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監獄ダンジョンと追放英雄  作者: ゆきのふ
囚人技師の憂鬱
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戦いの分析

 ギデオンは、建物の屋根の上から、眼下の広場で右往左往する彫像のガーゴイルを見て焦燥していた。


 あの中にいるトバルには、まだ死忘花の痛み止めを投薬していない。ラスティがスカーの『苦痛』の力を使えば、トバルにそれを耐える術はない。


 苦痛の程度がわからないものの、トバルは何回か戦ってその力を体感している口ぶりだったので、やはり抗い難い痛みなのだろう。


 しかし、スカーの魔法というのは、あの金属の彫像を纏っていても防げないものなのだろうか……。


 広場には、トバルの目星であるラスティの他にもう一人、シェリーもいた。彼女は不機嫌そうに腕を組んでいる。


「……ラスティ、私、帰っていいかしら? 昨日の埋め合わせをして欲しいって、あなたが言ったのよ? ……なのに、まさか先約があったなんてねえ。サイアク……」

「ま、待ってくれよ、シェリー! 俺はこんなジジイと約束した覚えはねえ! ジジイ……てめえ、人の邪魔をすることしかできねえのか?」


 ラスティが、ガーゴイルに向け恫喝するような声を出す。


「い、いや、ちょっと待ってくれんか? 実はちゃんと戦いの準備をしてくるのを忘れてしまって……」

「てめえから喧嘩を吹っかけてきたんだろうが! 毎回、毎回、こんなに小鬼をぞろぞろと引き連れてきやがって……いい加減にしろよ!」


 ラスティは手を広げて、周囲のゴブリンたちを煩わしそうに睥睨した。


 ゴブリンたちはゴブリンたちで、何やらどよめいている。


「ええ、ガーゴイルの相手はラスティさまだったのか……」

「マジかよ、何連敗中だっけ……?」

「何も囚人さま同士で喧嘩しなくてもいいのに……俺たちは魔物をぶっとばす強いガーゴイルが見たいのに……」


 中には、相手がラスティとわかった途端、帰り出そうとするゴブリンたちもいた。


「なあに、これって見世物? ひょっとしてラスティ、私にいいところでも見せようとしたのかしら? 悪いけど興味ないから帰るわ」

「待てって、シェリー。すぐ終わらして小鬼どもをどかせるから、ちょっとだけ時間をくれ!」

「それはこっちの台詞じゃ、ラスティ! ワシにちょっと時間をくれ!」

「てめえは、わけのわかんねえことをほざいてんじゃねえ!」


 ラスティは顔を真っ赤にし、怒鳴り散らした。


「ミレニア、マスクを外してくれ」


 広場が揉めているうちに、ギデオンはミレニアに声をかけた。


「……え?」

「君の隠してる方の瞳……輝きの瞳(グリムズアイ)には、あのラスティという男の使う魔法が見えるはずだ。それがどんなものか確認してから、可能なようなら俺があの輪の中に直接割って入る」


 言ってから、そう言えばそれこそがスカーの力なのだ、と思い至る。

 ラスティは誰かの魔法をコピーして使える魔法の持ち主で、いまはスカーから魔法を借りているのだから。


(……ひょっとすると、これはチャンスなのかもしれない。ミレニアを今日俺に預けたことで、スカーのやつは墓穴を掘ったんじゃないか……?)


 そう考えると、いつもいいようにあしらわれているスカーに対し、ギデオンはやり返せたような気持ちになった。


 ミレニアがマスクを外すと、傷一つない美しい顔が露わになる。


「そ、そんなにじろじろ見ないでください……」


 スカーを出し抜けるかもしれないという期待感で一杯だったギデオンは、浮ついた気持ちのままミレニアを見つめていたことに気づいて、思わずまごついてしまった。


「ああ、悪い。君が綺麗だったから」


 すると、ミレニアはカッと顔を真っ赤にした。


「か、からかわないでください!」

「事実だよ。そんなことより、あのラスティを見てくれ。広場の中心にいる男だ」


 ギデオンがラスティを指差すと、ミレニアは不平っぽい顔でギデオンを睨んだ。


「……どうかした?」

「そんなことよりって……いえ、何でもありません……」

「それはよかった。ほら、あの男だ」


 ミレニアは依然としてぶすっとした顔のまま、広場に顔を向けた。そして次の瞬間、ハッと息を飲み、マナを見とおす金色の左目だけを手で隠したり、また両目を露わにして男をまじまじと見つめたりした。


「……あ、あの人には、腕が六本あります。マナで作られた腕が四本……」

「腕?」

「ええ……両肩からそれぞれ、マナの腕が二本ずつ生えています」

「それがあいつの魔法ってことか?」

「右目には見えませんから、そうだと思います……」


 ミレニアは緊張した様子で小刻みに瞳を動かしている。


 当然ながら、ギデオンにはその『魔法の腕』が見えなかった。

 そのとき、ラスティが動いた。トバルの操る彫像に突進をしかけると、ガーゴイルの方は大きく後ろに飛び退いた。


「う、腕が伸びて彫像を追いかけています! ああ! えっ……?」


 ミレニアが素っ頓狂な声を上げるのと、ガーゴイルが大きく震えたのはほとんど同時だった。

 それからほどなくしてガーゴイルは片膝をつき、ガクガクと痙攣し始めた。


「い、いま何があった、ミレニア!? トバルは魔法の腕に捕まったのか!?」

「いえ、伸びた腕は彫像の胸部に触れてから、まるでそこに何もないみたいに、金属の中へすり抜けていったように見えました……」

「すり抜けた? ……いま魔法の腕の状態はどうなってる?」

「元の長さに戻って、そのラスティという人の肩の近くで、肘の関節を曲げ伸ばししていいます……」


 ガーゴイルはよろよろと立ちあがった。

 見るからにダメージを受けている様子だ。それが、トバルの言っていた『苦痛』ということなのだろうか。


「その腕に触れられると激痛が走る。しかも腕は物質を貫通するから防御できない。そういうことか……?」

「あと、伸縮します。普通の腕では届かないような場所にまで、さっきは伸びていました」


 ミレニアの言葉に、ギデオンは無言で頷いた。


 これがラスティの力――つまりはスカーの力か。


 広範囲で、敵に察知されず、防御不能。

 そんな攻撃を繰り出せるというなら、何とも厄介極まりない力だ。


 しかしギデオンの頭には、とある疑問が渦巻いていた。確かに強力な魔法だが、これでは初めてドグマの宮殿で見たスカーの不死身を説明できない。

 何かまだ、彼の力を誤解しているのかもしれない……。


「……とはいえ、このままトバルを放っておくことはできない。俺はあいつの助けになると約束したから」

「え?」

「ありがとう、ミレニア。君のおかげであの男の力が、完全にとは言わないまでも、わかった気がする」


 ギデオンはいまだ全身を覆っている浮遊樹の力を借り、大気に身を任せた。


「君はここでもう少し、ラスティの魔法を観察しておいてくれ。またあとで迎えに来る。君はきっとそこから降りられないだろうし」

「ま、待ってください! まさかあの人と戦う気ですか? 危険ですよ!」


 必死な様子で言い募るミレニアに、ギデオンは上空から笑みを返した。


「俺は戦わない。俺が戦って勝つのは簡単だ。でもそれでは意味がないからな。トバルに勝たせたいんだ」



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