9話 静電気と殲滅戦
洋也がこの世界に始めてきた時に転移した洞窟の近くには、人口五十人ほどの小さな村があった。
名をウルガ村という。
ウルガ村の住人の多くは、鉱山で採鉱をして生活している。
この世界で採れる鉱石の中には、魔鉱石と呼ばれる様々な特徴を持った鉱石が数多く存在し、その恩恵によって彼らの日々の生活が成り立っていた。
多くの魔鉱石は、周囲に漂う魔力を吸収し、内部に溜め込む性質を持っている。
一定の条件下でその蓄えた魔力を放出し、時には火を起こしたり、時には風を吹かせたり、時には水が溢れ出たりする。
このウルガ村は、近くの鉱山で採鉱される魔鉱石を売る事で成り立っていた。
鉱山近くのこの村では、魔物による襲撃は少ない頻度ではあるが、度々起きていた。
今まではウルフに主に作物を荒らされたり、家畜が殺されたりするくらいで、大きな被害は無かったのだがその日は違った。
三日前に岩小鬼の襲撃が起きていたのだ。
二メートル程の大きさの岩小鬼が、十匹ほどの同族を引き連れて襲撃してきた。
男衆の大半は採鉱に向かって留守にしており、村の内部には数名の男と女子供合わせて三十名ほどしかいなかった。
たまたま村に来ていた二人組の冒険者達と残っていた男衆のお陰で、何とか撃退する事に成功したが、冒険者のうちの一人、神官の女性が連れ去られてしまった。
それを追いかけた冒険者は未だに戻って来ていないが、村近くの坑道が崩れていた事と、坑道入り口付近で岩小鬼が一匹死んでいた事から、何かしらやってくれたものだと都合よく解釈していた。
しかし実際の所、この冒険者達は岩小鬼の餌食になり、その頭目岩小鬼は洋也が投げたダイナマイトにも似た爆発する赤い鉱石と溜まっていた水素の爆発によって爆死していた。
この岩小鬼達は、言わば斥候部隊だった。
その背後には、この頭目岩小鬼を遙かに凌ぐ、凶悪な上位種が虎視眈々と人間の住処を奪おうとしていたが、それに気が付いたものはいなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ギルド職員の報告の通り、ウルガ村付近の鉱山中腹に岩小鬼の大群がいた。
報告は約百五十匹との事だったが、二百匹以上は確実にいる。
しかも体格の大きい岩小鬼や、杖を持った岩小鬼などが複数見える。
「あれが見えるか?」
アンブリックは、大群の奥に見える、何かしらの動物の骨と木材で出来た、趣味の悪い神輿のような物の上に座った小さな岩小鬼を指差す。
遠目からではよく見えないが、骨で出来た杖のようなものを持ち、薄汚れたローブと外套を羽織った頭だけが異様に発達した岩小鬼が座っている。
「ちぃとばかし厄介じゃな。アイツは岩小鬼魔導王じゃ」
見たことあるか? と聞かれたが、もちろん見たことなんてないので首を横に振って答える。
「上位種がいるだろうとは思っておったんじゃが、まさか王種じゃとはな。小鬼種だけでは無いがの、時折魔物の中にも“王”と呼ばれる魔物が生まれてくるのじゃ。奴らは知能が高くての。普通の魔物とは違い、武器や魔法などといった得意な戦闘方法があるのじゃよ」
肉弾戦や奇襲が得意なタイプの王種も居るが、もっとも厄介なのは魔法を使うタイプだと言う。
魔法を使うだけでも厄介なのだが、そういうタイプは王種の中でも飛び抜けて知能が高いそうだ。
「恐らく、お主らが合った岩小鬼は斥候部隊じゃな。魔物の分際で斥候とは小賢しい事じゃ」
それにしても数が多い。
二百匹以上の岩小鬼を相手にどう戦うつもりなのだろうか。
「厄介なのは取り巻きの上位種数匹と王種だけじゃ。もう少し数が少なくなったら仕掛けるぞい」
先程から何度か〈探知〉に掛かった岩小鬼を倒している。
何かを探す様に、度々少数の岩小鬼が群れを離れ、森に入ってくるので静かにこっそりと息の根を止めていく。
洋也は知る由もないが、先日爆破した頭目岩小鬼は岩小鬼魔導王の右腕的存在だった。非常に慎重で、臆病な性格をしたあの岩小鬼を王は、臆病であるが故にある意味信用していた。
しかし二日経った現在も頭目岩小鬼は帰ってこない。更に捜索に出した他の部下達も帰ってこない。まさか裏切られたのか? その焦りが、無駄に捜索部隊を出してしまうという愚行に繋がっていた。
倒した捜索隊の岩小鬼の中には、ホブやマジシャンなどの岩小鬼の上位種が混じっていたが、気が付かれる前に|《雷銃》《ボルトバレット》で一方的に倒していく。
さして苦戦することもなく、着実に岩小鬼の数を減らしていった。
王の取り巻きの上位種が半数ほどになった時、しびれを切らした岩小鬼達がウルガ村に向けて進行すべく、慌ただしく動き出した。
「まずいのお、このままじゃと半刻もしないうちに村に着いてしまう。もう少し減らしておきたかったんじゃが……そろそろ行くかの……」
あれ? 作戦的な事あるんじゃないの?
まだ何の話し合いもしてないよね?
何のために俺の魔法の事聞いたんだよ。
黙っているとそのまま突っ込みそうだ。
「俺はどうしたらいいですか?」
「ワシが突撃する。援護を頼むぞい」
「え? それだけですか?」
「それだけ、じゃ」
えぇ~……。
やっぱり突撃するだけかよ……。
どうやら見た目と一緒で、脳味噌も筋肉みたいだ。
「少し考えがあるんですが、試してみてもいいですか?」
あらかじめ考えていたことを伝える。
チャンスは一回きりだが、まだこちらの存在がバレてない以上、数をあらかじめ減らすにはこれしかないと思っていた。
「お手並み拝見といくかの」
どうやら任せてくれるようだ。
急がないとな。
いつ岩小鬼達が準備を終え、動き出すかわからない。
先手必勝だ。
俺は奇襲を掛けるべく、指先に電力と魔力を集める。
《魔法創造》でスキル化した魔法は、無意識でスキルを発動すると、原則としてスキル化した時の性能で魔法を打ち出すが、あらかじめ魔力や電力を込めた状態でスキルを使うことで、威力を上げたり下げたりさせることができる。
今できる最大威力の《雷銃》をぶち込んでやるぜ。
右腕に電力と魔力が集まり始めた。
始めは鳥の囀りの様だった放電音は、次第に雷鳴のような轟音に変わり、まるで猛り狂う暴龍がその怒りを解き放つかのように、青白い稲妻が周囲を無造作に焦がす。
アンブリックはもうすでに巻き添えを食らわない様、離れたところに移動しているようだ。
狙うは岩小鬼魔導王。
腕を前に出し、狙いをつける。
遠くに鳴り響く雷鳴に気が付いたのか、岩小鬼魔導王と目が合った気がしたが、かまわず撃つ。
「ボルトバレットォ!」
普段とは比較にならない程の巨大な魔法陣と共に、そのサイズに合った直径一メートル程の雷球が目の前に現れる。
あっ。
これはまずい。
直感的にやりすぎたことを悟った。
試しにこの間撃ったバスケットボールサイズの《雷銃》ですら、木々をなぎ倒し、地面を抉って爆発するくらいの破壊力があったのだ。
こんなサイズが爆発したら山の地形くらい簡単に変わってしまうかもしれない。
いや、間違いなく、地形は変わる。
異世界でも土地の所有権的なのってあるのかな……。
訴えられて、損害賠償請求とかされたらどうしよう……。
そんなことを考えているほんの数秒のうちに、巨大な雷の砲弾は、周囲の木々や地面を焼き尽くしながら岩小鬼の大群を巻き込んだ。
雷が落ちたかのような閃光と爆発が起き、爆風は周囲の木々をなぎ倒していく。
必死に堪え、爆風によって俟った土埃が消えるころ、目の前にはまるで月にあるクレーターのような巨大な凹みと、焼け焦げた大地が広がっていた。
◇
その焼け焦げた凹みの中心部には、黒い煤のような塊や、ほぼ全身が炭化した死体。
中心から離れるにしたがって、耳や鼻などの体中の突き出た部分が炭化し、皮膚の焼け爛れた無数の岩小鬼の死体が転がっていた。
岩小鬼魔導王は、咄嗟に近くにいた頭目岩小鬼を盾にしたようだが、雷球の爆発による凄まじい熱量はその盾諸共、“王”の全身を焼いたようだ。
全身に火傷を負った“王”は、皮膚だけでなく肺も焼かれたのか、呼吸をすることもままならない瀕死の状況にあった。
「凄まじい威力じゃな……」
周囲の状況を確認し、アンブリックは思わず口を開いた。
これ程の威力の魔法はA級の魔法使いでも使える者はいない。
しかも洋也には疲れが見えない。
アンブリックが生き残りがいないか確認しようと周囲を見渡すと、洋也が瀕死の“王”にゆっくりと近寄り、指を向けて、無表情で岩小鬼魔導王にとどめを刺すところだった。
その姿を見た時、背筋に悪寒が走るのを止められなかった。
そこにあったのは虚無。
一切の感情も見られないただただ暗い闇だった。
「やりすぎましたかね? 自分で撃っておいてなんですが、想像以上の威力でした」
先ほどのは気のせいだったのだろうかと考えられるくらい、話しかけてきた洋也の表情は、先ほどの冷たいものではなくなっており、その顔には困ったような、何とも言えない愛想笑いを浮かべていた。
「いや、問題なかろう。よくやった。討ち漏らしはないか?」
周囲を確認してもらうため《探知》を発動してもらう。
「10匹ほど爆発の範囲外にいたみたいですね。南東に逃げています」
「それはわしが殺ってくるかの。お主がほとんど片づけてしまったからの。少しばかり欲求不満じゃ」
少しは働かないとな、と笑顔で答える。
アンブリックは南東へ走り出し、台風のような勢いで討ち漏らした岩小鬼の集団に突撃する。
手に持った巨大な鉄塊で残った岩小鬼を蹂躙して行く。
岩小鬼の硬い皮膚が粉々に崩れて小鬼達は宙を舞い絶命して行く。
洋也は《探知》で他に討ち漏らしがいないか周囲を確認しつつ、その状況を見守る。
突撃してから三十秒もしないうちに岩小鬼達は一匹も残らず無残な死を遂げた。
こうして森の中に静けさが戻っていった。
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