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監獄ダンジョンと追放英雄  作者: ゆきのふ
ゴルゴンの瞳
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閉じられた楽園

 意識を失ったヤヌシスと、石化したハウルを担いで、ギデオンは地上へと舞い戻った。


 思わずヤヌシスを殺しそうになったが、この女にはまだやってもらわなければならないことがあると思い出して、踏み留まったのだ。


 石化症を癒す魔法薬を作るためには、材料としてゴルゴンの涙がいる。


 薬は師であるマテリットに頼んで調合してもらうことになるだろうが、ギデオンはなるべく彼の手をわずらわせたくなかった。いまやマテリットは多忙な身にもかかわらず、時間を作ってわざわざギデオンの面会に来ると約束してくれたのだ。


 ならば、こちらで集められる材料は全て用意しておくのが筋だ。

 

 彼はギデオンが収監された日から数えて七日目に最初の面会に来る手はずになっている。今日は二日目なので、あと五日経てば敬愛する師と会うことができる……。


(それまではお前は石化したまま……だが、一生そのままでいるよりはいいだろ?)


 ギデオンは傍に直立したままのハウルに心の中で語りかけてから、ヤヌシスに気つけを行った。


「う……うう……?」

「目が覚めたか?」


 ヤヌシスはぼんやりした目でギデオンを見つめてから、さっと顔色を変えた。


「あ、ああああああ……!?」

「とりあえずこれで目を隠せ。ここはもう神殿の内部ではない。周りに人もいる」


 それで、彼女はここが屋敷の中庭だということに気づいたようだった。


「な、なぜワタシを殺さなかったのデス?」


 ヤヌシスは目を隠すと、怯えきった様子でそう言った。


「ハウルを石化状態から元に戻さないといけないからだ。薬の材料として、お前の涙がいる。いまから五日後……いや、余裕を持って四日後までに、涙をコップ一杯分くらい貯めておけ」


 実際はそんなに必要なかったが、ゴルゴンの涙は貴重品だ。先生もきっと喜んでくれるだろう。


「四日経ったら、俺が直接ここに取りに来る。一応念を押しておくが、逃げようとか考えるんじゃないぞ」

「……それが終われば、ワタシは用済みデスか?」

「そんなに先のことは知らない。明日のことを言うと鬼が泣くって言うだろ」

「ヤヌシスさま!」


 そのとき、額に角を生やした少女が中庭に飛び出してきて、必死な様子でヤヌシスに抱きついた。その少女は、地下の神殿で笑顔のまま石化していた少年少女とよく似ていた。


「ど、どうしてそんなにお怪我をされてるんですか!? それにこの男は……」

「ら、ランプル! よしなさい!」

「あなたがやったの!? いったいどういうつもり!?」


 ヤヌシスの制止を振り切り、ランプルと呼ばれた少女は、目を真っ赤に腫らしてギデオンに詰め寄った。


「ヤヌシスさまはここに幸福を作ってくださる方なのよ! たとえ偉い囚人さまだからって、あなたなんかにそれを邪魔させないわ!」

「地下で少し事故があった。ヤヌシスが怪我をしているのはそのためだ」


 ギデオンは、必死な様子で足にしがみついてくるランプルの頭に手を当てた。


「ま、待ってください、ギデオンさん! その子は関係ありません!」

「何をそんなに怯えている? 俺がこんな子どもに手を上げると思っているのか?」


 言いながら、ギデオンはランプルの頭を撫でる。

 その最中に指が角に触れると、ランプルははじかれたように飛びのき、顔を真っ赤にした。


「ごめん、くすぐったかったかな」

「……喧嘩してたわけじゃないの?」


 ランプルは角を押さえて、おずおずと訊ねた。


「もちろん、違う。地下の事故で傷ついたヤヌシスを、俺がここまで運んできたんだ」

「この人の言ってること、本当ですか、ヤヌシスさま?」

「ほ、本当デスよ……ランプル、いい子だからこっちに来なさい……」


 ランプルが自分のもとに走り寄ると、ヤヌシスはようやくほっとした表情になる。


「ランプル。君の幸福は何だ?」


 ギデオンは少女に向かって問いかけた。


「幸福? それはもちろん、ヤヌシスさまと一緒にいることよ。そしていつか、メフィストさまのところに行くの」

「……そいつはすばらしい」


 ギデオンは肩をすくめてから、石化したハウルに近づくと、彼を担ぎ上げた。


「……あれ? ハウルをどこに連れて行っちゃうの?」

「ハウルの幸福はここになかった。幸福には、色々なかたちがあるんだ」


 ギデオンが言えるのはそこまでだった。


「俺は君の楽園を壊す気はないよ。価値観の押しつけは嫌いだから」

「ヤヌシスさま、あの人は何を言ってるの?」

「……知らなくていいのデスよ、ランプル。あなたはワタシの瞳がどんな色をしているか知らないでしょう? 同じように、知らない方がいいことがたくさんあるのデス」

「ヤヌシスさまの瞳は、きっと優しい色をしているわ。私、わかるもの」


 すっかり機嫌を直した様子のランプルとヤヌシスが会話する声を背に受けながら、ギデオンはその楽園を去った。


 芝生が覆った美しい中庭には妊婦たちがいて、みな幸せそうに笑っていた。


次回より新章「恋するリルパ」編がスタートします! 最大の障害であり、ヒロインでもあるリルパの身の周りの環境が、少しずつ明らかになる予定です。


たくさんのブックマークや感想、評価ポイントをいただき、とても励みになっております! 本当にありがとうございます!

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