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キメラ

 目の前で暴れていたラーゾンが、魔物の動根の中に溶けていく。


 もう拘束する必要がないと思って、消化したのだろうか?


 ハウルは頭上の花を見上げた。人は人と話すとき、相手の顔を見る。よくよく思えば、植物には顔がないのだから、そんなことをしても意味はないはずだった。


 だが、バラの魔物の様子がどうもおかしい。小刻みに震え出し、動根からにじみ出ていた透明な分泌液が濁り出していた。真っ赤な色。それは、まるで血のような……。


 そのときバラの野太い茎に、いくつも切れ目が入った。ピシピシッと表皮が割れる音がすると、勢いよく切れ目が開いて細長い空洞が現れる。


 ヌルヌルと湿った空洞。よくよく目を凝らすと、空洞の両端には白い『何か』が並んでいた。


 その割れ目と、そこに並んだ無数の白い物体に、ハウルは見覚えがあった。


 ――人間の口と、歯だ。

 割れ目の一つが、不気味な音を発した。


「アァァァァ腹ガ減ッタアアァァァァ……」


 ぞくりと総毛立つ。


 茎に無数にできた割れ目は、瞬きするように勢いよく両端をぶつけだし、辺りにガチガチガチと不気味な音がこだました。


「アァァァァ暗イ……暗イィィィィ……」

「俺ノ目ハアアアァァァァ……?」

「アァァァァ腹ガ減ッタアアァァァァ……」


 空洞は口々に(・・・)、言葉としか思えない音を発し始める。


(こ、この化け物、人の言葉まで話せるのか……!? こんな不気味なもん呼びやがって、ギデオンの野郎……!!)


「おい、ミレニア! ちょっと下がれ! 何だか様子がおかしい!」

「え、は、はい! この人たちはどうしますか!?」


 叫びながらミレニアは、ギデオンが治療して寝かしている五人に駆け寄った。


「――ちっ、そいつらは俺が運ぶ! いいからてめえは引っ込んでろ!」


 ハウルが五人の囚人に近寄ったときだった。強烈な気配を感じて上を向くと、そこに人の顔があった。


 いや、なぜそれを顏と思ったのかわからない。のっぺりとした表面に、ただ人のものとしか思えない双眸と鼻があったのだ。


 その『顔』は、一本の動根の先に現れ、その動根がゆらゆら蠢くたびに、振り回されるように空中を動いていた。しかしその双眸に収まった瞳は、じっと一点を見つめている……触手が揺れるたびに瞳を左右させ、明らかにハウルを目で追っている。


「――――見イイィイイイツケタアアァァァ!!」

「……ハウルウゥゥゥ! ―――ハアァァァウルゥゥゥ!!」


 茎の口がそれぞれ強烈な叫びを上げ、空気がビリビリと振動するのを感じた。


(――なっ!? 俺の名前を呼んだだと!?)


 ハウルが驚愕している間もなく、無数の動根が襲い掛かってくる。


 それは滅茶苦茶な攻撃だった。一つの対象を同時に攻撃しようとしたのか、動根同士がぶつかり合い、鈍い音をして辺りを跳ね回っている。逆に軌道が読めない攻撃に戸惑い、必死になってハウルが回避に徹していると、また口がわめき出す。


「――逃ゲルンジャネエェェェェェェ! 全部テメエノセイダロウガアアァァァ!」

「食ワセロヨオオォォォォ! 俺ハ腹ガ減ッテンダアアァァァァ!」

「俺ヲコンナ化ケ物ニシヤガッテエェェェ! コノチビノ犬畜生ガヨオオォォォ!」

「――ッ!? 俺は犬じゃねえ! 狼だ!」


 迫りくる動根の一本を爆破しながら、ハウルは叫び返した。


 バラの魔物は痛みに絶叫すると、さらに怒り狂って攻撃を再開する。


 しかも驚いたことに、時間が経つにつれ攻撃の精度が上がりつつある。先ほどのように、動根同士がぶつかり合うことは少なくなり、逆にハウルが躱した先に別の動根の一撃を繰り出すといった知恵をつけ始めていた。


 こいつはどういうことだ? まさか戦いの中で学習している? 

 

 しかも、さっきの言葉も妙だった。てめえのせい? 俺をこんな化け物に……?

 

 そのときになって、ようやくハウルは最悪の可能性に辿り着く。

そう言えば、さっき見た『顔』……あそこにあった目と鼻のかたちは、まさしく――!!


「て、てめえまさか――ラーゾンか!?」

「糞犬ガアアァァァァ! 俺ハテメエニ殺サレタンダアアァァァァ!」


 化け物と人のキメラは、咆哮して動根の一撃を繰り出す。


 横なぎに振るわれた一撃を上空へ飛んで躱すと、そこに今度は上からの攻撃が飛んでくる。ハウルは自分の横にある空間を爆発させ、その爆風で横に飛んだ。動根は空振りし、地面を強く叩きつける。


「チイッ! チョこまかとおお!」


 次第に、無数の口から出てくる言葉さえも流暢になり始めている。


 短期間のうちに、恐ろしい変化だ。ラーゾンがこの身体を完全にものにするまでに、勝負をつけなければならない。


 ハウルは落下の衝撃を受け身で和らげると、即座に地面を駆けた。じっとしている暇はない。考えるのは、動きながらだ。


 化け物が振り回す動根を躱しながら、頭を高速で回転させる。


 こいつはどこを壊せば殺せる? 一本の動根の先にできたラーゾンの『顔』か? それとも上に咲いた花か?

 

 しかしそこに近づこうにも動根の数はあまりにも多く、全てを破壊しようとするとハウルの魔力が尽きてしまう。ギデオンはこの化け物のベースになっているバラの魔物が、ずっとタコと間違われていたと言っていた。そこに、何か解決の糸口があるかもしれない。


 その瞬間、動根の波状攻撃が緩まった。


「ハア、ハア、腹が減った……」


 化け物の口はそう呟くと、手近な三頭犬の死体を動根で掴み取ると、一つの口に放り込んだ。バリボリと嫌な音が響き、三頭犬は化け物の体内へと消えていく。


 それでもまだ空腹を満たすことができないのか、次々と周りの三頭犬を拾い上げては、おぞましい『食事』を続ける。あまりに凄惨な光景を前にして、ハウルは眉をひそめた。


「……それはてめえが作ったキメラだろうが!」

「ソウダゼ? 俺ノタメニ役立つんだから、きっとこいつらも本望さ」

「――ぶっ殺してやる!」

「マア待てよ。これからとびきりの食事をしようと思うんだから、邪魔すんじゃねえよ」

「とびきりの?」

「生キタ人間の肉だ。お前たちが俺のために用意してくれた食事さ。なんと五つもある」


 言いながら、化け物はギデオンが治療した囚人のうちの一人を動根で縛り上げ、空中でゆらゆらと動かした。その隣にラーゾンの『顔』を持つ動根が近寄り、間近でじっくりと囚人を見て……次にハウルへと視線を移した。


 その目は笑っている。口を失った顔で、ラーゾンは笑っていた。


「――て、てめえ!」

「イタダきまあす」


 ハウルは怒りに身を任せて特攻した。


 降りかかる動根をよけようともせず、全て爆破で対処する。


 一本、二本、三本……。

 

 次から次へと襲ってくる攻撃に消耗しながら、ハウルは化け物の茎へと急いだ。


「ハウル。俺はてめえみてえな、正義に酔って動く人間が一番嫌いだぜ? この囚人だって、どうせ死んで当然の罪を犯してここに来てんのさ。こいつを助ける必要なんてねえってのに」

「勘違いするんじゃねえ! そんなやつの生き死には俺に関係ねえんだ! てめえがむかつくから、ぶっ殺すって言ってんだろうがあ!」


 無茶苦茶な突進で敵を射程に捉えたハウルは、全ての魔力を解き放ち、頭上の花を爆破した。すさまじい轟音が響き渡り、大量の花粉が大気に舞う。


 一瞬にして視界が奪われた。もうもうと立ち込める花粉の煙幕にハウルが戸惑っていると、煙を割いて繰り出された動根の一撃が、ついにハウルを捉えた。


「――ッガハァッ……!!」


 地面に叩きつけられて動けずにいるところへ、今度は別の動根が巻きついてくる。

 そのまま空中へと吊り上げられたハウルのそばに、ラーゾンの『顔』がゆらゆらと近寄ってきた。


「どうやら、てめえが最初に食われたいみてえだな。え? ハウル?」

「……薄汚ない顔を寄せんじゃねえ……」

「おい、命乞いをしろよ! そうすれば、俺の気が変わって食わないでいてやるかもしれねえぜ? ほら、『ラーゾンさま、許してください!』ってよ!」


 ハウルは血の混じった唾をラーゾンの『顔』に吐きかけた。


「……てめえッ! この――犬コロの分際で!!」

「……俺は犬じゃねえ、狼だ……」

「わかったよ! そんなに食われたいなら、お前から食ってやる! 足から少しずつかじってやるからよ! 最後は喉を噛み切って、俺と同じ苦しみを味わわせてやる!」


 魔力は底をつき、身体は拘束されて動かなかった。もはや自分に打つ手は残されていない。


 一縷の望みをかけて、ハウルは空を見上げた。


 すでに花粉の煙幕が晴れ切った空には、いまだに太陽が強い輝きを放っている。


(くそっ、俺は何を期待してんだ……そもそもこっちの世界に、月があるのかもわからねえってのに……)


 ハウルはいよいよ覚悟を決め、最後にラーゾンの『顔』を睨みつけた。


「……地獄で、てめえが苦しんで死ぬことを祈ってるぜ、ラーゾン……」

「はっはっはァ! 順番が逆になっちまったなあ、兄弟いィ!」



「――おい、ちょっと待て。これはどういう状況だ?」



 ハウルの耳に、あの鬱陶しい男の声が聞こえたのは、まさにそのときだった。


 茂みから半身を出したギデオンが、清々するほどの間抜け面で固まっていた。


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