102話 静電気と準備④
話を聞いているのに飽きたライアは、そそくさとトッドの店を後にした。
人通りの少ない裏路地を抜け、様々な商店が並ぶ大通りへ出る。
「ベックのやつ、よくあんなドワーフの相手をしてられるな」
思いのほか社交性の高いベックに感心する。
この大通りへ出て来た理由は、もちろん先程渋られた酒を、ベックに内緒で購入するためだ。
ベックがあのドワーフに捕まっている隙にちゃちゃっと酒を購入しようという魂胆だ。
言うほどのことでもないのでベックには言っていないが、ライアも小容量のマジックバッグを所有している。
もちろんベックが持っているような、入れた物の時間経過すら止められる高性能のマジックバッグではないが、酒を持ち運ぶだけなら何一つ不自由のない代物だ。
王都ビギエルヒルに入る為の巨大な門を通ると、内城壁前まで幅二メートル程の馬車が四台並んで通れるくらいの大通りがあり、その道を中心に生活が成り立っているようだ。
数日前に王都に来た際は気がつかなかったが、綺麗に区画整理された街並みの中には、高低差が存在していた。
いくつかの丘が集まった場所で繁栄したこの王都は、一番小高い丘に王城が、次いでの高さで平地を含んだ丘には貴族地区が、その他残りの丘の上に大通りに沿って伸びる商業地区や、それを囲うように住宅地区が建てられているのであった。
王城へと続く大通りには、色々な商店が集まっており活気にあふれている。
(さぁ〜て、酒屋はどこかなぁ。次いでに酒の肴になりそうな保存の効く干し肉でもないかなぁ)
「おねぇさん、野菜買っていかないかい!? 美人だからおまけするよ!」
「そんな葉っぱなんぞより、うちの肉を買って行ってくれよ!ハイオークが入荷したんだ!」
「肉屋テメェ!うちの野菜が葉っぱだと!?」
「葉っぱを葉っぱって言って何が悪いんだよ!」
急に喧嘩を始める店の店主たち。
美人という言葉に若干照れながらも、肉屋の店主に干し肉を探していることを言うと、絶望した表情の八百屋と、勝ち誇った表情の肉屋が、この不毛な戦いの勝者を表していた。
「おねぇさん、旅でもするのかい?」
肉屋の店主が数種類あるそうな干し肉を準備しながら声をかけて来る。
「あぁ、仲間と一緒に別荘に行こうと思ってね」
「別荘! そいつは良いですねぇ。干し肉をお求めになるなんて、何処か遠出でもするのかと思ったんですが正解でしたね」
次々様々な種類の干し肉が並んでいく。
「こっちがオーク、そんでもってこっちがロックリザード、他にはフォレストブルやハイオークの干し肉なんかもあるよ」
「酒のツマミになりそうな干し肉はある?」
「それだったらこれだ! ハイオークの肉を塩で水分を抜いてピリッと辛いショウコの実を粉末状にしてまぶしたジャーキーって言う干し肉だ。酒のツマミにぴったりだぜ?」
食欲をそそる香辛料の香りが辺りに広がる。
成る程、これは美味そうだ。
ドルガレオ大陸にある別荘まで、おおよそで二週間程かかる予定だ。
その間の酒のアテはしっかりと確保しておかなくては。
「じゃあそれを二キロ貰おう。食べやすいように薄く切ってもらって良いかな?」
「毎度!お安いご用でさぁ!」
手際良く店主がジャーキーをスライスしている間に周囲の店に視線を飛ばす。
目的の酒屋と、他にもツマミになりそうなものを売っている店がないかの確認だ。
「そうか……。干物も良いな」
通りの向かい側、八百屋の二軒先には店頭で美味しそうな匂いを漂わせながら魚の干物を焼いている魚屋が見える。
しっかりと水分を飛ばした魚は日持ちするものが多い。
それを焚き火か何かで炙れば……と、想像するだけでヨダレが出てくる。
肉屋の店主からジャーキーを受け取る。
魚の焼ける香ばしい匂いに導かれるように、ふらふらと魚屋に向かおうとした時だった。
「あれ? もしかしてさっき《雷帝》と一緒にいたおねぇさん?」
声をかけられ振り返ると、そこにいたのは今代の勇者であるアキラ=ハカマダだった。
周囲には鍛冶屋であった三人も女性の他に、ぞろぞろと他の女性も引き連れている。
この勇者、確かに顔は良いが、私の好みではないな。
振り返った私の顔と胸を、嬲るような目線が行ったり来たりしている。
ベックもそうだが、隠しているつもりでもその胸を見る視線は女にはわかるのだ。
童貞のあいつは恥じらいながらもチラ見といった具合だが、この男に感じる不快なところは、それを隠そうとしないところだろう。
「何か私に用か?」
「さっき一目見た時からビビッと来てたんですよ!これから一緒に飯でも行きませんか?」
勇者の背後にいる女性達からの視線が痛い。
「遠慮しておこう。買い物の続きがあるので私はこれで」
「いやいや、そんなこと言わないで、一緒に行きましょうよ」
振り返り立ち去ろうとする私の前を、回り込むようにして立ち塞がる勇者。
高い身体能力をなんとまぁ無駄なことに使うものだ。
私の前に回り込む速度はなかなかのものだった。
このしつこさで数々の女性を泣かせて来たのだろうか。
「連れに買い物を頼まれているのだ」
「そんなつれないこと言わないでくださいよ〜。連れって《雷帝》でしょ? 買い物だったら俺も手伝いますし、彼には後で伝えておきますから。ねっ?」
──イラッ。
強引なやり口に不快感ばかりが募っていく。
「ほら行きましょ!!」
不意に手を掴まれ、ライアのイライラは最高潮に達する。
私は魚屋で干物を買いたいのだ。
それに酒も買うことができていない。
早くしなければベックに酒をこっそり買おうとしていた事がバレてしまう。
──イライラッ。
干物食いたい。
酒飲みたい。
時間ない。
──イライライラッ。
誰だ、私の邪魔をするのは。
振り解こうとした手が再度強く引っ張られる。
「行きましょうってば!」
この男だ。
私の邪魔をするのは、この男だ。
私の干物を。
私の酒を。
私の時間を。
私の大切なものを奪おうとするのはこの男だ。
気がついた時には、私は羽交い締めにされていた。
眼に映るのは、八百屋に頭を突っ込ませた勇者の姿と、憤怒の表情で裏路地からこちらを見る《雷帝》の姿だった。




