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監獄ダンジョンと追放英雄  作者: ゆきのふ
暗殺者と蠢く陰謀
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騎士見習いの少年

 ギデオンはやはりカエイルラの国王に雇われ、この監獄世界に派遣された人なのだろうか?


 メニオールが言っていたことだ。

 いま、カエイルラの姫は呪いに犯されている、と。


 ギデオンほどの実力者なら、国関係の権力者に雇われていてもおかしくない、というところからメニオールは二つの考えを結びつけたようだったが、昨日ミレニアが訊ねたとき、ギデオンはそれを否定した。


 あのときギデオンは、嘘を吐いているようにも、空とぼけているようにも見えなかったが……。


 彼と一緒に教会にやってきたミレニアは、石化したハウルのいる小部屋で静かに物思いに沈んでいた。


 ギデオンはすでに、日が沈む前に帰る必要があると言って、先ほどミレニアのことをここの教主に頼んで行ってしまったのだ。


(彼は本当に不思議な人ですよね……ハウル?)


 心の中で、ハウルに語りかける。


 ギデオンが相当の実力者であることは間違いない。

 この街に来るまでの戦いぶりを目の当たりにしたときからそう思っていたが、先ほどの桁違いのマナコールは、背筋に寒気が走るほどだ。


 こんな秩序があってないような世界においては、勝手放題できるくらいの力はあるだろう。にもかかわらず、彼は無欲であるばかりか、その力を使って人を助けようとさえする。


 スカーだと思い込んでいるメニオールの手の内にいるミレニアを心配して心を痛めたり、他の囚人に捕えられたハウルを、その魔の手から救い出したりしている。


 だからきっと、ギデオンは金銭のために動いているわけではないだろう。

 誰かから依頼されて、例のカルボファントの象牙なるアイテムを入手しようとしているにしても、その人を心から助けたいと思っているからこそ、彼は必死になっているのだ。


 ミレニアは、ギデオンのことをもっと知りたいと思うようになっていると自覚し、顔が熱くなるのを感じた。


(あの人が助けたいと思うのは誰? あれほど力のある人が……)


 ひょっとすると、それは嫉妬だったのかもしれない。

 ギデオンが助けたいと思う人は、女性なのだろうか?


 そのとき小部屋のドアが開け放たれ、ミレニアはハッと意識を現実に引き戻された。

 スカーに扮するメニオールが立っている。彼女は視線を動かし、部屋を見渡した。


「……ギデオンはもう帰ったのか?」

「ええ、日が落ちるまでに帰ると」

「忙しいやつだ……おや?」


 メニオールはそこにいるハウルに驚いたらしい。


「なんとまあ不用心なことで。せっかく取り戻した坊やをここに置いて行ってるじゃねえか」

「自分といるより、ここの方が安全だと言っていました。つまりは、あなたを信用しているってことじゃないですか?」

「信用ねえ。じゃあ、もっと安全な場所に移そうか」

「ハウルのことで、あの人を利用しようとするのは止めてください」


 意味深な発言をするメニオールを、ミレニアは諌めようとする。


「利用だと? どういう意味だ?」

「ハウルの身柄を隠せば、またギデオンはあなたに逆らうことができなくなります」

「よくわかってるじゃねえか。でも、それはお互いにとって重要なことなんだぜ。ギデオンは、力はあるがどこか抜けたやつだ。オレの言うとおりに動いていれば間違いはない」


 ミレニアは不服な感情が伝わればいいと思って、メニオールを睨みつけた。

 すると彼女は、腰の袋から宝石のようなものを取り出す。


「見ろ、あいつが欲しがってるものだ」

「え……?」

「カルボファントの象牙さ。オレの望みの物を手に入れることができれば、あいつにこれを譲る気でいる。オレがどれだけ寛大な人間か理解できたか?」


 呆気に取られるミレニアに、メニオールはピシャリと言い放つ。


「理解できたら、これからはオレに生意気な口を利くのをやめろ。教えておいてやるが、男という生き物はお前が考えてるほど、理想的なやつらじゃない。惚れた腫れたを物事に持ち込むな」

「べ、別に私はギデオンのことをそんな風に思ってるわけじゃありません……!」

「お前は弱い。なぜかわかるか?」


 メニオールは顔を寄せ、脅すようにミレニアの目を覗き込んだ。


「――女だからだ」

「あ、あなただってそうじゃないですか」

「オレは違う。少なくとも男だからという理由で、会って一日二日の人間に気を許したりはしない」


 そう言われて、ギクリとする。言われてみると、確かにミレニアがギデオンに会ったのはほんの二日前なのだ……。


「いい加減、人を疑うことを覚えろ、ミレニア。お前には昔からすり寄ってくる男が多くいたはずだ。姫というだけでなく、マナを見とおす力。瞳術師の輝きの瞳(グリムズアイ)という光に引き寄せられて、力を欲するやつらが虫のように群がってきたはずだ。『あなたの騎士になります!』……そう声高に宣言していたやつらが、実際にお前を守ってくれたか?」


「守ってくれたことは……あります……」

「だが、守り切ることはできなかった。いまここにお前はいる」


 メニオールはミレニアの手を掴み、そこに力を込めた。


「一度犯した失敗を何度も繰り返すのは、猿でもできる。お前は人間だぜ」

「そ、その理屈だと、あなたも信用できないことになりますよ……?」

「だから、信用するなと言ってるんだ。オレはお前を利用しようとしているだけ。オレたちは、打算の関係にしかねえのさ」


 メニオールは不機嫌な様子で舌打ちすると、そのままミレニアの手を引いて歩き出す。


「あ、あの、ハウルは……?」

「あとで移す。お前のような馬鹿は、とっととゴスペルのところに隠しちまった方がいい。どこでボロを出すかわかったもんじゃねえ……」



 強引に腕を引くメニオールは、ミレニアに遥か昔の記憶を思い出させた。

 まだまだ自分の価値に気づかない幼いミレニアの騎士を買って出てくれた少年のことを……。


「――俺をあんたの騎士にしてくれ」


 照れ臭そうに頬を赤らめてそう言う少年は、ミレニアの住む屋敷の近隣では有名なガキ大将だった。


 傭兵をしているという父親の影響で早くから剣を習ったという彼は、齢十二にして騎士団に所属する者でも数回に一度は後れを取ってしまうほどの天才ぶりを発揮し、周りの家臣を驚かせた。


 騎士見習いとして屋敷に出入りを許された少年の名は、ストレアルと言った。


 周りに歳の近い友だちがいなかったせいかもしれない。

 ミレニアと彼は、すぐに仲良くなった。


 ストレアルは他の者の目を盗むのが上手く、ミレニアの手を引いて屋敷から連れ出しては、近所の野山で泥だらけになるまで遊び、よく家臣から一緒に大目玉をくらった。


 そうして同じ時間を共有して成長したストレアルが、ミレニアにとって兄も同然の存在になったとき――ミレニアは初めて生命の危機に直面した。


 日頃の窮屈な生活の息抜きで行った、湖への慰安旅行。

 暗殺未遂事件はその最中に起きた。


 いまから思うと、あれもきっとミレニアが生きているのを邪魔に感じた親族の仕業だったのだろう。


 ストレアルはミレニアの危機に真っ先に駆けつけると、暗殺者たちを撃退した。

 相手の数は多かったが、彼らはストレアルにとって大した脅威ではなかった。というのも、彼は新しい力を身につけていたからだ。


 ミレニアの瞳の助けを受け、使えるようになっていた力――マナコールによるマナ増幅。

 もはやそのときすでに、ストレアルはフォレースでも有数の剣士になっていた。


「……俺は正式な騎士になるよ、ミトラルダ。騎士見習いなんてもう卒業する。王都で騎士になるのを認められたら、これからはずっとお前のそばにいる」

「じゃあその言葉づかいも、改めないといけませんよ? 私は騎士であるあなたが守るべき存在なんですから」

「私の全てを捧げますよ、姫殿下」


 そうして冗談を言って笑い合ったのが、ストレアルと過ごす最後の日になってしまうとは……。

 王都から彼が出した便りを受け取ったとき、ミレニアは嬉しいようなさびしいような、とても複雑な気持ちになった。


 実力を認められた彼は王都で第七騎士団の騎士団長に任命され、辺境で暮らす姫の護衛など許される身分ではなくなってしまったのだった。

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