囚人技師トバル
そのあと食事を済ませたギデオンは、緊張に満ちた夜を過ごすことになった。
ここは敵陣もいいところで、そうやすやすと気を休めるわけにもいかない。ギデオンがベッドの中で寝付いたのは、明け方に近づいてからだった。
そして翌日、ギデオンは凄まじい騒音で叩き起こされた。
ギュイイイィィィンと聞いたことのない金属音が響き、戦争でも起こったのかと錯覚する。
(まさかリルパが暴れ出したのか……!?)
生きた心地がせず、ギデオンは部屋を飛び出した。
「あ! おはようございなんす、旦那さま!」
「こ、これはいったい何の音だ……?」
近くにいた若いメイドに、恐る恐る訊ねる。
「トバルさまが、お城のメンテナンスをする音でありんす。給湯器を直しなんしたあと、やりたいと申されなんして。トバルさまは、いつも何かに言づけて器械を弄ろうとしなんす」
「トバル……?」
寝ぼけていた頭が、ようやくはっきりしてくる。そう言えば、その囚人を朝一番に呼びつけるとかなんとか言っていた気がする。
ギデオンはメイドに礼を言ってその場を後にすると、音が大きくなる方に向けて歩いて行った。
手すりのついた階段を降り、長い廊下を抜けると、その奥で何やら大きな器械と格闘している小人がいるのを見つけることができた――昨日も見た囚人、トバルだ。
ここの囚人たちとは揉めてばかりだが、この恐怖の城で一晩を過ごしたいまのギデオンにとっては、彼がこの上ない仲間のように感じられた。
「やあ、トバル!」
器械の音がやんだ一瞬を見計らって、ギデオンは囚人に声をかけた。
トバルは一度こちらを振り返り、興味がなさそうに器械に向き直ると、またさっと振り返った。目は大きなゴーグルのせいで隠れていたが、口がぽかんと開いているのを見る限り、よほど驚いているようだ。
「え!? なんでここに人間がおる!? しかも男じゃないか!」
トバルは視線を下げる。足輪を確認しているのだろう。
「あ、足輪もない!? ど、どういうこと!?」
「一級身分の囚人だ。昨日囚人会議で会っただろ?」
「……ああ、あの新入りか!? 確かギデオンとかいう……」
トバルはゴーグルを上げ、興味津々と言った様子でギデオンを眺めた。
「しかし、なんでお前さんがここにおる……? ここは、許可を得た者しか入れない女の城じゃぞ」
「色々と理由があるんだ。俺自身にもよくわからない理由が」
まさかリルパに見初められたと説明するわけにもいかず、ギデオンはちらりと奥の器械を見て話を変えた。
「あんたの弄ってるそれは、何の魔法器械だ?」
「こいつか? こいつはここの空調関係を取り仕切る装置の一部じゃ。季節にかかわらず、この城の中は住みよい気温を維持しておる」
「……気温を? そんなことができるのか?」
ギデオンが驚くと、トバルは得意そうにニヤリと笑った。
「ワシの生み出した傑作の一つじゃ! ノスタルジアにもまだ出回っとらん」
「ということは、こっちで作ったのか?」
「そのとおりじゃとも。こっちの金属はマナに富んだものが多い。魔鉱石というのじゃがな。そいつらの力を借りれば、よりよい魔法器械が作れる。もっと早くに、こっちの世界に来ておくんじゃったわい!」
「あんたは、いつごろからこっちに?」
「二十年ほど前じゃ」
トバルは懐かしそうに目を細めた。
「貴族の屋敷に大砲をぶっ放して、反逆罪で捕まった」
「ああ、あんたもそういう……」
一応の罪状は、ギデオンも違法薬物の所持と国家反逆罪だ。
ギデオンのわけ知り顔をどう思ったのか、トバルは芝居がかった仕草で肩をすくめて見せた。
「じゃが、ワシには反逆の意思なんぞなかった。嵌められたんじゃ!」
嵌められたというわりに、トバルの顔には悔しそうな色はない。ちなみに、反省の色も。
ギデオンは辺りを見渡し、メイドたちの目がないのを確認すると、老小人の前で腰を下ろした。囚人である彼の力を借りれば、この恐怖の城から抜け出せるかもしれない……。
「よければ、その話をしてくれないか? いまは誰かと話していたい気分なんだが」
「ほう、そうかね? では作業を一休みして、ワシの武勇伝を聞かせてやろうか」
トバルは工具と手袋を放り出し、ギデオンに倣ってその場に腰を下ろした。
「あるとき、ワシが自分の工房でずっと作り続けている器械に興味を覚えた領主の貴族が訪ねてきて、『これらは何をするものだ』と聞いた。じゃが、そんなもんはワシだって知らない。技術はそのときに必要のないものでも、後世の人間にとって必要になるものだってあるのじゃ。むしろ、いまの人間がいまの価値観で目的を決めてはいけない」
「そういうものかな」
「そういうものじゃ! で、目的なんてもんはなかったから、ワシは『ない』と答えてやったよ。しかし、それで危険だと判断されたらしい。その領主が通報したんじゃろうな。ワシは首都から呼び出しを食らって、そこでこってりと絞られた」
「それで?」
「一応は白と判断されたらしい。で、疲れ果てて首都から帰ってきたら、今度は工房からワシの発明品が全てなくなっておった! 弟子たちに聞くと、領主が持って行ったと言うではないか! もちろんワシは抗議に行った。しかし領主はワシらを文字どおり門前払いし、あろうことかその晩、大砲の一撃をぶち込んできた。ワシには、それが自分の発明品によるものだと一発でわかった!」
「よく助かったな、あんた」
「見ろ、ぼろぼろにされたわい!」
トバルは笑いながら、魔法器械だらけになった身体を示す。
腹からはチッチッチと例の音がした。
「とはいえ、弟子たちは帰らせていたから無事だった。それだけが救いじゃったが。それからワシは弟子たちに暇を出し、ひとまず身を隠した。そして身体が回復すると、時期を見計らってまた大砲を作った。そして今度は、こっちが領主の屋敷にぶち込んでやったというわけじゃ!」
ギデオンは屈託なく笑う老人につられ、声を出して笑ってしまった。
「それで反逆罪か」
「そうとも。しかし、それでこっちの世界に放り込まれたわけじゃから、ワシはついておったかもしれん。魔法器械に適した金属が数多くあるし、小鬼は勤勉で、ワシのやりたいことをくみ取って力を貸してくれる。いい環境じゃ」
「魔法器械作りに適した環境か。そう言えば、もうボスの子どもの義手は作ったのか?」
ギデオンが訊ねると、トバルは口をへの字に曲げた。
「実は手こずっておる」
「昨日はあんなに自信満々だったのに」
「ワシの技術には何の問題もないわい! 問題があるのは、あの鼻たれ小僧の方じゃ……」
あの巨体の持ち主を小僧と呼んでいいものかどうかわからなかったが、ひとまずヴァロは年端もいかない子どもであることは確かだ。
「どういうことだ?」
「痛みに耐えられんのじゃよ。義手と腕の神経を繋がねばならんというのに」
「この世界に麻酔はないのか?」
「あるにはあるが、そんなことをしてしまうと他の感覚もなくなってしまうじゃろうが? きっちり神経が繋がっているか確認できなくなる」
「ああ、なるほど」
合点が行くのと同時に、ギデオンの頭に閃くものがあった。
それはいまのトバルの助けになるものであり、ひょっとすればギデオンがこの城を抜け出す機会を生むかもしれない閃きだった。
「……トバル、いいものがあるぞ」
「ほう?」
「痛みだけを消せばいいんだな?」
「――お前さん、苦痛を消せるのか?」
即座に食いついてきたトバルの目は、なぜかギデオンが想像していた以上の期待感で満ち満ちていた。
 




