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監獄ダンジョンと追放英雄  作者: ゆきのふ
恋するリルパ
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土煙の扉

「フルールの魔導書?」


 ギデオンは訊ねた。


「そうさ。もともとは魔女フルールの持ち物だったが、いまではボスが管理してる。そいつがねえことには、何にも始まらねえ」


 それから、スカーは「土煙の魔法だ」と付け加えた。


 囚人会議でゴスペルという囚人がその言葉を口にしていたことを、ギデオンは思い出した。


「朝にも聞いたな。それはどういう魔法だ?」

「大地の魔女フルールが、別の契約術師と組んで張った結界の一種だ。空間内に土煙が舞っていて視界が悪く、その場所に足を踏み入れた者を迷わせる厄介な魔法さ。迷うことなくそこを進むためには、術者であるフルールの許可を得る必要がある」

「フルールはいまいないんだろ?」

「そう。いまはフルールに代わって、ボスがその許可を与えてる」


 ギデオンは少し考え、すぐにその答えに辿り着いた。


「なるほど、その許可のために必要なのが、フルールの魔導書ってことか」

「察しがいいな。そうさ。そこに自分の『名前』を書かれた者だけが、その結界内を自由に歩き回ることができるってわけだ。そして、そこにある二層世界への門をくぐることができる」


 二層世界。

 その言葉は、なぜかギデオンをひどく興奮させた。


「そう言えば、スカー。お前はこの世界もダンジョンの一部だと言っていたな。俺たちのいた世界がゼロ階層目で、ここが一階層目だと」

「そうだ。ピアーズ門みたいな世界と世界を繋ぐ扉があって、それを通ることで世界間を行き来できる。それがダンジョンのルールなのさ。オレたちの世界(ノスタルジア)とここを繋ぐ扉がピアーズ門。そしてここと二層世界を繋ぐ扉は、土煙の魔法の中に隠されてるってわけだ」

「お前は通行許可をもらってないのか?」

「オレはもちろんもらってるさ」


 スカーはなぜかそこで目を逸らし、離れた場所で佇むミレニアに目をやった。


「……だが、ダンジョンの奥へ進むためには仲間がいる。探索はもっと自由であるべきだが、ボスはあそこを関所代わりにして、巧みに権力を維持してる。アイテムの物流を制限するのに、土煙の扉を利用できるやつを自分の息のかかったやつだけに限定するのは、確かに頭のいい方法だ。だがそのせいで、なかなかダンジョンの調査が進まねえ。正直に言うと、オレはそのやり方があまり気に入っていねえ」


「お前がその土煙の扉を仕切りたいって話か? いまの話を聞く限り、フルールの魔導書があればそれができるわけだ」

「そういうことさ」

「だが、いいのか?」


 ギデオンがそう訊ねると、スカーは眉をひそめた。


「何がだ?」

「俺にこんなことを教えて。カルボファントは二層世界以降にいる魔物だ。そうだろ?」


 スカーの表情が変わる。


「……なるほど。やっぱりお前は馬鹿じゃねえみてえだな、ギデオン?」

「ヒントを出し過ぎだ。アイテムの物流を制限するなんて言われて、俺が真っ先に思い浮かべるのなんて、その象牙に決まってるだろ?」

「わざとさ。試して悪かった」


 スカーは顔を歪めた。笑っているのだ。


「要するに、目的は同じってことだ。フルールの魔導書を手に入れれば、オレはダンジョンの探索に力を入れることができる。お前はカルボファントの生息地に行ける。どうだ?」

「お前はどうしてダンジョンの先に進みたいんだ?」

「世界を手に入れるためさ。オレの世界をな」


 そう言うとき、スカーの青い目がギラリと輝いた気がした。


「オレの世界……その全てを一から自由につくる。世の中には不自由が溢れていると思わねえか? 鬱陶しいやつらもだ。そういうやつらが勝手をできねえ世界を作るために、オレはこのダンジョンを攻略する。お前は知らねえだろうが、このダンジョンには伝説があるのさ。先へ進む気があるなら、お前にもそいつを教えてやるが」


「興味ないな。俺は象牙を手に入れられればそれでいい」


 実際のところ、「ダンジョンの伝説」という言葉はギデオンの心を強く惹きつけていたが、本来の目的を忘れてそれにかまけているのは、妹に対する裏切りだと思った。


「……ドグマから、どうやってフルールの魔導書を引き出す?」


 そう話を戻す。


「簡単さ。ボスにお前の力を認めさせてから、下層世界への攻略班に加わりたいって言えばいい。ボスがお前の名前を魔導書に刻むためには、そいつを亜空間から引っ張り出さねえといけねえだろ?」

「ああ、なるほど。そういうことか」

「ギデオン、いまはボスに気に入られることだ。お前は造幣所をボスから預かったろ?」

「確か、問題が起こってるって話だった。厄介払いだと思ったが」


「いや、本当は自分で管理したいに決まってるぜ。だが、いまのままじゃ問題は大きくなる一方さ。そこでここのボスっていう体裁を守るため、他の人間に問題を調査させようとしてる。囚人たちはこう思う。『あの造幣所を譲るなんて、なんて器の大きい人なんだろう!』。だが、実際には利用されてるだけだ」


「問題が解決すれば、またドグマは造幣所を管轄地に入れるつもりなのか?」

「当たり前だ。ボスがあんな美味しい場所を手放すわけがねえ。だが、それでいいんだ。お前のやるべきことは、ボスの点数稼ぎなんだからな。有能だということを証明するだけでいい」


 ギデオンは、会議でドグマが言っていたことを思い出した。


 ペッカトリア貨幣がいま抱えている問題……。


「あいつは会議で、ゴブリンたちの生活レベルが変わっていないにもかかわらず、物価が上がってるとか言っていたな。それと流通貨幣にどういう関係があるんだ……?」


「普通に考えれば、物価が上がるってのは貨幣一枚一枚の価値が、相対的に下がるってことだ。ペッカトリア貨幣一枚で買えたものが、二枚出さないと買えなくなる。貨幣に対する信用不安や、あるいは貨幣流通量の増加。要因としてはそんなところだと思うが、造幣所はずっとボスの管轄だったから、いま貨幣発行の現場がどういう状況なのかよくわからん」


「俺はそういう頭を使うのは得意じゃないんだがな」

「オレもそうさ。何か問題があって、その原因になってるやつがいるなら、そいつを締め上げちまえば終わりだ。だが、経済とかそういう目に見えねえものが相手になると、どう戦っていいかわからなくなる。要するに、馬鹿なんだな」


 それを聞いて、ギデオンは眉をひそめた。

 スカーは謀略に長けている。少なくとも、ギデオンはここまでいいように手玉に取られる人間に会ったことがなかった。


「お前はこういうの得意そうだと思ったが」

「他のやつの知識を使えることも、能力のうちっていうなら話は別だ。そう言う意味じゃ、得意ってことになるかもな」

「そう言えば、お前はゴブリンたちの使い方が上手いな」

「まあな」


 スカーは、そんなことは何でもないとばかりに手を振る。それから、考え込むように腕を組んだ。


「……ペッカトリアは急速に発展した街だ。フルールが現れ、街を築いて以降の五十年程度の歴史しかない。何を参考にしたかって言うと、オレたちノスタルジア人の知識。つまり、オレたちの文明……」

「となるとここで起こっている問題は、俺たちの世界や、もっと言うとフォレースでも起きた問題かもしれない。フォレースの歴史を調べればわかるとは思わないか?」

「それだぜ、ギデオン。こんなものは、意外と身近で起きてる問題なのかもしれねえぞ」

「なんにせよ、情報を集めないと何もわからない。俺は明日から造幣所へ行って、色々と聞いてみようと思う」


「オレの方でも、何かわかったことがあったら知らせることにする。商会の小鬼たちは、すでに商売に関しちゃオレたちよりも遥かに頭が回る。オレの管轄する商会の中で、ノスタルジアと交易を盛んにしているやつらに話を聞いてみるとするか」


 話が一段落し、ギデオンは信徒席から立ち上がってスカーに手を差し出した。


「……何だ、この手は?」

「組むんだろ? これは改めてよろしくってことだ。形式的に過ぎるが、俺は形式を大事にしろと師から教わった」


 しかしスカーは、疑わしそうにギデオンをじろじろと見ている。


「……へえ、オレを信用したってか?」

「人格は信用していないし、お前という人間自体はさっきも言ったように嫌いだ。だが、能力は信用している。俺は頭のいい人間を尊敬しているからな」

「甘いやつだ……オレはてめえを殺そうとした人間だぜ」

「でも、殺せなかったろ? 何度殺そうとしても無理だ」

「はっはっは、じゃあその手は余裕の表れってことか。面白いな、お前は」


 スカーは顔を歪め、立ち上がった。その青い目に向こう意気が宿っているのを見て、初めてギデオンは、スカーという人間の精神的余裕をはがせた気になった。


 スカーがギデオンの手を握り返してくる。彼の手は、意外とほっそりとしていた。


「よし、これで正式にチームだ。俺を裏切ればどうなるかわかってるよな、スカー?」

「こっちの台詞だぜ。精々オレの役に立てよ、ギデオン……」


 二人はそれから、しばらくの間睨み合っていた。


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