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新旧騎士の会合

 アソーラム公からミトラルダ王女奪還の命を受けたストレアルは、いま一度、監獄世界へと舞い戻っていた。


 二度と訪れることはないと思っていた忌々しい場所の空気を吸っていると、どうしようもない怒りに襲われてしまう。


 さらに、いまから会う予定になっている人間は王国の裏切り者だ。

 そんな人間に対し、物乞いの如く何かを頼まなければならないという境遇が、さらにストレアルの誇りに傷をつけていた。


「――使者さま」


 そのとき、屋敷の中から現れた少年が声をかけてきて、ストレアルは内心を隠してにこりと微笑んだ。


「いかがです? お目通しは叶いそうでしょうか?」

「ええ、我が主フェノムは使者さまに大きな関心を示しております。王国騎士団という同じ組織に所属していた身の上として」

「それはすばらしい」


 心にもない相槌を打つと、ストレアルは少年の案内のもと屋敷へと足を踏み入れた。


 餅は餅屋。囚人のことは、囚人に聞いた方がいい。


 とはいえ、あの巨人のドグマともう一度接触するのは気が進まなかった。

 監獄の主というから会ってはみたものの、どこまでも粗野で品格に欠けた男だ。


 それならばと今度ストレアルが目をつけたのが、かつての先輩にあたるというフォレースの英雄フェノムだった。


 いや、英雄というのはいかにも民たちの喜びそうな言葉であり、実際は単なる逆賊なのだが。


 長く続いた国家間戦争を終結に導いた一因が、当時の騎士団随一の実力者だったフェノムにあったことは間違いない。

 しかし彼は、自分の輝かしい経歴に終止符を打つべき最後の相手として、フォレースを選んだ。


 かつての仲間と血で血を洗う抗争を繰り広げ、多くの騎士を殺してから、フェノムは監獄へと収監された。


 その姿があまりに悲劇的ということで、みなは恐れと尊敬の態度を忘れることなく、いまでもフェノムを英雄として語り継ぐ――そういう話だ。



 ストレアルが通されたのは、大きな円卓のある部屋だった。

 その一席に、若い男が悠然とした態度で座っている。


「――君がストレアル?」


 男はストレアルを興味深そうに見つめると、開口一番にそう言った。


「そうです。あなたがフェノムさまでしょうか?」

「そうだよ」


 答えて頷くその男――フェノムは、半世紀以上前に全盛期を迎えていたとは思えないほど若々しかった。


 彼が不老者(イモータル)だと噂する者もいた。すなわち、神に愛された人間だと……。


「……フォレースの英雄にお会いできて光栄です」


 ストレアルはいかにも騎士らしい態度で、ひざまずいてみせた。最後まで騎士らしく振る舞えなかった逆賊を相手に、皮肉を込めたつもりだった。


「堅苦しいのはやめにしよう。ぼくはそういうのが嫌いだ。周りの者にもそう言っているんだよ」


 フェノムはストレアルをここまで案内してきた少年を手招きして近寄らせると、彼の頬をくすぐるように撫でた。


「ご苦労だったね、コッコ。部屋の外で待っていなさい。でも決して、聞き耳を立てたりしてはいけないよ」

「わかりました、フェノム……」


 うっとりとそう言う少年の耳には、銀色のピアスが付けられていた。よく見ると、それは小さなフラスコのかたちをしている。


「珍しい客人だ。驚いたよ」


 コッコと呼ばれた少年が退室すると、フェノムは自分のすぐ横の席を引き、ストレアルをそこに座るように身振りで示した。

 ストレアルがそれに大人しく従うのを待ってから、フェノムは目を細めて切り出す。


「……君はいま、第七騎士団の団長を務めているって?」

「はい」

「ということは、レオの後輩というわけだ。レオライン=〝ホロウルン〟=グランフェルト。ぼくのいた時代は、彼が第七騎士団を率いていた」

「弱者ですよ。それゆえ、弱い人間からの支持を得ていたのかもしれませんが」

「手厳しいな。ぼくは彼がとても気に入っていたんだけど」


「あなたに殺されました。すなわち、逆賊に後れを取った騎士の面汚しです」


 ストレアルが淡々と事実を述べると、フェノムは苦笑した。


「そう言ってやるなよ。あれはとてもいい殺し合いだった。お互いが死力を尽くして、最後は剣の戦いになったんだ。〝ホロウルン〟の加護を得た者を打ち負かすのは、魔法の使い手ではなく――純粋に力あるものだ」

「私も、ホロウルンさまの加護を得ています」

「そうだね、それも驚いた。ストレアル=〝ホロウルン〟=ヴェスパー……」


 言いながらストレアルを見つめるフェノムの瞳に、好奇の色が混じる。


 ホロウルンとは、主神ラヴィリントの眷属として小神の地位を与えられた女神のことだ。慈悲深き彼女はまれに人間に『加護』というかたちで、自分の力を授けることがある。


 ストレアルは三つのときに、女神ホロウルンの啓示を受けた。それ以来、圧倒的な才能を開花させた彼は、ミトラルダの身辺警護を経て、一気に王国騎士団長の位まで上り詰めたのだ。


「……しかしいまとなっては、レオラインの再来だと言われる恥辱に耐える日々ですよ。無能な先達の存在はもはや私にとって、呪いのようなものです。まさか、ホロウルンさまの加護を受けながら敗北するとは」

「ぼくが憎いかな? まさか、そんなことを言いにきたのかい?」


 フェノムは馴れ馴れしく、ストレアルの肩に手をやった。


「レオから受け継いだ呪いを断ち切ろうとでも? 彼が敵わなかったぼくを君が倒せば、きっとその呪いは消えてなくなるわけだけど」

「……相手をしてくださるのですか?」


 ストレアルがじわりと殺気を放つと、フェノムは降参とばかりに両手を上げた。


「勘弁してくれよ。ぼくはもう現役を退いた身だ。こっちの世界で過ごすうちに、やるべきことを見つけてね」

「戦いの中でしか生きられなかったとさえ言われるあなたが?」

「戦いに飽きたわけじゃないよ。ただ、いまはもっと注力すべきことを見つけ出したというだけでね。ぼくはここにきて、ダンジョンと呼ばれるこの世界の神秘を解き明かす鍵を見つけたんだ。君はミスリルという金属を知っているかい?」

「いえ」


 ストレアルが短く否定すると、フェノムは懐からコインを出して円卓に置いた。


「これはペッカトリア貨幣だ。いま言ったミスリルで出来ている」


 手に取って見ると、その銀色の金属はほのかに淡い光を放っていた。


「これが何か?」

「君はこの世界に来るまでに、ピアーズ門を通ってきただろう。そのとき、寒気のような感覚を覚えなかったかい?」


 そう訊かれ、ストレアルは静かに息を呑んだ。


「……そう言えば、そのような感覚があったような気もしますね」

「あの回廊にもミスリルが使われているんだよ。といっても、一部だけどね。あの通路は八つの部屋から成り立っている。うち、四つの部屋がミスリルで出来ていて、そこでは魔法を使うことができない。なぜなら周囲のミスリルが、その部屋に現れたマナをたちまち吸い取ってしまうからだ」

「マナを吸う? まさか、それが寒気のような感覚に繋がるというわけですか?」


「そうさ。マナは全ての生命にとっての活力だ。それを吸われてしまっては、生き物は何もできない……しかもあの場所を構成するのは、天然のミスリルとは比べ物にならないほどマナ(・・)()吸収性(・・・)()優れた(・・・)ミスリルだ」


 ストレアルは、楽しそうに話すフェノムをじっと見つめた。この男がどこに会話の着地点を定めるのか、わからなかった。


「この世界には、他にも重要な事物にはミスリルが使われていてね。たとえば、以前にぼくたちの前に立ちふさがった岩人形(ゴーレム)もミスリルで出来ていた。これから鑑みるに、ミスリルはこの世界を作った創造主にとって重要な金属なんだ。その謎を解き明かしたい」

「脱獄するためにですか?」

「うん? 脱獄……?」

「ピアーズ門がその金属で出来ているというのなら、その金属の謎を解明すれば脱獄も容易になるではありませんか?」


 すると、フェノムは声を上げて笑った。


「違うよ! そんなちっぽけなことのために人生を捧げてたまるものか。これだけお互いの世界間の行き来が頻繁に行われている状態だ。脱獄なんていつでもできるとも。そうじゃなくて、ぼくはリルに執着しているんだよ。この世界の神だという存在にね」

「リル……聞いたことはあります。確か、その子どもが最近になって生まれたとか」


 そのとき、フェノムの眼光が鋭くなった気がした。しかし、次の瞬間には彼はすぐに柔和な顔に戻っている。


「……ぼくは生まれ落ちた世界で、主神ラヴィリントを信仰していた。レオや君のように、ラヴィリントと関係のある小神の痕跡が、加護や奇跡というかたちで世界には溢れていたからね。そして、こっちの世界ではリルだ。その存在はゴブリンたちによってあまりにも正確に語り継がれていて、さらには君の言うように、最近になって人間に自分の子どもを産ませたりもした。つまり、昔ほど神々は遠い存在じゃないってことだよ。きっとじきに手が届くはずだ」


「そのために、ミスリルを研究していると? 世界の創造主たる神の足元に手を伸ばし、あなたは何をするおつもりなのですか?」


「決まってる。戦うんだよ」


 フェノムは、にっこりと笑って言った。


 ついにフェノムが登場!

 名前の初出は41話「メニオールの交渉」。こいつの名前、どこで出てきたっけ? と思われた方の助力になれば幸いです。

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