救い、全て理解した上でライアの計画について言及しなかった。
彼の一人娘がそのせいで療養を余儀なくされた事実は動くことはない。
ライアはベックに対し大きな借りがあるのだ。
人族と魔族は長い歴史の中で、関係の修復がほぼ不可能なほどに拗れてしまっている。
そんな中で極普通に接してくれるベックに、ライアは甘えてしまっていたのかもしれない。
何百歳も年下だと言うのにだ。
木桶から救出された勇者の体からは生臭い香りが漂っている。
「酒を買おうとしたのは悪かったが、無理やり連れて行こうとしたのはあいつの方だ……」
「ん、そうなのか? てっきりまた無茶苦茶なことでもしたのかと思ったぞ」
ライアはベック後ろに隠れるようにして、勇者から距離を取った。
今日はなんだかしおらしい態度ばっかりのライアだ。
公正な判断を下す為にも、ベックはしっかりと事実確認をする必要があった。
「ほ、本当だ! 確かに殴ったのは悪かったが、あまりにも此奴がしつこかったので、ついカッとなってしまったんだ」
伏し目がちな眼が少し潤んでいるように見える。
その様子からは、反省の気持ちが窺える。
「そうなんですか?」
そそくさといなくなった女性たちとは別に、最後まで残っていた三人に向けてベックが問いかける。
被害者である勇者に聞いてもしょうがない。
こればっかりは一部始終を見ていたはずの第三者の意見が重要だ。
「今のは完全にアキラ君が悪いですね」
「そうだなぁアキラが悪い」
「アキラ様がしつこかったのがいけないと思います」
勇者の事をかばうかと思われた彼女たちであったがそうでもないようだ。
皆、言い方は三者三様だが、言っていることは一緒である。
勇者、有罪。
バツが悪いような顔をして勇者が呆然と立ちすくんでいる。
その顔にはくっきりと拳の跡が付いている。
恐らくライアが殴った後だろう。
「わ、悪かった。彼女を強引に食事に誘ったのは謝ろう。謝罪ついでに教えてほしい。彼女は一体何者なんだ?」
現実に引き戻された勇者がライアの素性を聞いてくる。
「普通の女の子ですよ。たまたま火事場の馬鹿力が出ただけのね」
「そんな訳あるか!もしかして彼女も身体強化魔法の使い手なのか?」
もちろんライアは身体強化魔法を使ってはいない。
素の膂力だけで、勇者を殴り飛ばしたのだ。
「まぁ落ち着いてください。二人ともこれでおあいこという事で……」
「そうだ!せめて名前を!名前だけでも教えてくれ!」
後ろの女性陣は「始まった……」とでも言いたそうな表情で勇者を見ている。
ベックもライアもどう返事をしようか迷っていると、神官服を着たタレ目の美女が勇者に向かって歩き出し、「フンッ!」という掛け声と同時にその手に持った杖で勇者の後頭部を引っ叩いた。
流石の勇者もその衝撃には耐えられなかったようで、膝から崩れ落ち地面を舐める。
「アキラ様の女好きには、ほとほと呆れます。おっぱいが大きければ誰でも良いんですかね?」
「さぁ? アキラ君に見境がないのは昔からですからねぇ」
「アキラの奴、飯食いに行くって言ってたのにこれだかんな」
「本当は放置して宿屋に帰りたいですけど、それだと外聞が悪過ぎますからね。仕方ありませんので連れて帰りましょう」
「またあたしが担ぐのかよー」
ビキニアーマーの美女が勇者を担いで歩き出した。
全身鎧を纏った勇者の体重は、かなりの物だ。
《狂戦士》ミランダはいとも簡単に勇者を担いで見せた。
その後ろ姿を見送った後、ベックが周囲を見渡すと、魚屋の店主が凄い剣幕でベックを見ている。
「壊れた店の備品、あんちゃんが払ってくれるんだよな?」
ベックがばっと後ろを振り返ると、そこにライアの姿は無く、ほぼ無関係な彼が修理費を払う羽目になった。
次に勇者に会ったら絶対に請求してやると心に誓い、旅路への準備を進めていった。




