逆襲のガーゴイル
魔法の腕が金属を無視して突き刺さり、その奥のトバルに触れる。
ラスティは勝利を確信し、笑みをもらした。
――しかし、ガーゴイルの鳥頭にはめ込まれた鉛色の瞳が、ラスティの方を獰猛に睨みつける。
「……え?」
ガーゴイルは動きを止めず、そのまま飛び膝蹴りを見舞ってきた。
身をよじって直撃は躱したものの、右肩にかすっただけで凄まじい衝撃が走る。
「ぐわあああああ!?」
「チッチッチ! あとで病院に行け! なんなら、そこにおるシェリーに介抱してもらえばよかろう!」
「ふ、ふざけんじゃねえ!」
吹き飛ばされたラスティは、石畳の上で何とか受け身を取ると、追撃を加えんと迫っていた巨大な彫像から逃れようと、大きく横に飛んだ。
また『苦痛の腕』を伸ばす。
先ほどは、少し位置がずれてしまったかもしれない……。
何せボスのドグマからは、ペッカトリアに多大な貢献をしているトバルを、絶対に殺してはいけないと指示がでている。
それゆえ、ラスティもこの魔法の腕で、無茶苦茶なことはできないのだ。皮膚の奥にある神経を少し撫でる程度――いまの攻撃は、手加減し過ぎて神経に到達していなかったのだろう。
「調子に乗るんじゃねえぜ、ジジイ! すぐに苦痛の声を上げさせてやる!」
腕がズブリと彫像の胸に沈み込んでいく。
先ほどトバルが彫像の胸を開いたのは、ラスティにとっても幸運な出来事だった。彼の位置を正確に把握することができたからだ。
今度こそ間違いなく、ラスティはトバルの右腕の表面を抜け、その奥に手を忍び込ませた。
それは魔法器械の腕だったが、神経は繋がっているのできちんと苦痛を与えられる上に、少し手荒に扱っても、生身部分と違って修復が効く。
「さあ、苦痛に悶えな!」
勝利を確信した攻撃だったにもかかわらず、彫像は動きを止めなかった。
ラスティはハッと息を呑んだ。
「――な、何だとお!?」
「チッチッチ! チィーッチッチ!! 効かん! 効かんのよ、ラスティ!」
迫りくるガーゴイルの拳を、紙一重で躱す。彫像の勢いは止まらず、そこにあった街灯を叩き折った。
ガーゴイルはその街灯を軽々持ち上げると、今度はそれを振り回しながら肉薄してくる。
(『苦痛の腕』が効かない!? い、いったい、こりゃどういうことだ!?)
ラスティは焦り、必死になって別の戦い方を探した。
懐からナイフを二本取り出し、『苦痛の腕』に握らせる。
「ほう、宙に浮かぶナイフか! そんな器用なこともできるのか、スカーの力は! じゃが、それでこの彫像に傷をつけられるか?」
この腕は他の者には見えないので、ラスティ以外には確かにナイフが宙を舞っているように見えるのだろう。
ガーゴイルが街灯を振り回し、ナイフを弾き飛ばした。
しかしラスティはすぐにナイフを引き寄せ、腕を一気に伸ばして巨大な彫像の首元を突いた。
ギン! と金属音が響き渡り、刃が弾き返される。
「無駄じゃ、無駄! これぞこのガーゴイルの真骨頂! 並みの攻撃なら、鋼鉄の体躯で弾き返してしまう、猪突猛進なる悪魔の化身よ!」
確かに、こんな武器では駄目だ。トバルにダメージを与えるには、外側から内部へと衝撃を与えられるような――鈍器しかない。
職人街からトバルを追いかけてきた小鬼たちは、手に仕事道具を持ったまま駆けつけたやつらが大半だった。
ラスティはさっと辺りを見回し、小鬼たちの手に握られている手ごろなハンマーを見つけると、それらを見えない四本の腕で奪い取った。
四本のハンマーが宙を舞う。
「その像ごと鉄クズに変えてやるぜ、ジジイ!」
「そんなもんでこのガーゴイルを止められると思うか、この若造!」
ハンマーで鳥の頭を思い切りぶん殴ると、ガーゴイルは一歩だけ後退した。
「――効かんのう!」
「効くまでぶちのめしてやるって言ってんだ!」
「その前にお前さんを叩きのめしてやる!」
ガーゴイルは自分の周りを飛び回る四つのハンマーを気にした様子もなく、また突撃を仕掛けてきた。
街灯の一振りを跳躍して躱すと、そこに拳が飛んでくる。
ラスティは魔法の腕を操作し、ハンマーの打ち下ろしで彫像のパンチを叩き落とした。
「おのれ、ちょこまかとお!」
体勢を崩したガーゴイルは、下がった腕の勢いを利用して前転すると、即座に起き上がって宙にいるラスティに頭突きを見舞ってきた。
「う……ぐええっ……!」
鳥の頭の一撃をもろに受け、ラスティは空高く吹き飛ばされた。
しばらくの滞空ののち、集まった小鬼たちの上に落下する。小鬼のおかげで石畳に叩きつけられることはなかったが、すぐに彼らは近くから逃げ出し、人ごみが割れてガーゴイルからラスティまでの道ができ上がった。
「――勝機到来! この機は逃さん!」
ガーゴイルは折れた街灯を身体の上で振り回しながら、ラスティへと再度飛び掛かってくる。
(ま、マジで何だってんだ、このジジイ!? 『苦痛の腕』が急に効かなくなるなんて!?)
まさか、新しい魔法器械を開発したのだろうか?
スカーの力が通じなくなるような何かを……?
ラスティは迫りくる彫像に戦慄しながらも、その思いつきに興奮を覚えていた。
このジジイは、ついにやりやがった。
このジジイの……いや、この人の魔法を借りれば、もうあの恐ろしいスカーにびくびくして暮らさなくてもいいかもしれない……。
しかし、そのとき。
「――死ねえ、ラスティ!」
トバルが彫像の中で、獰猛な唸り声を上げる。
……え、死ね?
「ちょ、ちょっと待て、ジジイ! そういう話じゃなかっただろうが!」
「ああ、言葉のあやじゃ! チッチッチ! これまでの恨み、いまここで返してくれる! もはやお前さんに勝ち目はない――が、一発ちゃんとぶん殴らせろ!」
「こんのクソジジイがあ!」
ほとんど悪あがき同然で、ラスティは近くにいた小鬼を二本の腕で捕まえると、彫像に向かって思い切り投げつけた。この腕にほとんど力はないが、流石に何本かまとめれば小鬼を投げるくらいのことはできる。
「ぬ、ぬお!?」
突然飛んできた小鬼に、トバルは意外なほど驚いた様子だった。街灯を取り落とすと、両腕で防御の構えを取り、そこに小鬼が激突する。
小鬼は、必死の形相で彫像の腕に捕まり、しばらくぶらぶらと身体を揺らしてから……。
「……さ、触った! ガーゴイルに触ったぞ!」
「ずるいぞ、貴様!」
途端に、周りから小鬼たちの怒りの声が飛んだ。
そうこうしている間に、ラスティは別の小鬼を捕まえ、また彫像に向かって投げ飛ばした。
その小鬼は今度ガーゴイルの鳥頭にぶつかり、最初は驚いた様子だった――が、すぐに嬉々として彫像をペタペタと触り出す。
「おお、何という光沢! 何たるたくましさ!」
周りの小鬼たちが顔を見合わせ、ゴクリと喉を鳴らした。
「い、いや、それはまずいだろ。囚人さまの所有物に飛びつくなんて……」
「ち、違う、俺は囚人さま同士で争い合って欲しくないのだ!」
最初に投げ飛ばした小鬼が、やはり彫像の腕にぶら下がったまま、脂汗を浮かべて叫んだ。
「ああ、トバルさま、これは仲裁に入ったまででございやんす! どうして気高き囚人さま同士が戦い、血を流す必要がございやんしょうか!」
「そ、そうでございやんす! わたくしめらをご指導いただく囚人さまたちのご健勝をお祈りするからこそ、こうしてお止めするのでございやんす!」
彫像の顔に張り付く小鬼も、抜け抜けとそんなことを言い出す。
「ううむ、しかし……これは別にあやつを殺そうとかそういうものではないんじゃが……」
「先ほど、『死ねえ』などと申されておりやんした!」
「いや、だからそれは言葉のあやで……」
「お、俺たちもお止めしよう! そうだ、囚人さま同士が争うのは、このペッカトリアのためにならない!」
そう叫んだ小鬼の一匹が、ガーゴイルに向かって走り出すのを見るや、周りもはじかれたように動き出す。
争いを止めると言っていたわりに、彼らは傍にいるラスティを諌めるようなことはせず、みながみなガーゴイルへと殺到していた。
「ま、待て、お前たち! わかった、わかったから! ワシにもう戦意はない!」
「おお、これがガーゴイル!」
「触ったやつはどけ! まだの小鬼がいるんだから!」
小鬼たちに押しつぶされ、身動きが取れなくなったトバルを置いて、ラスティは這う這うの体で広場から逃げ出した。




