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さらなる飛躍

 フルールの城を守るメイド長のペリドラは、ノズフェッカ町長の伝令を名乗る小鬼の訪問を受け、城門前へとやってきていた。


「これはこれは、メイド長さま! 本日もご壮健なご様子で……」

「何用でありんす? リルパが何か問題でも起こしなんしたか?」


 ペリドラが訊くと、その伝令はにっこりと笑って答えた。


「とんでもございやせん! むしろリルパはいま、あの方のアンタイオとともにノズフェッカの危機を救ったのでございやんす!」

「危機というのは、先ほど海より現れた水の竜でありんしか?」

「おお、あの竜をご存知でございやんしたか!」

「あれほどの騒ぎであれば、いくら俗世と隔離された城の者といえども、流石に気がつくというもの。とはいえ、それに対峙するのがリルパと知ればこそ、安心しておりんしたが」


 先ほどまで城の窓から見ていた光景を思いだし、ペリドラは胸を張った。

 リルパの圧倒的な強さ! それはリルとフルールの力に裏付けされたものであり、どちらもペリドラの愛すべき存在だった。


 それからペリドラは伝令から、先ほどの竜が叩きつける水(ランページ・リキッド)であることを聞き、本来ならとても対処できぬはずの水の怪物を大人しくしさせたのが、ギデオンだということを聞いてさらに気をよくした。


「すばらしい! 旦那さまとリルパが力を合わせ、ノズフェッカの危機を救ったということでありんすね?」

「そのとおりでございやんす! そしてこれより、ノズフェッカではお二人のご活躍とさらなるご発展を祝し、ささやかな宴を開くつもりなのでございやんすよ」

「ほう、宴を?」

「ええ。そのご招待にと、わたくしめは参った次第でございやんす。日々お二人に尽くされている忠義者たちをのけ者にしたとあれば、ノズフェッカの名折れでございやすから」


 ペリドラが密かに背後の気配をうかがうと、いたるところからひそひそと密談する声が聞こえた。


「……聞きなんしたか? 宴でありんす」

「……リルパが暴れて宴が開かれなんすか?」

「……過程はどうでもいいのでありんす。問題は、わっちらがそれに参加できるかどうか」

「……あの伝令は見るからに頼りなさんす。ほら、それとなく誰か助けに入りんす」


 ペリドラは溜息を吐いてから、伝令に向き直った。


「――わかりなんした。城の者を参加させなんす」

「おお、それは僥倖!」

「しかし、あまりはしゃぎ過ぎぬように。わっちはまだ旦那さまにお仕えして日が浅いというものの、すでにあの方がそのような席を喜ぶような性格をしておられないということぐらいはわかりんす。強い責任感に縛られ、心から自分が楽しむようなことがあってはいけないと思うような方でありんす」


 これがギデオンに対するペリドラの偽らざる評価だった。

 そしてその「責任感」が何なのかは、昨日判明した。


 親族が呪いに苦しんでいる。

 その呪いはギデオンにまで魔の手を伸ばし、彼が安らぐことを禁じているようにさえ見えた。


「責任感でございやんすか。しかし、それは新しいペッカトリアの主としてふさわしい資質でございやんしょう! わたくしどもも、世界の中心にそのような方をお迎えできて、大変喜ばしく思う次第でございやんす……」

「ペッカトリアの主?」


 その言葉を聞き、ペリドラは思わず眉間に皺を寄せた。


「そうでございやんしょう! リルパのアンタイオということは、それすなわちこの世界の王でございやんす。フルールさまの正当なる後継者が現れたということでございやんすから!」

「それは早とちりというものでありんす。いまだ、ペッカトリアはドグマさまのもの」


 ペリドラが言うと、伝令の小鬼は驚愕した様子だった。


「まさか! ど、どういうことでございやんすか? ではペッカトリアではいま、天に太陽が二つある状態ということでございやんすか?」


 言われてみるとそうだった。ペリドラは首をひねった。


 巨人のドグマは、あくまでフルールの代理だ。フルールのやるべきことを、彼女ができなくなってから忠実に実行しているだけ。

 ならば彼女の実娘であり、同時に絶対者であるリルパのパートナーが出てきたいまとなっては、直観的にその役目に相応しいのは、ギデオンの方のように思える。


 とはいえ――


「……それは、わっちがいま答えられる問題ではありんせん。しかし、よく問題提起してくれなんした。明々後日、フルールさまがお目覚めになりんす。その際、この問題をどう扱えばいいか聞いてみることにしなんしょう」

「ああ、出過ぎた真似をしてしまいやんした!」

「いいえ。何か疑問があれば、きちんと解決するのは当然というもの。そうして世界というものは発展してくものでありんす。このことで、きっとわっちらはよりよい方向に進むことができなんしょう」

「リルとリルパ、そしてこの世界に幸いがありやすように!」


 そう言って、伝令は街へと帰っていった。


「――これ、聞き耳を立てている不届き者たち!」


 ペリドラは城の扉を締め切ってから、周囲に向けて喝を飛ばした。


「これよりノズフェッカで宴が開かれなんす! お前たちもその準備を手伝ってきなんし!」

「……準備を手伝うだけでありんしか?」


 おずおずと出てきたメイドの一人に、ペリドラは仏頂面を向けた。


「……もちろんその後もその場にいたければ、いることを許可しなんす」


 ワッと喜びの声を上げながら若いメイドたちが飛び出してきて、ペリドラを取り囲んだ。

 ぎゃあぎゃあとうるさい彼女たちを、ペリドラは叱りつけた。


「はしゃぎすぎないようにしなんすよ! お前たちはこの城で働く小鬼でありんす! 普通の小鬼とは違うという意識を持って、分別ある行動を取りなんす!」

「おお、かしこまりんす!」

「お祭りでありんす! お祭りでありんす!」


「ところで、ペリドラはどうしなんす?」


 一人が思い出したように訊ね、ペリドラは肩をすくめた。


「もちろんのこと、わっちはここを離れるわけにはいかなさんす。フルールさまがお休みでありんすから」

「では料理を持って帰りんす! ノズフェッカ名物のかぼちゃ料理を!」


 メイドたちが我先にとノズフェッカの都市壁に向けて走っていく様子を見守ってから、ペリドラはフルールの寝室へと向かった。


 ドアを開いて薄暗闇に足を踏み出し、永遠の忠誠を誓った人の眠るベッドの脇に腰を下ろす。


 目を瞑り、静かに横になるフルールは、五十年以上前に出会った当時から変わらず、若く美しい姿を維持していた。


 フルールは不老種(イモータル)と呼ばれる突然変異の人間で、一定の年齢を迎えてから老いなくなったのだという。


 ペリドラはリルがどのような姿をしているか正確なことを知らなかったが、リルパの真っ白な髪と肌は、きっと母親であるフルール譲りだと思っている。

 目鼻立ちも、そっくりと言っていい。だからきっとリルパがこのまま成長すれば、フルールのように美しい女性になるだろう。


 ペリドラは濡れタオルで主の顔を拭いてから、独り言を呟いた。


「……わっちばかり歳を取ってしまって、フルールさまはずっとお変わりありんせんね。しかしもうじき、わっちの役目も終わりんす」


 それは自分でも驚くほど、老いて生気のない声だった。


「リルパに愛する人(アンタイオ)ができたのありんす。あの子がしっかり成長するまでは、わっちが支えて差し上げなければと思っておりんした。でもこれで、もう大丈夫でありんす」


 ――ペリドラ。私の役目は終わった。


 十年ほど前、フルールが言った言葉を思い出す。

 それは、彼女がリルパを生んだ日のことだった。


 ――これからは私の進むべきだった道を、この子が切り開いてくれる。私には無理だったこのダンジョンの攻略を、リルパに託すよ。


「……わっちには、ダンジョンの攻略などどうでもいいことでありんすよ。フルールさまがただ健勝でいてくれれば、それだけでよかったのに。まったく、理想を追いかける主に振り回される身にもなって欲しいものでありんす」


 ペリドラは微笑んだ。


「リルパはすばらしい力を身につけなんした。そして、力だけではどうにもならない相手と戦う術も。リルパが選んだ方は、とても賢く、勇気ある方でありんす」


 きっとフルールは、ギデオンのことを気に入ってくれるだろう。

 リルパの成長を願うフルールにとっても、娘の思い人は待ちわびた存在なのだった。


「きっと、リルパの『前夜繭』は近くに迫っておりんす。恋はあの子に、世界へとはばたくための翼を授けなんしょう……」


ペリドラは、明々後日に目を覚ます予定になっている女主がギデオンのことを聞いたときの反応を楽しみにして、薄暗闇の中、またにっこりと微笑んだ。


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