罪の所在
「どうしてブラントット商会には掘りやすい鉱山を与え、レダースト商会には掘るのが困難な海底鉱山を与えた?」
ギデオンは、応接室の椅子にシャルムートを座らせてから、そう問いかけた。
「なぜそのことを知ってる……?」
「彼らに直接聞いた」
「おしゃべりな小鬼風情め……!」
シャルムートは忌々しそうに顔を歪めた。
「なぜ扱いに差があるかだと? 別に差をつけているわけではない。やつらのことなどどうでもいいのだから。そもそも関心がないのだ」
「関心がない?」
「そうとも。俺は心を入れ替え、人に優しくなろうと思った。いいか、人にだぞ? だがいままでやってきたことをやめるわけにはいかない……」
言いながら、シャルムートは苦しげに頭をかきむしった。
「……お、俺は生き物の苦しみを味わわなければ落ち着かない。これは男が女を見てムラムラしたり、飯を食ってしばらく経つと腹が減ったりするのと同じように、本能とか性質みたいなものなんだ……」
「それで?」
「小鬼は人じゃない。あとは、わかるだろ……?」
「これまで人でやってきたものを、ゴブリンに肩代わりさせ始めたということか?」
シャルムートは先ほど、「奴隷や囚人奴隷を使って、殺しを楽しんでた」と言っていた。つまりは、そういうことだ。
「この世界じゃ当たり前の価値観だ。ギデオン、お前の方がおかしいのさ……」
「ゴブリンを痛めつけるのは楽しいか?」
「楽しい楽しくないじゃない。それは俺にとって必要なことなんだ。それに、小鬼を痛めつけるんじゃなくて、俺が苦しむのさ。どうしても、そのための身体が必要なんだよ……」
「……?」
シャルムートがわけのわからないことを言い、ギデオンは眉をひそめた。
だが少なくとも、ゴブリンを自分の道具のようにしか扱っていないということはわかる。
「それであんたの良心は痛まないのか? 竜は許してくれると?」
竜という言葉を聞いた途端、シャルムートは目を見開き、敵意をむき出しにする。
「あ、当たり前だ! 俺は心を入れ替えたんだ! いまは、自分の罪に正直に向き合って生きている! 竜は俺をお許しになるに決まってる!」
ギデオンは冷たい目でシャルムートを見つめた。
なるほど、こいつの言う竜は確かに最初ペッカトリアに現れたのかもしれない。しかし、いまは結局、自分の中にいるわけだ。
「……あんたはさっきの質問にまだ答えてないぞ。どうしてゴブリンの片方を贔屓して、もう片方を虐げるような真似をする?」
「関心がないと言っただろ……? 鉱山を振り分けるというとき、たまたまブラントットの方が俺に貢物を持ってきた。俺は好きにしろと言った。それだけさ」
「じゃあ、振り分け直せ」
「そんなもんは、あいつらが勝手にやればいいだけの話だ……俺がここに来る前から、あいつらはミスリルを掘り出してた。いまさら、いちいち俺が指示を出す必要はない……」
その物言いにカッとなったギデオンは手を伸ばし、シャルムートの胸ぐらを掴んだ。
「――なら、お前はここにきてから何をしてた? ただゴブリンを殺してただけか?」
「違う。竜を恐れ、人を愛していた。許しを得るためだ……」
「話にならんな」
「お、お前も許しを請え! お前も罪人だ、ギデオン!」
シャルムートが突然喚き出し、ギデオンは彼を突き飛ばすようにして手を離した。尻餅をついたシャルムートの怯え顔を、じっと見下ろす。
「……俺は俺の良心に従う。お前にとって無関心なゴブリンたちが、ここの鉱山をどうしようと構わないな?」
「お前にも罰が下るぞ……竜がやってきてお前の腕を食う……」
目に涙を溜め、ぶつぶつと呟き出したシャルムートを置いて、ギデオンは応接間を後にした。
「ああ、旦那さま! 密談は終わりんしたか?」
「終わった。シャルムートは意外と話のわかるやつだったよ」
「それはようございなんした」
「リルパ?」
ギデオンは胸中にうずまく怒りを抑えながら、リルパに語りかけた。
「……な、なに?」
「ここのゴブリンたちに不要なものを取り除く必要がある。不平等と、鉱山の奥に現れたという魔物の二つを」
それからギデオンは、彼女たちを連れて屋敷の外へと出た。
ブラントット商会とレダースト商会に所属するゴブリンたちは、まだそこで待っていた。
「ああ、ギデオンさま! シャルムートさまはどのようにおっしゃられておりやんしたか?」
「魔物を取り除くことを許可してくれた」
ギデオンが言うと、ブラントット商会の方が歓声を上げ、レダースト商会の方は複雑そうに口をへの字に曲げた。
「ただし魔物がいなくなったあとは、もう一度鉱山の振り分けを行う。俺はここの鉱山の事情がよくわからないが、二年前にシャルムートがやってくるまでは上手くやっていたんだろ? そのときの状態に戻すなり、もう一度話し合いで平等に振り分けるなりするんだ」
すると今度はレダースト商会の方が諸手を挙げて喜び、ブラントット商会の方が気落ちしたような顔になる。
「商会のゴブリン全員が路頭に迷うよりはましだろ? それに、競争は公明正大な方法で行われなければならないと言ったのはあんただ、ウィンゼ」
「しかし……」
「言っておくが、シャルムートと違って俺に鼻薬は効かない。この二年間、随分とそれでいい目を見たそうじゃないか」
するとウィンゼはさっと青ざめ、何度もコクコクと頷いた。
「わ、わかりやんした……ギデオンさまのご提案を受け入れやんす……」
ギデオンは振り返り、ロゼオネの後ろに半身を隠すリルパの方を向いた。
「……そういうわけだが、リルパ。最終的に決定を下すのはお前だ。俺はどうすればいい?」
「……うん。ギデオンがいま言ったようにして。わたし、命令するから……」
リルパはまだおずおずといった調子だったが、ロゼオネを介することなく、自分で意思を伝えた。
「わかった。ランページ・リキッドを排除する。ウィンゼ、その地底湖まで案内してくれ」
「わ、わかりやんした。しかし相手は水です。いったい、どうやって打ち倒そうというのでございやんすか……?」
「それは戦ってみなければわからない。俺はまだ、その魔物がどのようなものかすら知らないんだから」
「知らないにもかかわらず、よくそんなに自信満々でいられなんすねえ」
ロゼオネがぽつりと呟き、ギデオンは肩をすくめた。
「俺には、リルパがついてる」
圧倒的な怪物――想像しうる力の天井が。
しかしそんなギデオンの言葉を聞いた当のリルパは、ますます顔を真っ赤にすると、ロゼオネの身体の向こうに完全に隠れてしまった。




