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監獄ダンジョンと追放英雄  作者: ゆきのふ
囚人技師の憂鬱
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ガーゴイル

 スカーという男に扮するメニオールの後姿を、悔しそうな表情で見送るギデオンの隣で、ミレニアは緊張していた。


 メニオールの話だと、今日一日ギデオンの言うことを何でも聞いてやれということだ……。


 ギデオンとはまだまだ短い付き合いであるものの、彼が誠実な人であることくらいは、いままで彼が取ってきた言動の節々で理解できている。


 しかしあくまでギデオンは男であり、ミレニアは女なのだ。

 さらにここでの身分では、彼はミレニアを好きに扱っていい立場にある。


(ひょっとしたら何か……間違いが起きてしまうことだって……)


 メニオールは絶対に大丈夫だと自信満々な様子だったが、不安だった。そもそも、メニオールが自信に溢れていないときを見たことがないのだが……。


 そんなことを考えながらギデオンの横顔を見つめていると、彼が不意にこちらに視線をやり、ミレニアは慌てふためいた。


「君には怖い思いをさせてしまって、本当に悪いと思ってる……」

「ええ!?」


 一瞬、ギデオンが心を覗いてきたのかと思ったが、彼が言いたいのは「『スカー』の元で怖い思いをしているのを悪く思う」ことだと気づいて赤面した。


「い、いえ……私は大丈夫ですから……」

「いつか必ず自由にする。生きてさえいれば、必ず展望は開けるから」

「ええ、そう思って生きています。同じことを、他の人にも言われました」


 そのとき、奥の部屋から小さな老人が現れ、ミレニアは息を呑んだ。

 あまりにも痛々しい姿だったからだ。身体の色々な箇所が器械に置き換わっている。


「待たせたな、ギデオン! ――あれ、その娘は誰じゃ?」

「いまさっき、スカーが俺のお目付け役として置いて行った。名前は……リーシアだ」


 ギデオンは二つ目の偽名で彼女を紹介してから、今度はミレニアの方を向く。


「リーシア、こっちはトバルだ。一級身分の囚人技師、トバル」

「……お初にお目にかかります、トバルさま」

「スカーの奴隷か。その様子だと、随分と酷い目にあっておるようじゃのう」


 トバルはミレニアの顔を見上げ、同情した様子でそう言った。マスクを見ているのだろう。


「……いえ」

「その鬱憤を晴らせるかどうかはわからんが、これからあやつの子分をぶちのめしてやる」


 トバルはニカッと笑った。


「あんたは何で戦う? さっき言ってた大砲か?」

「いや、いつものやつじゃ」


 言いながらトバルは部屋の隅に歩いて行き、そこに置いてある金属の彫像を誇らしげに叩いた。


 魔物にしか見えない容貌の彫像だ。鳥の顔をしていて、身体の部分は屈強な人型。そして背中に翼が生えている。彫像の体高は、ゆうに三メートル以上はある……。


「こいつはもともと、小鬼の細工師が工房の屋根の飾り細工として作ったものじゃったが、それを見た小鬼の子どもが怖いと泣き出してのう。そこに目をつけた他の小鬼から、この彫像を使えば、悪い子どもの教育に使えるのではないかという意見が出た」

「しつけに使おうということか」

「そうじゃ。だが、実際に動かしてみると、失敗じゃった。……なんと、ウケにウケてしまったのじゃ! 子どもだけではなく、大人にも!」

「う、動かす? その彫像は動くのか?」

「彫像をいくつかの部分に切り分け、一つ一つにワシの魔法で命令を書き込んでおる。かつてフルールとともに戦った、岩人形(ゴーレム)の仕組みを参考にしたんじゃ。ガーゴイルよ、『開け』」


 トバルが命じると、その彫像――ガーゴイルの胸部が大きく開き、そこにぽっかりと暗い空間が現れた。

 トバルはガーゴイルの身体をよじ登り、その空間に身を滑り込ませた。


 次の瞬間、彫像の胸部が閉まり、トバルの姿が見えなくなる。魔物がその小人(リリパット)を飲み込んでしまったと思ったミレニアは、ハッと息を呑んだ。


 横にいるギデオンも、同様に驚愕した様子だった。


「お、おい、トバル! あんた彫像に閉じ込められたみたいだぞ! 大丈夫なのか!」

「安心せい! これは仕様じゃ!」


 ガーゴイルの身体からトバルの声が響き、鳥の顔がギッと動いて二人の方を向く。


「――うわあ!」

「驚いたか! 少しサイズの大きい鎧のようなものじゃ! ワシの手にかかればな!」


 ガーゴイルはチッチッチと笑った。


「――では出撃する! あの若造、今日こそしばき倒してやる!」


 彫像は突然走り出すと、部屋の扉を突き破って工房の外へと飛び出して行ってしまう。


「お、おい待て、トバル! 死忘花の痛み止めを忘れてるぞ!」


 ギデオンが慌てた様子で叫んだ。しかし、ペッカトリアの街を力強く疾走する鋼の巨像には、その声が届いていないようだった。


 それもそのはずだろう。なぜなら……。


「トバルさまのガーゴイルだあ!」

「仕事してる場合じゃない! ガーゴイルの姿をこの目に収めるんだあ!」

「いったい誰と戦うんだ!? 街に悪い魔物でも現れたか!?」


 小鬼たちの働く職人街が騒然となり、祭りでも始まったかのような大歓声がそこかしこから上がる。


「追いかけるぞ、ミレニア!」


 ギデオンはミレニアの手を握り、石畳を駆け出した。

 しかし街に溢れた小鬼たちのせいで、すぐに前へ進むことができなくなってしまう。


「くそっ……こうなったら上から行くか」


 言うが早いか、ギデオンはミレニアの身体を片手で担ぎ上げると、逆の手から何か植物の蔓を伸ばして建物の屋根に引っかけ、壁をよじ登った。


 それから彼はミレニアを腕に抱え、屋根の上を走り出す。


 ミレニアは、しばらく自分の状況に理解が追いつかないままだったが、ようやくギデオンに抱きすくめられていることにハッと気づくと、ほんの近くにある彼の顔を見て赤面した。


「きゃあ、お、下ろしてください!」

「トバルを追いかけるのが先だ! 君と走るよりこっちの方が速い!」


 ギデオンは驚くべき身軽さで、屋根を伝っていく。彼が建物の屋根に着地する度、ミレニアは衝撃とともに、目の前にある胸に顔を埋めることになった。


 恐怖と羞恥心で、思わず目を閉じた。ドン、ドン、と衝撃が続き……衝撃が続き……いや、いつの間にか、衝撃が来なくなっている……。


 あたりの喧騒が小さくなり、頬に強い風を感じた。


 ミレニアは、すっと右目を開いた。

 そこにあるべき街が消えている。


「……え?」

「いた、あそこだ! 病院近くの広場だ!」


 ギデオンが大声を出す。彼の視線は下に向けられている。視線の先を追ってみると、そこに小さくなった街の風景がある。


 そのときになって、ようやくミレニアは自分が遥か上空にいることに気づいた。


「――っきゃああああああああああああああああ!」

「い、いきなりどうした!?」

「な、なんで空にいるんですかあ!?」

「なんでって、上から行くって言ったじゃないか……」


 ギデオンは戸惑い顔でそう言った。よくよく見ると、先ほど彼の右腕から伸びた蔓はいま彼の全身を覆い、そこからさらに翼のような巨大な葉が広がっているではないか。


「な、何ですかこの……木?」

「こいつは浮遊樹という植物だ」

「ふ、ふゆーじゅ……?」

「葉で風を捕まえ、空を飛ぶ。浮遊樹の群生体は圧巻だぞ。空で輪っか状に繋がり合う彼らは『天使の輪』とも言われて、縁起物扱いされている」

「せ、説明はありがたいですけど……なんだか高度が下がってませんか!?」


 最初は気のせいだと思った。しかし、ミレニアの不安は的中していた。

 ぐんぐんと高度が下がり、眼下にある街が大きくなってくる。赤いレンガ造りの屋根が、すぐそこに迫ってくる――。

 

 落ちる! と目をぎゅっと瞑った次の瞬間、ふわりと身体を包み込む不思議な力を感じた。

 落下の衝撃は、いつまで経ってもやってこない……。


「……もう大丈夫だ、ミレニア。心配させて悪かった。離してくれ」


 耳元でギデオンの声が囁く。

 ミレニアはそっと目を開き、すぐ下にレンガ造りの屋根があるのを見た。


 ほっと安堵の息を吐いた――のも束の間、今度は自分が思い切りギデオンの身体にしがみついていることに気づいて、さらに慌てふためくことになった。


「っきゃああ! こ、これは違うんです!」

「ミレニア、広場を見てみろ」


 しかしギデオンは、ミレニアの狼狽をまったく気にした様子もなく、他のことに意識を集中しているようだった。


 何となく釈然としない気持ちのまま、ミレニアは建物の屋根に両膝をついてバランスを取ると、彼の言う広場に視線を移した。


 その中心には、先ほど工房を走り去っていった彫像と――あと一組の若い男女が立っている。

 そして彼らを取り囲むようにして、小鬼たちが歓声を上げていた。


 彫像は、しきりに鳥の顔で辺りを見回している。その様は、何かを探しているかのように見えた。


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